吉本興業に所属する芸人や文化人などから、有名・無名を問わず「本気で本を出したい人」を育成する『作家育成プロジェクト』が始まります。ベストセラー編集者・高橋朋宏さんが主宰する株式会社ブックオリティと吉本がタッグを組んだこの企画。ここからいったい何が生まれようとしているのか、高橋さんと、昨年11月に初の小説を出版したジャルジャル・福徳秀介が語り合いました。
このプロジェクトは、吉本が本気で「本を書く才能」を見つけたいという思いから生まれました。募集は2月初頭から段階的にスタートし、芸人、文化人、アスリート、アーティスト、あるいはアイドルなど吉本所属のタレントならば誰でも、本の企画を提出し、審査を経て選抜されると、ブックオリティの出版セミナー(3~4月に10人程度で開催予定)を受けることができます。セミナーでプロット作成や執筆の指導を受けたあと、複数の出版社が参加するオーディション方式の「出版プレゼン大会」(5~6月開催予定)に参加し、出版のチャンスを広げていきます。さらに、『板尾日記』(リトルモア)などの著書があり、『火花』(文藝春秋)など書籍を原作とした映画作品の監督経験もある板尾創路が、アンバサダーとして携わることも決定しました。
高橋さんは、日本とアメリカの両方で100万部超えの大ベストセラーとなった片付けコンサルタント・近藤麻理恵(こんまり)さんの著書『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)をはじめ、数多くの大ヒット書籍を手がけてきた編集者で、吉本興業に文化人として所属。今回はプロジェクト発足にあたって、初小説『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館)を上梓したジャルジャル・福徳との対談が実現しました。
「一流の変態」を見つける
――まずは『作家育成プロジェクト』がどんなものなのか教えてください。
高橋 吉本さんって才能の宝庫だと思うんですよね。トップクラスの才能から、“これから”という才能まで全部が揃っている。この才能はお笑いを中心に集まっていると思うんですけど、でも、いまの時代ってジャンルを超えていくじゃないですか。福徳さんもそうですけど、お笑いにとどまるだけでなく「本」で勝負したらもっと違う展開になるんじゃないか――という経緯で発足されました。
僕は、「無名は最大の武器になる」と思っていて、どんなに無名でも“一流の変態”は、それぞれのジャンルで世の中にたくさん存在する。たとえば、こんまりさんは片付けの変態だった。自分で言うのもなんですが、そんな方々を見つけるのが得意なので、吉本の方々と一緒に得意ジャンルや才能を見つけていけたらなと思います。
福徳 才能がある人が吉本に多くいるのは事実で、まったく無名なのに才能ある人は山ほどいるし……。これですごい人が見つかるんやろなと思います。
高橋 「言葉で勝負したい人」は、ぜひ応募していただきたいです。芸人さんの中でも、特にネタを考えている方は言葉で勝負していると思うんですね。クリエイティブなことを考えていると、同時にビジネスセンスも磨かれている気がしていて、違うジャンルのことも語れるんじゃないかと。芸人さんのように、なにかに一生懸命打ち込める人は、別のこともメチャメチャ打ち込めるはずなんですよね。そのなかで、変わった“変態”を見つけられればなと(笑)。
自分の考えを「見出し」に変換する
福徳 どんな指導が受けられるんですか?
高橋 「本」に値する言葉のつむぎ方、ちょっとした技。それ以上に志や在り方、そこを共有しながら、メソッドをシェアしていく場になればと考えています。
指導に関していうと、ビジネス本や実用書って最初に目次がありますよね。目次に出てくる項目って、編集者からするとキャッチコピーなんですよ。そこで、自分が考えていることをどう見出しに変換するのかの訓練をします。
たとえば、「愛は永遠である」という言葉がありますが、これってありきたりじゃないですか。これを「愛は技術である」とすれば、目につくし面白い。じつは「愛は技術である」というのは、エーリヒ・フロム(ドイツの心理学者)の著作『愛するということ』の中のコアとなるメッセージなんですよ。だから、その本はロングセラーでずっと売れています。著者の言葉であり、本のキャッチコピーでもある「見出し」をどうやって見つけて作っていくのか指導をしていく――など、さまざまな技術を教えたいと思います。
あと、その人の「魅力」を見つけていきたいですね。じつは、自分がどういう言葉を用いて、本屋さんのどの棚に置かれる本を書けば、たくさんの人に届くのかって、自分では分からないものなんですよ。でも、編集者は毎日それを考えていて、そこを見つけるプロなわけです。なので、企画を考えてもらうというよりも、皆さんのプロフィールや書く文章を見ることで、こちらで「こんな本、出しませんか?」とお話ができるわけです。
福徳 「こういう本を出したい」という人を募るわけではないんですね。
高橋 そうですね。自分の企画にこだわる必要はないです。
「モーニング」のグルメ本
――そうした授業が終わった後は、「出版プレゼン大会」(5~6月開催予定)が控えています。
高橋 ベストセラーを出している各出版社の編集者に来てもらって、その前でプレゼンをしてもらいます。そこで興味を持ったら手を上げてもらうんですが、もちろんそこでは決まらなくて、そのあとに詰めていく形になります。大事なのは、面白いものを書けるかどうか、それは笑わせるということではなくて、新しい気づき、“こんな面白いものがあるんだ”という驚きを提案することが必要です。
福徳 僕、(喫茶店の)モーニングがすごく好きで、冗談抜きで、好きな女性がいるんだったらモーニングに連れていくべきだと思っているんですよ。『3万円のディナーコースより3千円のモーニング』っていうグルメ本を出したいなって(笑)。安くて、なおかつ女性が喜ぶっていう。
高橋 実体験としてあるわけですか?
福徳 僕、お酒飲めないんですよ。お酒より朝のコーヒーのほうが美味しいって思っているくらいで。なぜか朝使う3,000円と夜使う3,000円の価値が違って、夜に払っても大したことないのに、朝に3,000円払うと「すごい払ってくれた!」というナゾの錯覚を起こすことができるという(笑)。女性的には朝出かけるのはダルいかもしれないんですけど、必ず口説ける場になると思います。
高橋 なかなか面白いと思います(笑)。もともと本のマーケットとして、「早起き本」などの“朝マーケット”っていう分野があるんですよ。だから違う切り口で……。
――こんなふうに、自分が出したい本を編集者と話して擦り合わせていくんですね。
高橋 そういうことです。
全米を驚かせたベストセラー誕生の瞬間
――高橋さんは、こんまりさんをどうやって見つけたんですか?
高橋 彼女はもともと“本を出したい”と思っていて、そのためにいわゆる出版スクールに通っていたんですよ。そこで(今回のプロジェクトのプレゼン大会のように)僕は審査員をやっていたんです。ほかの出版社の担当者もいるなかで、彼女が3分間ほどのプレゼンをしてくれたんですけど、たった数分間で線を引きたくなるような見出しとなる言葉がポンポン出てきて、「この人はテレビに出る人だな。こりゃ面白いな」と思いました。
福徳 それで「一緒にやりましょう」という話になったんですか?
高橋 やりましょうって思ったのは、僕だけじゃなくてほかの審査員の方も思っていて。僕たちが審査員だったはずが、今度はこんまりさんに審査される側になったっていう(笑)。一社一社訪ねて来られて、僕と(当時勤めていた)サンマーク出版に“ときめいた”ということで、本を出すことになりました。
福徳 ほかの出版社と何が違ったんですかね。
高橋 僕がミリオンセラーの本を作ったことがあったので、そうした経緯もあったのだと思います。彼女は最初から“売れたい”という気持ちを持たれていたんですけど、その考えってすごく大事なんですよ。当時、こんまりさんは、朝から晩まであちこちで片付けレッスンをしていたんですけど、それから家に帰って夜中に原稿を書く生活を約3カ月続けていましたね。
福徳 大変ですね……。
高橋 ただ、最初はまったく書けなかったんですよ。いちばん最初に上がってきた原稿は、セミナーのレジュメ(要約)みたいなもので、ステップ1、ステップ2……と分かれていて、わかりやすいんだけどつまらなかった。そこで、どうすれば面白くなるのかを伝えました。僕は読み物にしたかったので、ある意味、小説のように情景描写を細かく書いてもらったんです。
――こんまりさんの本が売れた要因はなんだったのでしょうか?
高橋 いっぱいあるんですけど、どれか1つを挙げろと言われれば、彼女が最初からそうなると決めていたところだと思います。彼女は「決意」と「覚悟」を持っていて、それがすべてに表れている。3カ月の間、狂気的になって書くこともそうでしたし、そのゴール以外はないと考えていたようですね。
福徳 エネルギーなんですね。
高橋 そうなんです。そのエネルギーが著書に乗り移ったのだと思います。いい作品を作るのをゴールにしてはダメで、いい作品を作るのはあくまでスタート地点なんですよ。当たり前のことですが、私もほかの方によく「売れることをゴールにしよう」と言っています。
「売れる本」は神のみぞ知る
――高橋さんは福徳さんの著作を読んだそうですが、どんな感想を持ちましたか?
高橋 大学生だったころの思い出がフラッシュバックしました。小説を読んでいるのに、自分の大学時代を思い出しましたね。
福徳 ありがとうございます。「どうしたら売れますか?」って聞きたいです(笑)。
高橋 それがわかるのは神様だけですね(笑)。でも、本って不思議なもので、1年まったく重版しなかったものが、突然、売れ出すことってあるんですよ。小説の場合は、誰かが激賞してくれたことをきっかけに広がることもあるし、書店員さんのなかで“この作品を売っていく”みたいな人が現れて、それがきっかけでベストセラーになることもあります。
「いいお菓子」のときは厳しい指摘
――この作品で福徳さんは改稿を繰り返したそうですね。指摘をするときは、編集者も気を使う場面だと思います。
高橋 特に小説の場合は人生をかけて書いてくださっているので、絶対に尊厳を傷つけるようなことは言っちゃいけない。でも、お伝えしなければならないことはあるので、言葉を選びながら指摘しています。笑顔なんだけど、実際に言われることはハードみたいな(笑)。
福徳 編集者の方がいつもお菓子をくれるんですけど、いいお菓子のときは“今日は絶対、厳しいやろな”って事前にわかります。まさにアメとムチでした。
高橋 (笑)。やっぱりお互い楽しく仕事するのがベストですし、いい作品を作りたい気持ちは一緒ですからね。編集者が大変なのは、どうやって伝えるか、どうやって伝えれば分かってもらえるのかということです。自分がイメージしたことを書いていただくと嬉しいんですけど、もっと嬉しいのは、自分がイメージした以上のものが上がってきた時ですね。
福徳 編集者さんに「映画化を見据えると意外と書きやすいよ」って言われたのが面白かったです。“この役者さんを使おう”と勝手にイメージして、その人を動かせば物語も変わってくると。
高橋 ちなみに誰をイメージしたんですか?
福徳 コマーシャルにチラッと映る俳優さんを見て、“この人ええな”みたいな感じで書いてましたね。あと僕、小説は書いたんですけど、タイトルを決められなくて、結局、編集者さんに決めてもらったんですよ。もし、高橋さんが僕の小説にタイトルをつけるとしたら、どんなタイトルにするのか気になります。
高橋 難しいですねー(笑)。
福徳 (笑)。タイトルじゃなくても、キーワードって何だろうって。やっぱり、1個キーワードを見つけてタイトルにするものなんですか?
高橋 そうですね。小説とほかの本では作り方が違うと思うんですけど、たとえば、こんまりさんの本なら「ときめく」がキーワードで、必ずタイトルに「ときめく」を入れようと話していました。面白いことに、ネット書店で「ときめく」って検索しても、当時は「ときめく」という言葉を使ったタイトルの本が全然なかったんですよ。使われていないってことは、ある意味新鮮。ありそうなタイトルだと誰も興味は持たないけれど、ありそうでなかったタイトルとか、ちょっと驚きがあるとか、そこは大事だし、興味を持たれるところだと思います。
ただ、特に小説は、その作品の名前ですし、そこでこねくり回すのも違うかなって思うんです。福徳さんは、どんなタイトルを考えていたんですか?
福徳 ずっとなくて、もうタイトルいらんかな、という感じになりかけていました(笑)。僕、ウルフルズさんが好きなんですけど、(ヒット曲の)『ガッツだぜ』とか『バンザイ』とか、小学1年生でも分かる単語で、シンプルかつインパクトあるタイトルにしたいなと考えていました。ただ、最後まで見つからず……。
高橋 たとえば、『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館)も売れた理由のひとつは、タイトルが大きかったなっていうのはあります。なので、キーワードで「今日の空が一番好き」と入っているのはとてもいいと思います。
「山ほど応募があると思う」
――では、改めて最後にこのプロジェクトの魅力を教えてください。
高橋 この告知を見て、一瞬でもピンと来たら、そのカンを信じてぜひ応募していただきたいです。ふつう出版ゼミというのは有料なんですけど、このプロジェクトは、吉本さんが芸人さんやタレントさんのために無料でやってくださるということで、こんなチャンスはないと思います。
福徳 山ほど応募があると思いますよ。特に無名の芸人なんかは、やる気もあるでしょうし、無料で本出せるかもしれないってすごい。僕が本を出す前なら絶対、応募していたと思いますね(笑)。
ブックオリティの公式サイトはこちらから。
書籍概要
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館)
著者:福徳秀介
定価:本体 1,500円+税
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