25年目の告白
今春でシモキタ生活25年目になった。京都から東京に出てきて、最初の2年は別の場所に住んでいたけれど、それからあとはずっとシモキタで暮らしている。まる24年も住んだなんて、自分でも信じられない。
ここまで書いて、キーボードを打つ手を止めた。嘘を書いている。
自分にとって都合のいいように、書きやすいように嘘を並べた。自責の念で胸が押しつぶされそうになる。
いままで自分に言い訳をしてきた。真実を正直に書くよりも、読みやすいことのほうが大事だろうと。
でも、今回は違う。「シモキタ生活25年」という言葉を言いたくて見栄を張った自分のいやしい心を見すごせなかった。
書き直すので改めて読んでほしい。
今春でシモキタ生活25年目になった、と自分では思いたかった。でも、真実は違う。周囲には、大学3年からシモキタに住んでいるとよく話しているが、実は大学3年のときに住んでいた部屋は小田急線梅ヶ丘駅から徒歩5分の物件だった。不動産屋に「下北沢駅から徒歩20分」と紹介されたので、ここもシモキタなんだと自分に言い聞かせていただけでシモキタ在住ではなかった。こんなパターンはほかにもある。「京都から東京に出てきた」と言っているけれど、京都から出てきて最初に住んだのは東急東横線日吉駅で、そこは東京ではなく横浜市だった。だから正しくは、京都から横浜に出てきて、横浜から東京に出てきた。もっと言うと、僕は出身を尋ねられたら京都出身だと答えているが、京都生まれではない。生まれたのは大阪市平野区で、3歳のときに京都に引っ越した。しかし、そこは京都とは名ばかりの場所で奈良との県境の山奥だった。住所はたしかに京都なのだが、全然京都感はない。京都の市内に出るよりも奈良に出るほうが断然近く、幼稚園も奈良に通っていたほどだ。東京で「京都出身です」と言うと「いいところだね」と言われることが多いけれど、京都のことはなんにも知らない。京都の市内にはほとんど行ったこともない。奈良のほうが詳しいし、実際奈良が一番落ち着く。地元に帰ってきた、と思えるのは奈良だ。
話をもとに戻そう。僕は梅ヶ丘に2年住み、大学卒業のタイミングで鈴なり横丁の裏にあるアパートに引っ越した。住所は北沢1丁目。ここに住んだのが2001年の春からなので、ここからが真のシモキタ生活だとするならば、今春で23年目になる。ただ、ここも最寄り駅で言うと下北沢駅ではなく井の頭線池ノ上駅だった。池ノ上駅から徒歩4分。その次に近いのは小田急線東北沢駅で徒歩6分。下北沢駅までは徒歩8分だった。最寄り駅が下北沢駅ではない場合はシモキタ在住とみなさないというルールを適用すると、まだこの時点でもシモキタに住めていないことになる。そうなると、僕のシモキタ生活はそのあと引っ越した代沢の部屋からになる。僕は代沢の中で2回引っ越して、いまも代沢に住んでいる。先日、池ノ上で飲んでいたら客のひとりがシモキタ生まれシモキタ育ちで、そのかたにいま住んでいる部屋の具体的な住所を話すと「そこ世田谷代田が最寄りじゃん」と言われた。そんなわけがないと憤慨して調べたら、僕の部屋から小田急線世田谷代田駅までの距離と下北沢駅までの距離はほぼ一緒だった。下北沢駅までのほうが100メートルだけ近くて、なんとかその場はシモキタ在住の称号を守ったのだが、危ないところだった。ただ、それを見ていたほかの客がおもしろがって「そこだったら三茶のほうが近いんじゃん」と会話に入ってきたのでしぶしぶ調べると、なんと田園都市線三軒茶屋駅までの距離のほうが下北沢駅より100メートル近いことが判明した。僕の最寄り駅は三軒茶屋だった。
まる24年シモキタに住んだつもりになっていたけれど、実際はまだ一度もシモキタに住んでいなかったなんて、自分でも信じられない。あこがれのシモキタ生活は、まだ始まってもいなかった。
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
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ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。