ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」ヒロト様

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

ヒロト様

甲本ヒロト様になりたかった。

ヒロト様のすべてにあこがれた。

ハートに響く歌声はもちろんのこと、けっしてかっこいいとは言えない坊主頭が伸びたような髪型や奇抜なファッションも、ヒロト様がしているとかっこよく思えた。

細い体をくねらせてステージをぴょんぴょん飛び跳ねながら、目をひんむいて舌をべろべろ出して歌う姿を見ていると、こちらも感情が爆発して興奮が最高潮に達した。

全部さらけ出して、全然かっこつけていないところがかっこよかった。

ザ・ブルーハーツを初めて聴いたのは小学生のころ。

ヒロト様を初めて生で観たのは大学1年のとき。

渋谷公会堂に、ザ・ハイロウズのライブを観に行った。

シモキタに越して来てからは、ヒロト様がバイトしていた中華料理屋「珉亭」に何度も通った。

シーナ・アンド・ロケッツがシモキタに住んでいるからシモキタでバイトを始めたというヒロト様は、シモキタで知り合った仲間でバンドをつくった。

それが、ザ・ブルーハーツだった。

僕は大学時代、音楽好きの友人たちの中ですごしたこともあり、ロックだけではなくヒップホップやレゲエ、テクノ、ジャズ、民族音楽など、さまざまなジャンルの音楽をむさぼるように聴くようになった。

シモキタには多くの中古レコード屋があり、暇があれば立ち寄ってCDやレコードを買いあさった。

バンドを組んでいたわけでもないし、いつしか自分がヒロト様になる夢は自然とあきらめていたけれど、とにかく音楽は好きで好きでたまらなかった。

音楽なしでは生きていけない。

そう思っていたけれど、芸人になってから金銭的に厳しい生活が続き、ある日すべてのCDとレコードを売った。

10万円くらいになったので、たぶん1000枚ほどあったんだと思う。

それから15年ほどCDもレコードもいっさい買わなくなった。

当時はスマホも普及していなかったし、サブスクなんてなかったから、本当に身のまわりから完全に音楽がなくなった。

音楽を聴くにはジャズ喫茶に行くか、ライブハウスに行くしかない。

そんな生活をずっと送っていたのだが、40歳になってからまたレコードを集め出した。

きっかけはbachoというバンドのギタリストmiugoさんと飲んだ際に、ある話を聞いたからだ。

それは彼がイギリスに住んでいる友人の家に遊びに行ったときに、毎朝その友人はコーヒーを淹れて「今日は何をかけよう」という感じでレコードを選び、曲をかけてくれたらしい。

miugoさんは、その友人の姿を見てかっこいいと思い、帰国してからすぐにレコードプレーヤーを買ったと言う。

僕は、そのmiugoさんの話を聞いてかっこいいと思い、すぐにレコードプレーヤーを買った。

最初に買ったレコードは、もちろんザ・ブルーハーツ。

ひさしぶりに聴いて、思わず

「そら売れるわ」

と、こぼした。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

シモキタには現在もレコード屋が20軒近くある。

いまでも経済的な余裕はまったくないので少しずつしか買えないのだが、レコード収集はもう完璧に趣味の仲間入りをはたした。

先日、どれくらいの枚数があるのか数えたら200枚を超えていた。

ちなみに、いまハマっているのは中島みゆき様。

みゆき様のアルバムは全44枚中20枚がレコード化されていて、僕はそのうち17枚を所有している。

手に入れていない残りの3枚は生産枚数が非常に少なく、店頭に並ぶことがほとんどない。

みゆき様はシモキタに住まれているので何度かご本人をお見かけしたことがあるのだが、そのレコードは見たことがない。

しかし、数日前にシモキタのある中古レコード屋のホームページを見ていたら、なんと狙っていたアルバムが売っていた。

僕はすかさず注文し、入金を済ませ、サンタクロースを待ちわびる子供のように商品の到着をいまかいまかと心待ちにしていた。

すると、届いたアルバムはネットショップに出ていた作品と違うものだった。

数か月前に先輩への誕生日プレゼントをネットで買おうとしたら詐欺にあったばかりだったこともあって「またか……」と一瞬落胆したが、この店は何度も利用しているし、おそらくこれは純粋に送り間違えた可能性が高いと思い、メールを送った。

〈注文番号〇〇です。中島みゆきのアルバムを注文したんですが、違うものが届きました。対応お願いします〉

返信は早かった。

〈中島みゆき様 このたびは商品に不備があり、ご迷惑をおかけしました。代替品のご用意がございますので、交換対応とさせていただきます〉

な……、中島みゆき様……!?

甲本ヒロト様にはなれなかったけれど、僕は中島みゆき様にはなれたみたいだ。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

[/hidefeed]

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。