ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力 「シモキタブラボー!」スペシャルコース

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

スペシャルコース

気づけばシモキタにレンタルビデオ屋が一軒もなくなっていた。20年前は三軒あったのに順になくなっていった。

昔は下北沢駅の南口を出てすぐのところにTSUTAYAがあった。まだ駅の改札が2階にあったころの話。

当時、南口は小さな広場になっていて、その広場の端に白いペンションみたいな2階建ての小田急アドニスという雑居ビルがあった。1階はドトールコーヒーと宝くじ売り場とHOKUOというパン屋で、TSUTAYAはそのビルの2階に入っていた。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

いま思えば、そのビルの取り壊しがシモキタ再開発の最初の工事だった。あのときは駅が新しくなるんだ、くらいにしか思っていなかった。

広場もビルの解体とともになくなり、跡地には仮南口という改札口が新設された。その仮南口もいまは跡形もなくなり、道路になった。

あの広場には、時計台と呼ぶには低すぎる銀の時計台があった。広場に噴水なんてないのに、なぜか噴水公園と言う人もいた。シモキタで待ち合わせする人のほとんどはあの広場を使った。青空整体をする赤ひげ先生や漫画を読んでくれる東方力丸さんもいた。

建物が残っていれば「昔ここにはあの店が入っていたな。なつかしいな」とかいろいろ思い出したり感傷にひたれるけれど、何もかもなくなってただの道になってしまったら、その場所に立ってもなんの感情も出てこない。何か思い出そうとしても、記憶の中の映像と目の前に広がる景色があまりにも違いすぎて、自分の記憶が間違っているのかもしれないと不安になるだけだ。

TSUTAYAがなくなったあとは、南口のDORAMAと北口のDORAMAが残った。あのころの最高の夜のすごしかたは、餃子の王将で夕飯をおなかいっぱい食べて南口のDORAMAに行くコースか、八幡湯という銭湯に行った帰りに北口のDORAMAに寄るコースの二つだった。

DORAMAでは、たまに1000円で10本くらい借りられる日があった。そのときはテンションがあがりまくって大量に借りて帰るのだが、しばらく経つと、もしこれを返却予定日にちゃんと返せなかったらいったいいくら延滞料金を請求されるのだろうと恐怖におびえた。借りたのに期限内に観れなくて、延滞料金を払うくらいならそのまま返したほうがましだと思って、観ずに返却することもざらだった。

でも、振り返るとそんなこともあのころは楽しかった。不便と便利のはざまのような時代。ビデオからDVDに移行する過渡期。

時間が巻き戻せるなら、あのころに戻りたい。

テーブルの上に転がるリモコンに書かれた「早戻し」という言葉が、いまだにしっくりこない。20年後の人たちは、もし早戻しできるなら、あのころに戻りたいと言うのだろうか。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。