芸人の青春をリアルと空想を交えて描いた異色の短編集『きょうも芸の夢をみる』 (ヨシモトブックス)を発表したお笑いコンビ・あわよくばの西木ファビアン勇貫と、noteでの配信や「ダ・ヴィンチWEB」での連載をまとめたエッセイ集『一旦書かせて頂きます』(KADOKAWA)を発売したオズワルドの伊藤俊介。その出版を記念して、ヨシモト∞ホールでしのぎを削った先輩・後輩でもある2人に、思い出話や執筆の苦労などを大いに語り合ってもらいました。
劇場で切磋琢磨していた2人
――ファビアンさんは3月末、伊藤さんは4月初旬に本が出ましたが、いまどんな気持ちですか。
ファビアン けっこう難産だったんで、まだ「やっと終わった感」に包まれていますね。ふつうの小説家さんなら次回作を書き始めると思うんですけど、まだ「書きたいな」という気持ちになってないです。何個か案はあるけど、進んではいない。「もうちょっと楽させて」という感じですね(笑)。
伊藤 本が出た直後は、95パーセント印税のことで頭がいっぱいだったんですけど、いまとなっては、印税うんぬんの前に「もっとたくさんの人に読んでほしいな」と思います。本を売るって難しいんですよ。オレのことを知っている人、好きでいてくれている人しか買わないかもしれないですけど、「そんなこと言わずに、読んでみてくれ」という気持ちです。いろんな人がかかわっているし、最初に「これぐらい刷ります」とジャッジしてくれた人もいるし、いまは「とにかく売れてくれないと申し訳ない」と思っていますね。
――ファビアンさんが3年先輩だそうですが、おふたりはどんな関係なんですか?
伊藤 一緒のライブに出ていましたし、ネタのアドバイスもしていただいていましたね。
ファビアン 後輩のなかで、いちばんアドバイスを求めてくる芸人でした。伊藤は、毎回一緒になったら「これから出番あるんで見てください」「ネタどうでした?」と聞いてくるんです。でも、全員に聞いてました(笑)。
伊藤 いやいや、信用できる人にしか聞いてないですよ。バビロンさんに聞いてもしょうがないじゃないですか。
ファビアン そんなことないやろ(笑)。こっちが出番終わって休みたかったのに、「このあと出るので、休憩に行くのやめてください!」と引き留められたこともありました。
――それほど伊藤さんも必死だったというわけですね。
伊藤 そうですね。だいぶ出遅れたんで、ぜんぶ聞きたかったんですよ。だって、(オズワルドを結成する前の)4年間ぐらいは、本当にただただ毎日キャバクラでバイトして、地元の友だちと遊んでただけなんで。前の相方と神社で「解散しよう」と話をしたとき2人で号泣したんですけど、「なにも頑張っていないのに、なにを泣くことがあるんだ」って思いましたもん。
――(笑)
伊藤 そういう時期にオズワルドを結成したんで、「1年目のつもりでやらないと」という気持ちでした。
ファビアン のちのち伊藤とはネタ以外の話もするようになって、自分が書いた文章も何作か見てもらったこともありました。
高校の図書室には置けない本!?
――お互いの本を読んだ感想を聞かせてください。
ファビアン 僕と文体が真逆なんですよ。「やっぱり文って性格出るんやな」と思いましたね。発想だけで書いているところもあったし、「この言葉をこんなに面白く書けるんや」と思ったところもあったし、表現とかエピソードもめっちゃ面白かったです。
いままでオズワルドをテレビで観てきましたけど、答え合わせみたいにもなっていて。(過去の漫才で登場した)「雑魚寿司」のワードが好きなんですけど、それについて書いていたり、どういう思いだったとか書いてあったり、(オズワルドの)ファンとしても、文章好きとしても両方楽しめましたね。
伊藤 ファビアンさんの本は、ピースの又吉(直樹)さんが帯を書かれていますけど、又吉さんともまた違う感じ。率直な感想で言うと、これはオレもなんですけど、「この人、どんだけ芸人好きなんだよ!」って思いましたね。芸人の中ではあるあるなんですけど、あるあるからもう1個先にいってるというか。これを芸人じゃない人が読んだとき、どう思うのかめっちゃ気になります。
――芸人さん以外の反応はどうだったんですか?
ファビアン すごく評判はいいですね。「面白い」と言ってくれる人が多かったんですけど、ただ1本目の「禁断のコント」がちょっとエロいんで(笑)。お世話になった高校の恩師に献本したら、「本自体はめっちゃ面白かったけど、図書室には置けません」って言われました(笑)。
――お互いの本の印象的な章やお話を教えてください。
ファビアン 面白かったのは「芸能界の入り口」ですね。芸能人になりたくないわけじゃないけど、芸人としての意識を持っておきたいという話で、「この発言は芸人」「この発言は芸能人」って一つひとつ切り分けて書いてくれたら、また面白くなるやろうなって、勝手に想像しちゃいましたね。あと読み終わったあと、妹(伊藤沙莉)さんの映画が見たくなるし、愛に包まれてました。
伊藤 「エルパソ」(お笑いコンビの解散ライブ当日に、芸人仲間や辞めた同期が会場に来るという話)のオチでグッとなりました。やられた感もあったし、“うあ~そうか~”って思いましたね。みんな優しいけど、優しくないみたいな。生々しいんですよ。
ファビアン めっちゃ感情移入してくれてるやん(笑)。
伊藤 「いままでの芸人の歴史のなかで1組ぐらいいたんじゃねえかな」とも思えるぐらいの絶妙なラインでした。あと、1本目の「禁断のコント」は、途中で出てくる構成作家が「絶対、あの人をモデルにしただろうな」というのが明確にあったし、「しっくすん」も、トントン拍子すぎてありえないふうに見えるんですけど、「でも、実際、芸人が売れるときってこんな感じだよな」とか、いろいろ思いましたね。
ファビアン 伊藤の本を読むと、(1人称が)「僕」も「私」も「小生」も出てくるんですよ。書いてるときの心境だとは思うんですけど、「お前、誰やねん」と思って(笑)。本では絶対に1人称をそろえるので珍しいし、スゴいことやってんなって思いました。
伊藤 もう書いて走り出しちゃったら、それでいくしかなくて(笑)。
伊藤「1、2行を書き出してからは楽しい」
――伊藤さんの本は自身の連載が書籍化されたものですが、ファビアンさんの出版の経緯を教えてください。
ファビアン コロナ禍で文章を出していたときに、吉本の出版部に拾ってもらいました。文章自体は、もともと漫才を作っていて「入れたいけど、入れられないボケ」とか、「これで漫才は作られへん」というのを文章にしてみたら意外と面白いと思って……。牛で言うたらホルモンみたいな。「最初は食べへんかったけど、食ってみたらうまいぞ」みたいな。そんな感覚で書きはじめました。
――伊藤さんは、連載中に編集者とのやりとりで気付いたことはありますか。
伊藤 noteをやっているときは、本当に何も気にしないで書いていたんですけど、連載させてもらえるようになってから、「あ、なるほど。(過激な表現など)この言葉も使っちゃいけないんだ」と思うようになりました。それでも、テレビや舞台よりも自由な言い回しはできますけどね。
あと、連載を待っててくれる人がいて、何度も読んでくれるじゃないですか。舞台とかテレビだと流れてしまうけど、(読み手が)自分の感覚で読めるから、ちゃんと理解してくれる。そのあたりを踏まえると、「もっと回りくどい言い方できるな」とか考えるようになりました。
――執筆中の楽しかったことやツラかったこと、意識したことを教えてください。
伊藤 最初の1、2行を書き出してからは楽しいです。なにを書くか決めるのが難しかったですね。だからダ・ヴィンチさんに「今回、こんなテーマでどうですか?」と投げてもらっていました。
ファビアン 小説のなかに漫才のやりとりを入れているんですけど、漫才に関してはスラスラ書けるなと思いましたし、楽しかったです。
伊藤 ファビアンさんの本のなかで、ネタがカブったコンビがアドリブでやりとりする描写があって、「客席はぴくりとも笑っていない」と書いてあったんですけど、「いや、ふつうにこのやりとり面白いけどな」って思いました。
ファビアン ありがとう(笑)。あと、伊藤もこの感覚はわかるかもしれないんですけど、(1冊の本を書くのは)単独ライブみたいな感じなんですよね。型を決めちゃうと、逆に同じようなネタばかりになっちゃうので、「手を変え品を変えないといけないな」とは意識していました。
伊藤 確かにそうですね。
文才がありそうな芸人は?
――自分の本が出版されて心境に変化はありましたか?
ファビアン いまはコンビ活動ができていないので、息を吹き返した感じがあります。いろんな人と連絡をとったし、また劇場にも来れているし、「ちゃんとやらないとな」と気合いが入りました。本を出したことで、名刺ができて、生活も楽しくなってる……って感じです。
伊藤 「文章を褒められるのって、めっちゃ嬉しいな」と思うようになりましたね。「(オズワルドのことを)よく知らないけど読んでみた」「読んだらめっちゃ面白かった」という人も稀にいて嬉しかったです。
――おふたりが思う文才がありそうな芸人さんを教えてください。
ファビアン 伊藤はぜったい小説を書けると思います。伊藤の文才があったら、しょうもないことでも、いろいろ展開する話でも1冊書ける気がします。
伊藤 マジっすか。みなさん、ゼロイチ(ゼロから生み出す)で書くじゃないですか。オレはぜったい無理だと思いましたね。オレが「こいつが書く文章は面白いだろうな」と思うのは、(そいつどいつ・市川)刺身とか、(レインボー・)ジャンボ(たかお)とか。別の角度で言ったら、ハイツ友の会(清水香奈芽、西野)のエッセイとかめっちゃ面白そう。(この2人のやりとりは)ずっと聞いていられるんですよね。
ファビアン わかる。言葉選びがえぐいよな。あと、やさしいズのタイも書けると思うし、会ったことはないですけどYouTubeで知った後輩で、9番街レトロ(京極風斗、なかむら☆しゅん)は、たぶんどっちも書けると思います。
伊藤 シンプルに(ゆにばーす・)川瀬(名人)さんの文もめちゃめちゃ面白いっすね。怒りが伝わってくる。
ファビアン せっかくなんで同期の名前も出したいんですけど、みんな体育会系すぎて、誰も思い浮かばないなー。ダイタク、ネルソンズ、カゲヤマ……書いたら面白くなりそうやけど、想像はできない(笑)。
伊藤 ファビアンさんの同期だと、(相席スタート・)山添(寛)さんとか、(ネルソンズ・)岸(健之助)さんのエッセイも面白そうです。
――今後の展望や書いてみたいことはありますか?
ファビアン 「長編を書かないといけないな」と思っていますね。短編集を出してみて、「ちゃんとした長編じゃないと、本屋のメイン棚に置いてくれへんのやな」って痛感しました。もちろん置いてくれる店もあるんですけど、数は限られてる。継続してショートショートを書きつつ、長編も書きたいなと思っています。
あと、小説に漫才を入れることに関して、意外と褒めてくれる人が多くて。僕としては漫才を作ってきたから、苦肉の策で入れたようなもんなんですけど、「これを武器にしたほうがいいのかな」とは思っています。
伊藤 非常にだらしない性格なんで、万が一、小説を書くことになっても、おそらくオレが「今日から小説を書きます!」と宣言する日は永遠に来ないと思うんですよ。だから、そうなったときは無理やり書かせてほしいです。本当にだらしなくて、究極、「毎日、寝てて月何百万もらえるんだったら、 それでいい」と思ってますから……。でも、「めっちゃ面白い」とは言ってほしいんですよ。
ファビアン 劇場でネタについてアドバイスを求めてきたとき、単純に「成長したい」という気持ちで聞いてくれていたと思うんですけど、本を読んでみて「伊藤って褒められたかったんや!」って思いました。
伊藤 叩いて強くなるタイプだと勘違いされがちなんですけど、オレ、『スラムダンク』でいうと“福ちゃんタイプ”(称賛されたいキャラクター)なんですよ。オレはもう褒められたいだけ! めっちゃ褒められて、めっちゃカネがほしいだけなんです。
書籍概要
■『きょうも芸の夢をみる』
著者:ファビアン
発売⽇:3⽉25⽇(⼟)
定価:本体1,600円+税
単行本:304ページ
発⾏:ヨシモトブックス
発売:株式会社ワニブックス
Amazonはこちらから。
■『一旦書かせて頂きます』
著者:オズワルド・伊藤俊介
発売日:4月3日(月)
定価:本体1,500円+税
単行本:240ページ
出版社:KADOKAWA
Amazonはこちらから。