大道芸+お笑いという独自の芸風を築き上げた“異色の芸人”もりやすバンバンビガロ。大人から子どもまで、見る人すべてを笑顔にするポップでキャッチーなパフォーマンスで、いまや引っ張りだこの人気者です。そんなもりやすバンバンビガロが、芸歴20周年を記念して9月18日(月・祝)に大阪・なんばグランド花月(NGK)で初単独公演「NGK BABABABAAAAN!!!」を開催! そこで今回はご本人に、パフォーマーとして成長を遂げた20年間やこれからの夢など、とことん語ってもらいました。
出る劇場がなかった若手時代、異例の大抜擢でNGKに出演
——芸歴20周年、おめでとうございます。そして、これを記念したNGK初単独公演決定と、おめでたいこと続きですね。
本当に、ついに念願が叶いました。NGK自体、僕にとって夢の場所なんです。
僕は少しイレギュラーでして、24歳のとき、「baseよしもと」という若手の劇場でオーディションを受けては落ちる、というのをくり返していました。出られる劇場がない……っていう時期に、許可をいただいて、なんばグランド花月前YES広場で大道芸をやらせてもらっていたんです。そこにはNGKの開場を待つ大勢のお客さんがいて、開場までの時間つぶしに僕の大道芸を見てくださるんです。
そうしたら、当時のNGKの支配人さんが、たまたまその様子を見て「とんでもなくお客さんを集めている若手がおる!」となりまして。なんのことはない、(そのお客さんたちは)僕じゃなくてNGKの公演を見に来た方々なんですけども(笑)、「ああいう奴を出さなあかん」と、いきなりNGKに出させてもらえるようになりました。いまでいう夜公演の若手枠で出演させてもらったのが最初で、ちょっとずつ出番が増えて、1年後くらいには本公演にも少しずつ出演させていただくようになりました。
——大抜擢だったんですね! かなり特例ですよね。
こんな形でNGKの出番が決まった方は、ほかにいらっしゃらないと思います。
——もりやすさんはNSC(吉本総合芸能学院)大阪25期生ですが、そもそもパフォーマーになったきっかけはなんだったのですか?
高校卒業後にNSCの新喜劇コースに入って、同期の森田展義やぢゃいこと仲良く楽しくやっていたんですけど、先生から「漫才・コントコースの奴らはもっと死にもの狂いでやってる」と聞き、当時、トガッてた僕は「それなら僕も漫才・コントコースに!」と、漫才・コントコースに移りました。ところが本当にバッチバチで、ぜんぜん打ち解けられず、次第にNSCに行かなくなってしまい……。その後、新喜劇コースに戻ったものの結局なじめず、足が遠のいてしまって。そのとき、高校時代の友だちと組んでた漫才コンビも解散し、ひとりになってしまいました。いちばん、どうしようもないパターンです。
偶然の産物!? 名パフォーマーMr.オクチとの出会い
——そんなときに出会ったのがパフォーマンスですか?
大道芸をちょっとずつ習いに行ったり、テーブルマジシャンの見習いとしてレストランでテーブルマジックはしていました。ひとりでパフォーマンスをやるなら「電撃ネットワークさんみたいなんが絶対にウケる!」と思って、ネットで検索したら、たまたまクリックしたサイトが「Mr.オクチ オフィシャルページ」やったんです。それが、いまもお世話になっている大道芸人のMr.オクチさんと出会ったきっかけです。そのページにオクチさんが携帯番号を載せてはったので思い切って電話したら、「やるんだったら教えるよ」と言ってくださり、オクチさんのもとへ通うようになりました。
——それでオクチさんから本格的に諸芸を学んだ、と。
といっても、オクチさんは教えるタイプでもないんです。たとえば「バルーンアート、やったらいいわ~」って30分くらい犬とかウサギのつくり方を教えてくれて、僕ができるようになったら、「じゃあ来週の土曜日、この保育園で営業あるから行ってきて」みたいな。急に言われて「えっ!?」ってびっくりなんですけど、とりあえず量販店でピエロの衣装とか一式そろえて、保育園で犬とかウサギとかつくってました。とにかく「行っといで~」と営業を入れくれて、パフォーマンスする機会を与えてくれました。
——「体で覚えなさい」というオクチさんなりの教えでしょうか。オクチさんからの影響は、いまも受けているんですか?
オクチさんはノンバーバルでしゃべらないんですけど、やるときの表情とか動き、曲選びなど、演出面はかなり影響を受けていると思います。いまでも新しいパフォーマンスをやるときは、オクチさんに相談しています。「ちょっとわからないなあ」と言われることが多いんですけど(笑)。オクチさんは基本的に「自分で考えなさい」のスタイルなので。
——玉乗りなど、ダイナミックな大道芸はどうやって習得したんですか。
大道芸人の方々は天保山(ストリートパフォーマーが集まることで有名な大阪の大道芸スポット)に集まるんですけども、そこに足を運んで第一線で活躍されているジャグラーの方々から教えていただきました。渡辺あきらさんにリスボン上田さん……もう、お名前を挙げるとキリがないくらい、たくさんの方に教えていただきました。そうしているうちに、吉本の社員の方から声をかけていただいて、YES広場で大道芸をやるようになり……という感じです。
コロナのおかげでネタを増やすことができた
——20年の芸歴のなかで、いちばんの転機となったのは何ですか?
コロナ禍ですね。コロナ前は、ステージでリンゴを食べたり、ハトを出したり、一輪車に乗ってボールを客席に投げて投げ返してもらったり、子どもたちを舞台に上げたり……というパフォーマンスで、それが全部できなくなって、ネタがなくなりました。なので、劇場が休みになった時間を使って、ネタをイチからつくり直し、ひとりでできるパフォーマンスをめっちゃ練習してました。
コロナ前までの僕って、マッシュルームカットに黄色いハッピを着て、一輪車に乗って……みたいなイメージやと思うんです。黄色いハッピはリンゴの破片が飛び散って衣装がビシャビシャになるので着てたんですけど、コロナ禍でそのネタもやれなくなったので、「それなら好きな服を着て舞台に出よう」と。いまの髪型も、何もしていないだけなんです。天然パーマなんですよ。
——パーマをかけたのかと思っていました。確かに、コロナ前と比べて服装や雰囲気が変わった印象があります。
いい意味で「どうなってもいい」と思っていましたね。あのときは芸人さん全員、仕事がなくなった瞬間があったんですけど、よく考えたら「僕、もともと仕事がゼロのときもあったしな」と。だから不安よりも、いい意味でもう一度、イチから自分の好きなことをやってみようと考え直す、いい機会になりました。
ゴールデンウイークくらいから、お客さんにボールを投げ返してもらうネタが解禁になって、久しぶりにやったらすごく楽しかったです。これまでやっていたネタと、ひとりでやれるいまのネタ。2つできるのでいい感じです(笑)。
——20年間でいろんな芸人さんとのかかわりがあると思いますが、特にお世話になった先輩や、仲がいい芸人さんは?
先輩だと、たむらけんじさん、テンダラー・白川(悟実)さん、ミサイルマンの西代(洋)さん……たくさんいます。最近では、中田カウス師匠にはお世話になっています。カウス師匠が主催の『漫才のDENDO全国ツアー』に諸芸の僕を呼んでくださって、すごいありがたいです。
同期だとジャルジャル(後藤淳平、福徳秀介)、銀シャリ(鰻和弘、橋本直)、プラス・マイナス(兼光タカシ、岩橋良昌)とか。全員、ジャンルは違うし、ずっと一緒にいて毎日呑んでた、とかはないですけど、たまに時間が空いたらランチしたりコーヒーを飲みに行ったり。やっぱり同じ期間やってるというのは、大きいです。うなちゃん(鰻)とは2人で北海道日帰り旅に行ったこともありますよ。雪の中をただひたすら歩くだけ、の旅でした(笑)。僕も、うなちゃんも、ちょっと変わってるかもしれません。
NGKの看板に名前を書かれたい!
——今後、こんなことがやりたいという目標はありますか?
ずっと劇場には立ち続けたいですし、ゆくゆくはNGKの看板さんといわれる師匠がたのようになりたいです。まずは、NGKの木の看板に名前を書かれるというのがひとつの目標です。ただ、「もりやすバンバンビガロ」と名前が長いので、字がだいぶ小さくなるかもしれませんね(笑)。
——目標に向けて、9月18日(月・祝)の初単独公演「NGK BABABABAAAAN!!!」は、大きな節目になりそうですね。
そうですね。新しいパフォーマンスと、コロナ前にやっていたパフォーマンス、あと単独ライブならではのパフォーマンスを練っている最中です。いま最新の技術とジャグリングとのコラボを考えているんですが、どこまでできるか相談しているところ。単独だからこそできるパフォーマンスを、たくさん仕込んでいます。ゲストの方々も現在オファー中です。NGKは本当に大きな劇場で、たくさんのお客さんの前でやれるのが楽しいので、お祝いの気持ち、孫を見守るくらいの優しい気持ちでお友だちと来ていただけるとうれしいです!
公演概要
もりやすバンバンビガロ20周年単独ライブ「NGK BABABABAAAAN!!!」
日程:9月18日(月・祝) 開場18:30 開演19:00
場所:なんばグランド花月
チケット:前売3,500円
FANYチケットはこちらから。