ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」好きがたりない

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

好きがたりない

シモキタがテレビに出ていると絶対に見てしまう。番組表に「下北沢」の文字を見つけたら確実に録画予約する。

たいていそういった番組は、タレントが食べ歩きしたり、古着屋に立ち寄ったりする、よくあるロケ番組がほとんどなのだが、毎回食い入るように見てしまう。見慣れた街並みなのに、異常に興奮する。まるで身内がテレビに出ているような気分で誇らしい。

昨年、フジテレビで放送されていた「silent」というドラマもそうだった。シモキタや世田谷代田が舞台になっていると聞いたので、第1話だけ観た。このベンチはあそこだなとか、この歩道はあそこかなとか、映る街の景色にばかり目が行った。

テレビだけではなく、映画もそうだ。最近だと「街の上で」という映画の舞台がシモキタだというので観た。

古着屋や中華料理屋などが映るたびに、あそこだ! と、まるで早押しクイズをするように観ていた。最終的には、一瞬だけ映るなんの変哲もない路地まで勝手に自分で問題にして、ここはあそこのコンビニの脇を抜けた先を左に曲がったところだ! と、脳内ストリートビューをフル回転させて答えていた。

正解かどうか確認のしようもないのに。間違いなく聖地にならないような場所。それでも、当てたい。もはや自分との戦いだ。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

「ざわざわ下北沢」という映画も定期的に観てしまう。23年前の映画で、そこには僕が越してきたころの風景がそのまま残っている。

もうなくなってしまった店や建物がたくさん映っていて、たまらなくなつかしくなる。このときはクイズモードにはならない。胸に灯った、ろうそくのあかりのようなあたたかい光を感じながら黙って観ている。

世界的ピアニスト、フジコ・ヘミングさんの「フジコ・ヘミングの時間」というドキュメンタリー映画もすばらしい。シモキタとパリに拠点を置いて、世界をかけめぐる姿はかっこよすぎる。シモキタについて語るシーンも秀逸で、深みがあってしびれる。

シモキタが登場するさまざまな作品があるけれど、僕が一番好きな出会いかたは、前情報がいっさいない状態で鑑賞している際に不意にシモキタが現れるパターンだ。これは文芸作品や漫画に多い。

カシアス内藤というプロボクサーについて書かれた「一瞬の夏」というルポルタージュでは金子ボクシングジムが。「学生 島耕作」の第8話には、ジャズ喫茶「マサコ」が。「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」では、本屋「B&B」が。

油断しているところに突然シモキタが現れるから、はっとする。そして、その瞬間から作品と自分の距離が急激に近くなり、一気に愛着がわいてくる。

なぜこんなにも。自分でも不思議に思う。

みな、自分の住む街に対してこのような感情を持っているのだろうか。それとも僕がほかの人よりもとりわけ強いのだろうか。

シモキタに住んで、もう24年が経つ。それなのにまだ興味が絶えないし、日々この街にいやされていると実感する。

以前、吉本ばななさんの「もしもし下北沢」という小説と「下北沢について」というエッセイを読んだ。街に流れるおだやかでやさしい空気をそのまま閉じ込めた素敵な本だった。

自分と同じようにこの街を愛する人がほかにもいると思うと、ますますシモキタのことが好きになった。もしかしたら僕なんて、まだまだ好きがたりないかもしれないとも思った。

もっとシモキタ愛を表現したい。どうすればわかりやすく世に伝わるだろうか。

背中に、大きくシモキタの地図をタトゥーで入れるのはどうだろう。

だめか。駅前はまだ再開発の工事が終わっていないし、この数年で街の地図が変わる可能性がある。それに、そもそも芸人が刺青を入れていたらテレビに出られないと聞く。別の方法を考えよう。

芸名を、シモキタ太郎に変えるのはどうだろう。

椿三十郎ふうに、下北四十郎と名乗るのも悪くない。グローバルに活躍する芸人を目指して、シモキタマンでもいいかもしれない。それか、ターミネーターの言いかたでシーモキーターでもいい。

シモキタをこよなく愛する芸人シーモキーター。めちゃくちゃいいじゃない。

シーモキーター、おそらく海外でのニックネームはモキータ。そうなると、吉本の後輩は僕のことをモキ兄と呼ぶに違いない。

シモキタに24年住むモキ兄。ちょっと前向きに検討してみよう。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。