ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」かぶきもの

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

かぶきもの

黒歴史じゃないけれど、ふと昔の自分を思い出して吐きそうになることがある。いまでも、なぜそんなだったのか思い返してもわからない。

まずファッション。とにかくダサかった。本当に思い出したくもない。

ピークは高校生のとき。笑わそうとしているとしか思えない奇抜な服を、本気でかっこいいと思って着ていた。

ぺらっぺらのシルバーのベスト。はいたらくるぶしがまる見えになる中途半端なたけの、目に染みるくらい真っ黄色なフレアーパンツ。罰ゲームかと思うほど付けられたワッペンだらけのオーバーオール。

一番ヤバかったのは、奈良の路上でやっていたフリーマーケットで買った全身に龍の刺しゅうが入ったチャイナ服のかたちをしたロングコート。しかも、色は赤。さらに、これに蛍光オレンジのニット帽を合わせたりしていたので救いようがない。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

「マムシ注意!」と書かれた看板が乱立する、山と田んぼに囲まれた田舎町を、僕はその格好で闊歩していた。きっとマムシのほうが僕を見て驚いたことだろう。

まさに『下妻物語』状態だ。いや、それ以上か。あちらは都会に行けばまだなじむファッションだけれど、赤龍男は受け入れ先がない。

そういえば髪型もなかなかだった。高校時代は、誰にも強要されていないのに坊主頭にしていた。先ほどの蛍光オレンジのニット帽は、髪がなかったから防寒のために仕方なくかぶっていたことにしておきたいところだが、実際はその組み合わせを気に入って着用していたので自分でもあきれてしまう。

大学入学後は、一度も美容室に行かず、ひたすら髪を伸ばした。3、4年生のころには胸もとまでぼうぼうに伸びて、同級生からは野人と呼ばれていた。

大学を卒業してNSCに入る際は、また丸坊主にした。でも、その髪型を坊主だと思っていたのは僕だけで、まわりからは「それは角刈りだ」と全員に言われた。いまだに同期と昔話をすると「あのとき角刈りだったよな」と絶対に言われるので、よっぽどインパクトのある角ばりかただったんだろう。

その後、初パーマに挑戦したときはわかりやすく失敗した。きつめのパーマをあててくれとお願いしたら、アンドレ・ザ・ジャイアントみたいなちりちりのアフロヘアーにしあがった。

携帯電話も、24歳で初めて持った。それまで一度も携帯電話を持つ生活をしていなかったので、持っていないことを不便だとはまったく感じていなかった。

大学時代は、一日中キャンパスの木の下で本を読んですごしていた。それは、友人と会うための方法だった。誰とも会わずに日が暮れて帰宅することもあったけれど、大学に行けば誰かしらいるので、そうして声をかけられるのをずっと待っていた。

あと、いまとなっては信じられないが、つねに10人くらいの電話番号を記憶していた。仲いい友人の番号は『マトリックス』に出てくる緑色の数字みたいに、公衆電話の前に立つと自然と頭に浮かびあがるようになっていた。

ガラケーからスマホに変えたのも、つい最近。3年前だ。それまでLINEもしていなかった。これも携帯電話を持っていなかったときと同じで、LINEの便利さを知らないので、メールでじゅうぶんことたりると思っていた。

NSCに入ってから、シモキタの風呂なし共同トイレの部屋に10年以上住んだ。クーラーもついていなかったので、寝ている間に熱中症になったこともあった。

そう思うと、いまはやっとひとなみになれた。ファッションも髪型も住まいも。

でも、まだひとなみではないか。45歳になるというのにバイトしているんだから。

夏のデリバリーのバイトは過酷だ。暑くてたまらない。日焼けも大敵で、あまり焼けすぎると芸人としてウケづらくなるから気にしないといけない。

そういえば、さっきバイト先の店長からLINEが届いていた。検便検査の結果が陽性だったので、再検査のキットを店に取りに来るように、と書いてあった。くわえて、陰性が確認されるまでは出勤停止だという。

検便キットを取りに行くためだけにバイト先に向かう。灼熱の日差しを浴びながら、汗だくになって自転車をこいで。

これ以上黒くなりたくないなあ。

焼けた両腕のことなのか、自分史のことなのか。どちらにしても、また一つ黒歴史が追加されたことは間違いない。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。