ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力 「シモキタブラボー!」図書館の花火

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

図書館の花火

45回目の夏がやってきた。

昔は好きな季節を訊かれたら、くいぎみに「夏!」と即答するほど夏が好きだった。それなのに、いつからか夏が訪れてもテンションがあがらなくなった。

いまは、好きな季節を尋ねられたら春と答える。2位は、秋。夏は3位だ。

これは老いなんだろうか。そうだとしたら悲しい。

いったい自分はいつまで夏が好きだったのだろうか。

代田図書館で黙々と勉強する中高生たちにまぎれて、パソコンを開く。

そうだ、具体的に分析してみよう。

勉強に集中する中高生たちに刺激を受けて思い立つ。

題して「自由研究 僕はいつまで夏を楽しんでいたのか」。

それでは、さっそく分析に取りかかろう。

1回目から6回目の夏。これは、子どもすぎてほぼ記憶がない。ただ、実家に浴衣を着て弟と笑顔で金魚すくいをしている幼稚園のころの写真があるので、それを見るかぎり夏を楽しんでいたと思われる。よって、この6回は一応クリアとする。

7回目から10回目の夏。これは小学1年から4年まで。いま思えば、この期間に夏を好きになったのだと思う。夏休みは学校に行かなくてもいいし、友だちと山でカブトムシやクワガタを取ったり、川でザリガニをつかまえたり、町営プールや町内の盆踊り大会に行ったり、花火をしたり、家族でキャンプしたり、祖父母の家に遊びに行ったりして、ぞんぶんに夏を楽しんでいた。よって当然クリア。

11回目と12回目の夏。ここで最初の変化がある。小学5、6年は塾に通い出したことで、夏休みはひたすら図書館で勉強していた。なので、ほとんど夏の記憶がない。おそらく、ちょっとは虫取りや川遊びもしていたのかもしれないけれど、思い出は残っていない。よって、夏を楽しんでいたとは言えないから残念ながらクリアならず。

13回目から18回目。中学高校時代。部活や、学校の勉強合宿で夏休みのほとんどがつぶれた。たまの休みも宿題がめちゃくちゃあったので図書館ですごした。この6年間で一つだけ覚えているのは、同級生に誘われて行った大阪の花火大会のみ。本当にその一回だけ。だから、これもクリアならず。

19回目から22回目。大学時代。東京に出てきて、思いきり夏を満喫できる環境は整っていた。しかし、サークルにも入っていなかったし、数少ない友人も地方出身者ばかりで夏休みになるとみな長期帰省するので、ほとんど誰とも会わない生活になった。やることがないのでバイトづくしの日々。2か月間ある夏休みを完全に持て余していた。でも、最初の1か月間バイトしまくったことで、翌月は金銭的に余裕ができた。それで、この4年間は毎年夏になると、バイトで稼いだ10万円を握りしめてタイや中国にバックパッカーとして行くようになった。ただ、それは夏を楽しんでいたのかと言われると難しい。別に夏を楽しんでいたという感覚はない。リゾート地に行ったりしていれば違ったのかもしれないけれど、タイに行ってもバンコクの寺院や動物園ですずんだり、中国も雲南省とかチベットのあたりをうろうろしていただけなので、一般的な観光とはかけ離れていた。なので、これも夏を楽しんでいたとは言いづらい。よってクリアならず。

クリアはできなかったが、大学3年になるタイミングでシモキタに越してきて、いろんなバーに飲みに行くことを覚えた。夏は、駅前のヤミイチや鈴なり横丁で明けがたまで飲んだくれた。20歳を超えてからの夏の思い出は、図書館からバーの景色に移り変わった。

23回目から45回目。NSCに入り、芸人になる。毎日好きなことをやっているから楽しいし幸せだなと思う。ただ、経済的にかつかつなので夏らしいことを楽しむ余裕がない。クーラーのない部屋で暮らしていたから、毎日池之上青少年会館(現・池之上青少年交流センター)の自習室に避難していた。お金がたんまりあれば、沖縄や海外のリゾート地に遊びに行ったりしたい。モルディブの水上コテージにも泊まってみたいし、ヘミングウェイのようにカリブ海を眺めながらお酒を飲んでのんびりしたい。クルーズ船で旅行するのもいい。富良野のラベンダー畑も見たいし、青森のねぶた祭りも見てみたい。「夏は避暑地ですごしてた」とか言いたい。軽井沢に別荘がほしい。もう妄想が止まらないので、これもクリアならず。

ということで、結果を発表する。

僕が夏を楽しんでいたのは、10歳まで。

いままで夏が好きだと言っていた理由は、7歳から10歳までの強烈な体験の余韻がそうさせていたにすぎない。だんだん夏が特別好きではなくなったのは、年齢にともなった遊びかたを更新できなかったからだ。

大きく伸びをしながら、となりの高校生のノートをのぞく。三角関数の公式を単位円に関連づけた図が、一瞬打ちあげ花火のように見えて、少しだけ夏を感じられた気がした。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

今週末の8月5、6日には4年ぶりに「下北沢盆踊り」が開かれるらしい。童心に返って、遊びに行ってみようかなと思う。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。