近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)臨床医学部門研究室(緩和ケアセンター部門)講師 阪本亮、近畿大学医学部内科学教室(心療内科部門)教授 小山敦子(執筆当時)を中心とする研究グループは、吉本興業ホールディングス株式会社(大阪府大阪市、以下吉本興業)と共同で、令和4年(2022年)4月より「笑い」を医学的に検証する研究の第2弾に取り組み、がん経験者がお笑いを鑑賞し続けることで、健康関連の生活の質と抗酸化能力、不安、うつなどを改善する効果がある可能性を見出しました。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)8月1日(火)に、多分野の国際的な医学雑誌“Cureus(キュリアス)”にオンライン掲載されました。
1.本件のポイント
● 近畿大学医学部と吉本興業が共同で、がん経験者に「笑い」がもたらす効果を医学的に検証
● 「笑い」が、がん経験者の健康関連の生活の質と抗酸化能力、不安、うつを改善するために効果的である可能性を確認
● がん経験者の健康関連の生活の質向上に向けて、「笑い」の新たな効果的活用に期待
2.本件の背景
日本では、2人に1人が生涯のうち1度はがんに罹患し、3人に1人ががんで亡くなるといわれています。一方で、検診による早期発見や医療技術・創薬の進歩によって、治療後の生存率は向上しており、がんは長く付き合っていく慢性病に変化しつつあります。国の第2期がん対策推進基本計画では、「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」と明記されており、治療後の社会生活を長期的に充実させることが重要と考えられていますが、十分なサポートが実施されているとは言えません。
また、がん経験者は疼痛や疲労、神経障害、再発の恐怖などさまざまなストレスに脅かされていることが多く、日常生活の機能が衰えることにより、健康関連の生活の質が低下しています。日々のストレスは体内の酸化ストレスを高め、多くの不調につながると考えられています。
研究グループは、こうした課題をかかえるがん経験者に対して、「笑い」がよい影響を与えるのではと考え研究を実施し、第1弾として、平成29年(2017年)に笑いが「緊張・不安」「怒り・敵意」「疲労」のスコアを改善することを報告しました。
3.本件の内容
今回、研究チームは、がん経験者がお笑いを鑑賞し続けることで、健康関連の生活の質、精神状態や酸化ストレス、抗酸化力(年齢と共に増える活性酸素の酸化を抑える働き)などへ、どのような影響を与えるかについて調査しました。
がん経験者50人を対象に、自宅などでお笑いのDVDを毎日15分以上、4週間鑑賞し、採血による酸化ストレス測定とアンケートによる心理検査を実施しました。その結果、毎日のお笑い鑑賞に、がん経験者の生活の質と抗酸化能力、不安、うつを改善する効果がある可能性が示唆されました。本研究成果を、笑いによるがん経験者の生活の質向上の手法確立などにつなげていきたいと考えています。
なお、本研究は、近畿大学と吉本興業が平成28年(2016年)12月 に締結した包括連携協定および近畿大学の「”オール近大”新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト」の一環として実施されました。
4.論文掲載
掲載誌:Cureus(インパクトファクター:1.2@2022)
論文名:Efficacy of Comedy on HRQOL and Oxidative Stress in Cancer Survivors.
(がん生存者におけるHRQOLと酸化ストレスに対するコメディの有効性)
著者:阪本亮1,2,※、樋田紫子1,2、塩崎麻里子3、本岡寛子3、小山敦子1,2
所属:1 近畿大学医学部内科学教室心療内科部門、2 近畿大学病院緩和ケアセンター、3 近畿大学総合社会学部総合社会学科心理系専攻 ※責任著者
DOI:10.7759/cureus.42760
5.本件の詳細
研究グループは、がん経験者50人(男性10人、女性40人)を対象に、自宅などでお笑いDVD(名人による漫才と落語など3種類)を毎日15分以上、4週間鑑賞した後、採血による酸化ストレス測定とアンケートによる心理検査を実施し、最終的に43人の結果を分析しました。
評価は、以下の9項目について実施しました。
・ 生活の質を評価する尺度であるFunctional Assessment of Cancer Therapy-General(FACT-G)
・ 同じく生活の質を評価する尺度であるEuroQOL 5 dimension 3-level(EQ-5D-3L)
・ 同じく生活の質を評価する尺度であるEQ-5D-Visual analogue scale(EQ-VAS)
・ 不安・うつを評価する尺度であるHospital Anxiety and Depression Scale(HADS)のAnxiety(A)
・ 同じくHADSのDepression(D)
・ 抗酸化力を評価するBio-logical Antioxidant Potential(BAP)
・ 同じく酸化ストレスを評価するReactive Oxygen Metabo-lites-derived compounds (d-ROMs)
・ 酸化ストレス指数(Oxidative Stress Index: OSI)
・ 抗酸化・酸化ストレス比
得られた結果に対して、ノンパラメトリック検定※1の一つで、対応のある2群以上の多群の差を検定するフリードマン検定※2を行うことより、FACT-G(がん経験者のQOL評価)、EQ-VAS(健康状態の自己評価)、HADS-A(不安)、HADS-D(うつ)の項目について、全て初日から2週間以上継続してお笑いを鑑賞することで有意差が確認できました。また、BAP(抗酸化力を評価)(p<0.01、d=0.49)、OSI(酸化ストレス指標)(p=0.03、d=0.33)、BAP/d-ROMs(潜在的抗酸化能)(p<0.01、d=0.51)についても、有意差が確認できました。
これらの結果から、毎日のお笑い鑑賞は、がん経験者のQOL(生活の質)と抗酸化能力、不安、うつを改善するために効果的である可能性が示唆されました。安全かつ利便性が高く、低コストである点を考慮すると、がん経験者にとって笑いは価値の高い手段であると考えられ、調査で得られたデータをもとに、笑いへの反応や効果予測などを検証し、将来的にはがん経験者の生活の質向上の手法を確立させるなど、新しい価値の提供につなげたいと考えています。
6.近畿大学と吉本興業の包括連携協定
「実学教育」を建学の精神に掲げる近畿大学と、「笑い」を中心としたエンタテインメントによる社会貢献や「誰もが、いつでも笑顔や笑い声をもてる社会」の実現をめざす吉本興業が、大阪らしい「おもろい」研究や教育、情報発信によって、日本のみならず世界にさまざまな価値を創出することを目的に、平成28年(2016年)12月に包括連携協定を締結しました。
これまでに、主に以下のような取り組みを行っています。
・就活支援イベント「すべらん話」の創り方講座を開催(2016年)
・「笑い」の医学的検証に関する研究の実施(2017年、2022年)
・近畿大学校友会(同窓会組織)定期総会で「近大版 吉本新喜劇」を上演(2017年)
・就職活動決起大会で、人気芸人が就活生にエールを送る(2018年~2020年)
・近畿大学水産研究所を舞台にしたドラマ「TUNAガール」とドキュメンタリーを制作し、Netflixで世界配信(2019年)
・「withコロナ時代の新スポーツ」の創造に向けた共同研究を実施(2020年)他
7.“オール近大“新型コロナウイルス感染症対策プロジェクト
近畿大学は、令和2年(2020年)5月から「”オール近大”新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト」を始動させました。これは、世界で猛威をふるう新型コロナウイルス感染症について 、医学から芸術までの研究分野を網羅する総合大学と附属学校等の力を結集し、全教職員から関連研究や支援活動の企画提案を募って実施する全学横断プロジェクトです。これまでに 126件の企画提案が採択され、約2億3千万円の研究費をかけて実施しています。
8.用語解説
※1 ノンパラメトリック検定:データが正規分布をしていないときに用いる検定方法
※2 フリードマン検定:ノンパラメトリック検定の一つで、対応のある2群以上の多群の差を検定する方法