イラスト:ピストジャム
仲悪いわけじゃなくて
サトシの車が大きくて助かった。SUVの後部座席を倒した上に黒板アート2枚とキャンバス画2枚とキャリーケースを手早く積み込む。
「これどうすんの？ どっか駐車場に入れて運ぶ感じ？」
助手席に乗り込むと、サトシが尋ねた。
「店の前まで行けたら最高やねんけど。行けるかな？」
僕がそう答えると、サトシは黙った。
シモキタの道は細く、いりくんでいる。もともと田んぼのあぜ道だったのが道路になっただけの道なので、そもそも車が入ってくることを前提としていない。
あの狭い道を走らせるのは気が引けた。
でも、きっと行けないことはない。ぎりぎり行けると思う。たぶん大丈夫。なんとなくの感覚で申し訳ないけど。
ただ、好意で手伝ってくれている友人に無理を言うのは違う。運転する立場からしたら嫌に決まっている。
「とりあえず行けるとこまで行くか」
彼がしかたなくそう言ってくれたことに甘えて、僕は小さく「悪いな」と返した。
サトシは大学の同級生で、なんだかんだ30年近い付き合いになる。学生時代はなんとなく遊ぶグループが同じだったので知ってはいたが、たがいに友人のひとりという程度の関係で、二人で飲みに行ったこともなかった。それが、なぜか卒業後にどんどん仲よくなっていった。
数年前に彼が車を買ってからは、たびたびお願いして描いた絵を運んでもらっている。上野の美術館、代官山のギャラリー、新宿の吉本本社などに行っては、帰りにカレー屋に寄って食事をごちそうするのがお決まりのコース。
最初は毎回カレーばかりですまないなと思っていたが、いつのまにか彼も立派なカレー好きになっていて、最近なんかは「今日は祖師ヶ谷大蔵のスリマンガラムに行ってみようか」と自分から提案してくるようになった。さらに、話しているとあきらかに僕よりも頻繁にカレーを食べに行っていることもわかり、うれしいような悔しいような。
今回の目的地は、タリーズコーヒー下北沢店。「極彩奇天烈板絵図シモキタムーブ」という名で、8月30日まで僕の絵を展示してもらえることになり、今日はその搬入。
時刻は20時半すぎ。最徐行でシモキタの内部に進んでいく。
イラスト:ピストジャム
前から人が歩いてくるたびに停車する。そのたびに、外に聞こえているかどうかはわからないけれど、二人で「すいません」と会釈つきでユニゾンした。
彼とは、こういうちょっとしたことが自然と合う。僕が「今日は何を食べます？」と敬語で訊くと、「カレーにしましょうか」と彼も敬語で答える。二人の間ではそんなやりとりが普通なので、たまに第三者がそこにくわわると、「なんで敬語でしゃべってんの？」と、とまどわせてしまうことがしばしばある。そのたびに僕らは、「仲悪いわけじゃなくて、これはくせで」とか「昔から遊びで、敬語で話してて」とか、よくわからない言い訳をどぎまぎしながら説明するはめになる。
「ここを左に曲がったらゴールです」
「わかりました」
教習所の教官と生徒は、ここが本日一番の難所だと心得ている。
厳しいコーナリング。ペーパードライバーの教官は、情けない顔で左側の金網と車体がぶつからないか窓越しにのぞくことしかできない。
「い、け、る。オッケー！」
角を抜けると、車はまるで軽くなったようにすっと前に進んで、無事目的地に到着した。
結果、彼にとってはたいしたことのない運転だったのかもしれないが、古代エジプトのパピルスくらい年季の入ったペーパーの僕には、とうてい信じられない芸当だった。感心しながら、またすばやく荷物をおろす。
すべておろしきったところで、タリーズの店内から吉本社員の太田さんが出てきた。挨拶して、サトシに声をかける。
「ありがとう。マジで助かったわ。カレー、また今度行こ」
「おう」
男らしい言葉とは裏腹に、サトシは少しさびしそうな表情を浮かべて帰っていった。
翌朝、昨晩の別れ際の感じが気になっていたので「昼ごはんでもどうですか？」と、さっそくLINEした。すると、返信が来たのは3時間後だった。
「二日酔いで行けそうにないす」
意識もうろうだったんだろう。脱字していたけれど、そんな状態でもいつものノリに合わせてくれる友人に改めて感謝した。
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。
書名：こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名：ピストジャム
ISBN：978-4-10-354821-8
価格：1,430円（税込）
発売日：2022年10月27日
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ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。
