ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」一番街に忽然と

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

一番街に忽然と

マクドナルドの日本1号店は銀座にできたと聞く。シモキタにも、そんなふうなパイオニア的な店がいくつかある。

その一つが、日本初のシーシャ屋。その名も『シーシャ1号店』。18年前に一番街商店街の中腹あたりに忽然とオープンし、いまでもばりばり営業している。

シーシャとは中近東の水たばこのことで、全長1メートルくらいの大きな喫煙器具だ。ボトルと呼ばれる水を入れた壺からは煙を吸う長いホースが伸びていて、ボトルの上にはたばこ葉や炭を入れるクレイトップというパーツが取り付けられている。たばこのフレーバーはアップルなどのフルーツ系や、バニラ、ミントなど多数種類があり、味をミックスさせることもできる。シーシャ屋では、その水たばことドリンクなどを提供している。

『シーシャ1号店』は路面店でガラス張りなので、6畳ほどの店内がまる見えになっている。オープン当初からすごい人気で、すぐに2号店、3号店が近くにできた。

当時、僕はシモキタの酒屋でバイトしていたので、それらの店舗によく配達に行った。昼間から気持ちよさそうに煙をくゆらす客の姿はうらやましかったし、なによりシーシャの器具の美しさに見とれた。施された細やかな装飾は、魔法をかけたように僕の心を一瞬で異国にトリップさせた。バイト中なのに、アラビアンナイトの世界にいるような心地になった。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

『シーシャ1号店』ができたときは、正直ちょっと街がざわついた。その目新しいあやしさにみなやられて、一時酒場はシーシャの話題で持ちきりだった。

「昼間っから変なの吸ってる奴がいっぱいいたけど、あの店はなんだ?」「なんかうまそうに吸ってたけど、あれは合法なんだよな?」みたいな会話がよくされていた。

その反応はしかたない。だって全国で初めてできたシーシャ屋なんだから。なにやら風変わりな店がまたできたな、と感じた人は多かった。

現在、シモキタにはシーシャ屋が10店舗ほど存在する。この街のサイズで考えるとかなり多いだろう。コンビニの数に匹敵する。

ただ、僕はまだ一度もシーシャ屋に行ったことがない。配達に行っていたので、なんとなく店の雰囲気はわかっている。けれど、シーシャを吸いに行こう、とはふだんなかなかならないのだ。というか、そもそもシーシャを吸ったことがない。だから選択肢にないので、行くなら意を決して行くしかない。

でも、行くのはちょっと怖い。それは、ハマりそうだから。

なんとなく自分でわかる。この人のことを好きになったらつらい思いをしそうだから、好きになっちゃいけない、やめとかないと。そんな感じ。たぶん絶対にハマってしまう。

最初は月に数回程度だったのが、だんだんシーシャ屋に通う頻度が増えていって、気づいたらもうほとんど毎日行くようになって、そのうち「これはデザインがすばらしいから、どうしてもほしくて」とか言ってシーシャの器具を買い集めるようになって、家でもシーシャを楽しむようになって、もう普通のたばこなんて吸う気にもならなくなって、「そうだ! 外でもシーシャを吸えばいいんだ! 別に犯罪じゃないんだし!」とか言い出して、あのでかいシーシャの器具をどこでも持ち歩くようになって、駅の喫煙所とか居酒屋でも堂々とシーシャを出して豪快にぶっとい煙をぶふぁあああって吐き出しながら平気で吸うようになって、しまいに「あのおじさん、いつもシーシャ持ち歩いてるよね」とか「シーシャおじさん見たことある?」とかってシモキタで噂される名物おじさんになってしまいそうで、怖い……

もし僕が、カレー激ハマリ芸人じゃなくて、日本初のシーシャ激ハマリ芸人を名乗り出したら誰か止めてください。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。