駆ける獣
シモキタを初めて訪れたのは大学1年のとき。まだ18歳だった。たしか1997年だから、いまから26年も前の話。でも、いまでも鮮明に覚えてる。
こがけんと二人でSHELTERにギターウルフのライブを観に行った。日吉から渋谷で乗り換えて井の頭線に乗り込むとき、電光掲示板の「吉祥寺」の文字を見て、あれが前田太尊の住む街か! とひそかに感動し、シモキタって渋谷からこんなに近いんだと驚いた。
あこがれの下北沢。よくたとえでおもちゃ箱をひっくり返したみたいって言ったりするけど、まさにそのとおりだと感じた。ごちゃごちゃしててキラキラしてて街ゆく人もいろんなファッションの人が歩いてて街全体が輝いて見えた。中学のときに、心斎橋のアメ村に初めて行ったときと同じ感覚。東京にもこんなにわくわくする街があるんだと心おどった。
幸い、SHELTERには迷わずすぐにたどり着けた。地下の受付におりる階段には、6月なのに革ジャンをはおったいかにもロックンローラーという感じのいかつい人たちが列をなして入場を待っていた。
僕たちも並んで、おとなしく受付の順番を待つ。キャッシャーで払うドリンク代はソフトドリンクしか飲めないと思うと高く感じたけど、それよりも数か月前まで田んぼと山に囲まれた京都のいなかに住んでいた自分がシモキタのライブハウスにいることが信じられなくて胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。
出演は4バンド。めあてのギターウルフはトリ。会場はオールスタンディングでパンパンに客が入ってた。しかも、ほぼ全員男。数名いる女性はフロアーは危険だと察知したのか、受付に続く階段に避難していた。
鼓膜を破るような轟音ギターが炸裂してライブがスタートする。最初からもみくちゃになり、一瞬でこがけんとはぐれる。激しくモッシュやダイブが繰り広げられ、どこぞの誰かわからない男たちが次々に体をぶつけ合う。立ちのぼる湯気。汗と体臭が混ざり合ってる。テレビで観たことのある、どこかの地方の裸祭りみたいだなと酸欠気味になりながらぼんやり思う。
そんな状況が3バンド続き、僕はもう音をあげた。女性たちが避難する階段に逃げ込み、トリはゆっくり階段から眺めることにした。
僕のとなりに立っていた女性は、マッシュルームカットで七分そでのラグランTシャツを着た小さなかわいらしい人だった。僕が彼女より1段下に立っていたのだが、それでも身長は僕のほうが高かった。
気分が高揚していたせいか、僕は目の前の阿鼻叫喚の地獄絵図とも言える盛りあがりを眺めながら「すごいですね」と、彼女に話しかけた。すると、彼女は突然話しかけられたことに驚きつつも、僕の耳もとに手と口を少し近づけて「すごいですね」と返してくれた。
ライブを観ながら、そんなたわいないやりとりを何度か続けた。僕は、すさまじい熱気のライブに釘づけになりながらも、その女性とのささやかな交流や、改めて自分はいまあのシモキタにいるんだ、ということにすっかり興奮しきっていた。
ライブが終わると、照明が明るくなりBGMが流れ出した。フロアーにいたこがけんは、僕が階段にいることをわかっていたらしく、人をかき分けてまっすぐこっちに向かってきた。
こがけんに「大丈夫?」と声をかけ、マッシュルームカットの女性に軽く会釈して、ライブハウスを出ようとしたそのとき、うしろから怒声が響いた。
「ごるあぁっ! 誰の女、口説いてんだあっ! ごるあぁっ!!」
革ジャンを着た、首にごりごりタトゥーが入ったコワモテの男が鬼の形相でこちらに向かってきた。彼女の、彼氏だ。
たしかに、彼女は「彼氏も来てる」と言っていた。僕はとっさに、こがけんに「走れ!」と叫んで、駅まで全速力で駆け抜けた。
信じられないことに、その彼氏は「殺すぞおぉおぉっ!!」と叫びながら追いかけてきた。当時の下北沢駅は階段をあがった2階部分に改札があったのだが、僕たちはまるで二匹の獣のようになって無我夢中で階段を駆けあがった。かと思ったら、こがけんはあせりすぎて途中一回階段で転んだにもかかわらず、抜群の運動神経で瞬時に立ちあがり、転げ込むように二人で改札を通過して逃げきった。
まさか駅の階段まで「殺すぞおぉおぉっ!」と怒鳴り散らしながら追いかけてくるとは思わなかった。こがけんには、とんだとばっちりを食らわせてしまいたいへん申し訳ないことをした。
これが僕の初シモキタ体験。あんなことがあったのに、よくこの街に移り住んできたものだと自分でも感心する。
あれから26年。住み始めて24年。
シモキタのことに関しては誰にも負けない、まかしてくれ、と言いたいところだが、そうは言わせてくれないのがシモキタのすごいところ。どんどん新しい店は増えていくし、まだまだ知らないことがあるし、僕より長く住んでる人もうじゃうじゃいる。
この街の魅力は底知れない。二年にわたりシモキタ讃歌を綴ってきたけれど、この連載をきっかけにシモキタに興味を持ってくれる人がひとりでもいてくれたならうれしく思う。
今回で『シモキタブラボー!』は最終回です。応援してくださったみなさん、二年間本当にありがとうございました。僕は変わらずシモキタにいるんで、もし見かけたら「シモキター!」と声かけてください。そしたら、親指立てて「ブラボー!」と返します。
このコラムの著者であるピストジャムの新刊が2022年10月27日に発売されました。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。