ビジネス領域での生成AI(人工知能)の可能性を紹介するイベント『AI Agent Summit ’25 Spring』が、3月13日(木)に東京・ベルサール渋谷ガーデンで開催されました。Google Cloudが主催したこのイベントに、吉本興業ホールディングス傘下の 株式会社FANY・梁弘一社長が出席。同社プラットフォーム事業部 の田中爽太プロデューサーらとともに「吉本興業におけるエンタメ領域での生成AIの活用と『桂文Gemi』プロジェクトの裏側」と題した講演を行いました。

「AIが勝手に仕事して稼いでくれる」?
梁社長は、劇場の寄席からラジオ、テレビ、ネットと新しいテクノロジーが出現したときに、必ず新しいスターやコンテンツが生まれてきたことから、「生成AIはエンタメ業界の転換点になると確信している」と語ります。
また「新しいIPビジネスの創出」と題し、“タレントAI”によるビジネスの拡張例として、チケットが完売したという“AI EXIT”による初の単独ライブ『チャラットボット〜破滅的忘却を回避せよ〜』(2025年1月開催)を紹介。開発された“AIアバター芸人”は、時間や身体の制限がなくなり、多様な活躍の場が生まれると指摘しました。

ほかにもロンドンブーツ1号2号・田村淳のバーチャルヒューマン“AI淳”によるYouTube配信や、かまいたち(山内健司、濱家隆一)とおしゃべりできるアプリ「かまいたちCotomo」などの例を挙げ、「本人たちが稼働しなくても、AIが勝手に仕事して稼いでくれるんです」と説明。そのうえで「AIならなんでもいいというわけではなく、AIならではの体験やユーザーが面白いと思ってくれることが重要」とも話しました。
海外公演で芸人の声を“リアルタイム通訳”できる未来も
続いて、「コンテンツ制作現場での活用法」として、FANYが2024年度から新規参入した事業「縦型ショートドラマ」(スマートフォンを縦画面のまま視聴できる1話3分以内のドラマ)を例に挙げ、生成AIによるドラマ制作プロセスの効率化について解説しました。
短い納期・少ない制作費で大量のコンテンツが必要となるショートドラマの脚本を、プロデューサーがGemini(Googleが提供する生成AIモデル)に相談しながら執筆。プロットの第1稿をGeminiが作成したあと、プロの脚本家がアイデアを選び、セリフをブラッシュアップする――というステップを紹介し、梁社長は企画からわずか2カ月で納品したと明かします。
実際に、Geminiに相談しながらドラマの企画を具体化したプロデューサーにその作業を聞いてみると、Geminiとの対話はまるで1人の人間と打ち合わせをしたのと同様の感覚だったそう。梁社長は、「今後はバラエティコンテンツなどを始め、アニメ制作などでも活躍するのは間違いない」と断言しました。

また、「クリエイティブ支援」の例として、“お笑い”に特化した翻訳AIを例示。お笑いは言葉や文化の壁が高く、ほかのエンタメと比較して海外進出が難しい分野ですが、Geminiを基盤とする“お笑い翻訳AIシステム”を開発し、運用を始めていると明かします。
現在は、YouTube動画の英語字幕などでタレントの海外進出を支援していて、講演では、より笑いが生まれやすくなる翻訳例を紹介。直訳では伝わりづらかった文章を、文脈を反映した文や口語表現、さらに簡略化も加えたうえ、関西弁や間(ま)、オチなども考慮してより面白く翻訳するといいます。
実際にネイティブの人に聞いてもらったところ、「こっち(新しい翻訳AIシステム)のほうが笑える」というフィードバックもあったとのこと。この“お笑い翻訳AIシステム”は4月に開幕する大阪・関西万博の吉本興業のパビリオンでも使われる予定で、将来的には「海外公演で、本人の声でリアルタイムに同時通訳できる未来」を想定しています。
梁社長は「ユーモアを持ったAI Agentができること」として、お笑いなどのエンタメにとどまらず、教育の分野(AIチューター)やメンタルヘルスの現場(AIメンター)、さらにカスタマーサポート(お問い合わせAI)など社会全体を新たな市場にできると説明し、「AIの市場を大いに盛り上げていければ」と展望を語りました。

“AI弟子”と桂文枝の創作落語舞台裏
続いて「『桂文Gemi』プロジェクトの裏側」と題し、FANYプラットフォーム事業部の田中プロデューサー、Google Research & Core Partnerships, Japan Leadの加山博規氏、Google Cloud AI/ML 事業開発部長・下田倫大氏が登壇しました。
『桂文Gemi』プロジェクトとは、六代 桂文枝の創作落語を学習したGeminiが、文枝と一緒に落語を創作するプロジェクトです。
“桂文Gemi”という名前は、文枝が弟子となるGeminiに与えた高座名。監修・口演をする文枝と、台本を担当する“文Gemi”とのやりとりは真剣そのもの。“文Gemi”がアイデアを投げると文枝がダメ出しをするという、まさに弟子と師匠のような対話を繰り返し、約1カ月半に及ぶ準備期間を経て落語が完成。昨年10月に行われたイベントで披露されました。

田中プロデューサーは「いい高座にするためにはどんな演出をすればいいか、どうやって価値あるものに仕上げるかなど、全体のプロデュースを担当していた」と説明。一方、Googleの加山氏と下田氏は、「吉本興業さんや文枝さんがお笑いを作りやすいようにサポートし、整える役割を担っていた」と話します。
田中プロデューサーは、「こういったことはなかなか広がりにくいけど、文枝さんのようなトップの方がこういった試みをすることで広がる部分があると思います。ただ実際、2カ月というタイトな時間でどこまでできるかということには不安があった」と振り返りました。
制作過程で文枝にダメ出しをされまくった“文Gemi”が「はぁ、どうもすいません! イチからやり直します」と謝るシーンも紹介。加山氏は「とにかく“文Gemi”がどんなことができるか話し合ったよね」と振り返りながら、「生成AIでは言語化に対する努力が非常に重要なんです」と説明します。

最終的に、どんなにダメ出しをされてもくじけない“文Gemi”と文枝の対話の末、文枝に「面白いじゃないの」と言わせる落語が完成しました。田中プロデューサーは「これからもこういった試みでGoogleさんとご一緒できるといいなと思います」とコメント。加山氏も「AIの能力に関しては、最大限発揮されているかというと、まだまだ過渡期だと思うので、さらに能力を発揮できるよう、みなさんと試みを続けていきたい」と意気込みました。
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