とろサーモン・久保田かずのぶが、初の自叙伝『慟哭の冠』を3月21日(金)に発売しました。『M-1グランプリ』準決勝で9回敗退するなど苦汁をなめ続けた久保田が、M-1優勝後の8年間をかけて書き上げた渾身の1冊。「M-1チャンピオン史上、もっとも泥にまみれた男」の慟哭と、傷つき続けたからこそ手にした優しい言葉の数々が詰まっています。今回、FANYマガジンは久保田にインタビューを敢行。著書に込めた思いから、これから芸人を目指す若者への金言まで、たっぷり語ってもらいました。

執筆のきっかけは笑い飯・哲夫のひとこと
──初自叙伝の出版、おめでとうございます! まずは本を出そうと思ったきっかけを教えてください。
2017年にM-1で優勝してからですね。その前から笑い飯の哲夫さんに「お前、語彙力があるから本を書いてみたら?俺は読みたいんやけどな」と言ってもらっていて。書くことで褒められたことはなかったんですけど、そう言われたのもなにかの縁だと思って、2017年からずーっと書いていました。
──8年間かけて書いたものを1冊にまとめた本なんですね。確かに、当時の情景や心情の描写が、いま書いたように鮮明だと思いました。
そうなんですよ。それで、もともとは500ページくらいあったんです。でもそれだと分厚すぎるので、今回、短くまとめてみました。
──こだわった部分はありますか。
本ってだいたい「あとがき」があって、意外とそっちのほうが頭に残ることがあるじゃないですか。だから、この本には最後だけではなく、「なかがき」をたくさん書いてみました。本の途中に少しずつ感想やメッセージを入れるようにしています。
──M-1優勝前後のツラい日々が描かれつつ、ところどころに挿入される「なかがき」では、読者への応援のような言葉もつづられていました。自叙伝でありながら、思想本や啓発書のような空気感もまとっていますね。
そうですね。僕自身そういう啓発本が好きなので。いまは若者への講演会もしていて、僕の名言集みたいなものがTikTokに上がっていたりもするんですよ。だから、読者に向けて「真実のわからない時代の中でも、しっかりしてくれよ」という思いを込めて書きました。
──文章がまるで詩のようにも感じたんですが、この独特な文体はどこから得たものなんでしょうか。
僕は本を読むタイプじゃないんで、もしかしたら、幼少期の経験かもしれません。僕の家は兄弟が4人いるんですけど、めちゃくちゃ貧乏だったんですね。それで、母親が寝るときにずっと本を読んどったんですよ。短編の詩みたいなものをずっと聞かされていて。それが残っているかもしれないですね。
──お母さんは、本や詩が好きなんですか?
いや、早く寝かせたかったんでしょう(笑)。
──独特のリズムというか。フリースタイルのラップを聴いているような感覚にもなって、読みやすかったです。
そう言われるのは、めちゃめちゃありがたいです。だから、そういう経験もすべて、いまになって繋がりますよね。むかし子どものころに(母親の声を)聞いた感じで、書けているのかもしれないです。
「優しい人」が「勝つ」から“優勝”
──本を書き終えたいま、改めて自分の人生を振り返って気づいたことはありますか?
結局、「助けられて生きている」のは感じますよね。死にかけたら誰かが手を引っ張ってくれたとか。もう俺、ずっとそうですね。最後の最後でぎゅっと誰かが引き上げてくれて助かってる。だから人の縁がぜんぶ、点と点や、線と線になって、繋がっている気がします。
──本の中でも、助けてくれた人たちへの感謝がエピソードたっぷりに描かれています。M-1で優勝したあとに、「優しい人が勝てるのかな」と気づいた場面も感動しました。
あそこ、いいでしょ? 「『優しい人』が『勝つ』と書いて“優勝”」なんですよ。あそこはパンチラインです。傷ついたぶんだけ強くなる。そして、いっぱいケガしてる人って、人に優しいと思うんですよね。

──この本はどんな人に読んでほしいですか?
一生懸命、汗を流している、不器用な生き方をしている夢追い人ですね。その人(の背中)をバッと押してあげられるような、力になれればと思うんですけど。
──「夢」という言葉も作中で何度も出てきましたね。特定の個人で読んでほしい人はいますか?
特定は別にないですけど、できるならば、贅沢ですけど映画化はしてほしいです。だから品川ヒロシ監督とかね。前から「本を書いたら映画化してください」と約束してたんで。あとは大根(仁)監督とか白石(和彌)監督とか……。巨匠に映画化してほしいですね(笑)。
──どんな場所にこの本を置いてほしい、などの願いはありますか?
図書館にも置いてほしいですし、ものすごい治安の悪い高校とかにも置いてほしい(笑)。その若者たちに「頑張れ」って言いたい。あとは、我が吉本興業に入ってくる入社1年目の人たちに、この重い本を渡したいです。「飲み込まれるな。犬になるな」と言ってあげたいです。
「ストレスをためて、人に対してのあらゆる感情を蓄えろ」
──帯にも「M-1チャンピオン史上 最も泥にまみれた男」と書いてありましたが「泥にまみれる」久保田さんのような経験は、いまの若手芸人はしづらいのでしょうか。
そうかもしれないですね。時代的にコンプラとかもありますから。外に出て、ストリートで学ぶこともあんまりできないと思うし。
──この自叙伝によれば、久保田さんはストリートで学びすぎていましたね。
こんなもん、完全にストリートの本でしょ。ラッパーの本みたいな(笑)。

──久保田さんはNSC(吉本総合芸能学院)で講師もしていますが、授業ではどういうことを伝えていますか?
「人となり」ですね。やっぱり最近の若い子は、「オシャレな歌の歌詞を書きたい」みたいな子が多いんですよ。ネタ見せでも、リズムやテンポがよかったりして、みんな上手いのは上手い。ただ、言葉に奥ゆきがまったくないんですよね。
──奥ゆきですか。
そういう奥ゆきは何から出るかと言ったら、苦労とか厚みとか過去の経験とか、くぐってきた修羅場の数とかが出たりするんですよ。それが僕は“人間力”だと思うんですけど、その指示はしていますね。「もうちょっと分厚い言葉を出せないか?」と。
──よく漫才師さんが人(ニン)と言いますよね。その人らしさというか、人間性というか。
そうですね。ニンがほしいですね。ヒューマンが見たいですよね。
──若いうちからニンを身に着けていくのは、なかなか難しそうですね。
難しいですよ。でも、若くても頭二つぐらい飛びぬけたモンスターたちはそれが出せるんですよ。
──どうして出せるのでしょう?
なんでしょうね。そこが僕もわからなくて。「なんでこいつ、ここまでできるんだろうな」って思ったりするんですよね。(令和ロマンの高比良)くるまとか、漫才を見ていたら感じますね。怖さとか狂気がある。喜怒哀楽の強さ、トゲがある。「あの若さであんな表現ができるのは、なんでだろう」と思います。
──すごいですね。くるまさんは久保田さんのように、ストリートで泥まみれになっていたタイプではなさそうですが。
ないんでしょうけどね。幼少期にいろいろあったのかもしれないし、わからない。「なにかあったのかな?」と疑ってしまうくらいの怖さはありますね。
──授業の中で、ニンを身に着けていく生徒もいるんですか?
たった1回の授業でニンを身に着けることなんてできないんで、背伸びしないでいいから、簡単なことをしないで、泥臭くバイトをしたりしてストレスをためて、人に対してのあらゆる感情を蓄えるようにアドバイスをしています。「憎しみでも恨みでもなんでもいいから、感情を持つように生きてみろ」って。「そしたら、喋っている言葉が自然と変わってくるから」って教えています。
大喜利が勝手に強くなった理由
──喜怒哀楽の感情を強く持つことが、お笑いでは大事なんですね。
そうです。もう絶対にメンタルですね。だって俺、大阪にいたときは大喜利が得意じゃなかったんですよ。
──そうなんですか?
まったく別ジャンルだと思ってたんで、大喜利なんて強くなくてもいいと思ってたし、まわりからも弱いと思われていたんです。でも東京に来て、この本に書いてある通りずーっと苦労してたら、勝手に大喜利の回答が、めっちゃ強くなってたんですよ。
──面白いですね!
大阪のときは苦労してなかったんで、問題に対してのアンサーが、「久保田が出す答え」でしかなくて薄かったんでしょうね。でも、東京で泥まみれになってから出る言葉は、「久保田にしか言えへんやん」の答えになったのかもしれないです。それで『IPPONグランプリ』の予選で優勝して、本選にも出られましたから。

──苦労を経験して芸を磨いてきた久保田さんだからこそ、NSCで伝えられることは多そうですね。
僕はのどが枯れるくらい、お笑いのことをやってきたし、語ってきました。でも教えることはできても、押し付けるのは違うと思っているんです。わかるやつだけでいいんですよ。わかってるやつが、わかろうとしてるやつに、うまく伝えられたらいい。この本だって、そうです。100人が読んで、100人が感動するような本じゃない。そんなラブソングみたいな本じゃないんで。
──そうですか? 誰でも刺さる部分はあると思いましたけど。
ポップでしたか?
──ポップではないです(笑)。
ですよね(笑)。ラブソングだったらポップじゃないですか。表紙も革命家が持っている看板の文字みたいでしょ。
──(笑)。でも、ご自身の経験を通じてどうしても伝えたいことがあるのだなと、本を読んで強く感じました。
そうですね。汗を流して頑張った人間が報われないなんて、本当にファ〇クですから。お笑いを目指す人や表現者の人がこの本を読んで、僕の思いに賛同してくれるんだったら、その輪は広げていきたいです。こんな時代を変えたい。ただそれを変えられるのは“ジブンシダイ”なんで。そういう“ヒジョウジタイ”な人生の方に読んでほしいと思います。……めちゃくちゃ韻を踏んだんちゃうかな、いま(笑)。
【著者略歴】
久保田かずのぶ
1979年9月29日生まれ、宮崎県出身。宮崎日大高校の同級生だった村田秀亮と2002年にお笑いコンビ・とろサーモンを結成。06年に『第27回ABCお笑い新人グランプリ』最優秀新人賞、08年に『第38回NHK上方漫才コンテスト』最優秀賞を受賞。『M-1グランプリ』では9度の準決勝敗退を経て、ラストイヤーの17年に初めて決勝進出し優勝を果たした。
書籍概要
慟哭の冠

著者:久保田かずのぶ
発売日:2025年3月21日(金)※電子書籍同日配信
定価:1,760円(本体1,600円+税)
ISBN:9784041159477
発行:KADOKAWA
イベント概要
とろサーモン・久保田かずのぶ 著『慟哭の冠』発売記念トークイベント
開催日時:4月2日(水)19:00~(開場 18:00)
会場:新宿ロフトプラスワン
書籍付き会場チケット:4,400円(飲食代別・要1ドリンク)
出演:とろサーモン・久保田かずのぶ 他
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