又吉直樹、6年ぶり長編小説『生きとるわ』で描いたのはダメ人間「みんなが真面目になったら社会全体が脆弱になる気がする」

お笑いコンビ・ピースの又吉直樹の6年ぶりの長編小説『生きとるわ』(文藝春秋)が、1月28日(水)に発売されました。累計354万部の大ベストセラーとなった芥川賞受賞作『火花』から10年。本作は、又吉が小説家としての成長を実感し、「もっとも時間をかけた」と語る大作です。過去作と比べても圧倒的に「ダメな人」が登場するこの作品――そこに込めた思いと魅力を、本人に語ってもらいました。

出典: FANY マガジン
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【『生きとるわ』あらすじ】
「生きる」とは、こんなにもやりきれなくて、おかしい――。
公認会計士として、はた目には順調な生活を送っている岡田。しかし、高校時代の仲間だった横井に500万円を貸したことから、その人生は狂い始める。横井は他の仲間たちからも借金を重ねたあげく、姿をくらましていた。
阪神タイガースのセ・リーグ優勝が決まった夜、岡田は大阪・道頓堀で偶然横井と再会する。貸した金を取り戻そうとする岡田は、逆にさらなるドツボにはまっていく……人間の「闇」と「笑い」を両立させた奇跡的作品。

“修行期間”を経て描けるようになったもの

――『劇場』以来、6年ぶりの長編小説になりましたが、期間があいた理由を教えてください。

長編を出していない間も、執筆量自体はむしろ増えていたんです。満島ひかりさんと本を作ったり、舞台の脚本に挑戦したり。小説と同じくらい労力を使う仕事をいくつもやって、忙しくしていたということがあります。

もう一つの理由は、いまさらなんですけど「もっと修行したいな」と思ったことですね。この1〜2年はそれを強く意識して、エッセイを書くことや、週に1本短編を書くのを自分の課題として続けてきました。

―― “修行期間”を経て、小説家としてどのような成長がありましたか?

『火花』のときは、自分がどれくらい小説を書けるのかもわからなかったので、主人公を若者の設定にしました。未成熟な若者が登場する物語のほうが、文章の荒削りさと人物の心境がリンクすると思ったんです。

それで言うと『生きとるわ』では、そんな意識はせず、登場人物が30代後半の設定でも、いまやったら書ける自信がありました。ただ今回は、高校時代の回想シーンがあるので、その部分では人物の直接的な考えや、損得勘定よりもロマンが先に立つ面を書きました。そういう書き分けは、10年前の自分にはできなかったと思います。

出典: FANY マガジン
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――今回の作品は、大阪の市井の人々を描いているのも特徴ですね。

過去作では芸人や演劇に打ち込む、ルサンチマンを抱えた登場人物が多かったんです。僕自身が、報われずに夢を追っている人にしか感情移入できなくて、会社員や年相応の収入がある人たちを、ただ羨ましく思っていましたから。

でも、いまは自分も年を重ねて、「ちゃんとして見える人も、実は大変なんだろうな」と想像が及ぶようになりました。本当は誰でもわかるはずのことですけど。やっと市井の人にも目が行くようになったんだと思います。

今回は大阪のいろんな酒場に取材に行き、まわりの人の会話を聞いてリズムを吸収したので、その空気感もちゃんと伝われば嬉しいです。

ダメ人間がいるから社会が強くなる

――今回の作品は過去作と比べても圧倒的に「ダメな人」が登場します。なぜこんなにも「ダメな人」を描こうと思ったのでしょう?

単純に、僕のまわりに僕も含めてダメ人間が多いんですよね。

この小説を書いているときは、ダメ人間にアンテナを張っていたんですが、友だちに質問をすると、だいたいみんな1人くらい、横井みたいな知り合いがいるんです。「とんでもないやつがいますよ」と言ってくるんで、「絶対に紹介しないでください」と言ってたんですけど(笑)。

ダメな人って存在しないことになってるけど、実はめっちゃいて。僕はそういう人とできればかかわりたくはないけど、なんでそんなふうにしちゃうんかなと、すごく興味がわくんです。

出典: FANY マガジン
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――この小説を読んで、本当に怒る人もいるかもしれませんね。

実際、読んだ方でめちゃくちゃ怒る人もいました。文芸誌に連載中、後輩のお父さんが読んでくれたらしいんです。その方は真面目なお仕事をされているんですけど、途中でお父さんから後輩に「岡田も横井も死ね!」っていうメールが来たらしくて。

でも僕にとっては、それもすごく嬉しい感想でした。本を読んでそこまで怒るのって、めっちゃ真剣に読んでくれているやんって。

――それだけ感情移入されたんですね。又吉さん自身は、この小説でダメな人を肯定したいのでしょうか?

それはないです。大前提、この小説は“ダメ人間賛美”ではまったくない。僕は悪いことをしたら悪いと怒られるべきで、法を犯したら罰せられるべきやと思っています。ただ、そういうダメな人たちにも「生きていってほしいな」とは思うんですよね。

出典: FANY マガジン
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――肯定はしないけど、存在までは否定しないと?

排除するのではなく、まわりがみんなで力を合わせて「ダメ人間」をどうにかしようとすることが、社会全体の強度を上げると思っています。みんながめっちゃ真面目になったら、社会全体が脆弱になる気がする。わけのわからん人もおったほうがいいんですよね。

みんなが潔癖になりすぎると、ちょっとしたばい菌で病気になるみたいに、社会が壊れてしまうとは考えています。

いまが「めちゃめちゃしんどい」人に読んでほしい

――ダメな人間に怒る人、その存在を面白がる人……どちらも正解ですか?

バランスだと思うんですよね。「岡田も横井も死ね!」って怒る人が1割くらいはいてほしい。だって、そういう真面目な人がいないと社会がむちゃくちゃになるんで(笑)。

あと、「こんなやつに絶対にかかわりたくない」という人が2割いて、「かかわりたくないけど、話を聞いてるぶんには面白いな」と思う人が5〜6割いて、「しゃあないから付き合うか」が1割いるみたいな。そんなバランスじゃないですかね。

みんながみんな、ダメ人間を許せとはまったく思わないし、それぞれの距離感、それぞれの感じ方でいいと思っています。

出典: FANY マガジン
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――最後に、この小説はどんな人に読んでほしいですか?

本当はすべての人に読んでほしいですけど、特に「いま置かれている状況がめちゃくちゃしんどい」と感じている人に読んでもらって、「まだいけるかも」と思ってもらえたら嬉しいですね。

僕はダメ人間にも生きていってほしいと思うけど、真っ当に生きている人、社会を支えている人は、もっと楽しく生きる社会であるべきだと思っています。だから、後輩のお父さんに言いたいのは、「岡田も横井も生きていくんで、お父さんはもっと楽しく、いまよりも楽しむ権利がありますよ」ということ。そのうえで、いろんな状態の人が一緒に生きる社会になったらいいなと思っています。

取材・文 前多勇太

【著者プロフィール】
又吉直樹(またよし・なおき)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。芸人・作家。2015年に小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。テレビやラジオ出演のほか、YouTubeでの動画配信など多岐にわたって活躍中。他の著書に『劇場』『人間』『東京百景』『月と散文』などがある。

書籍概要

『生きとるわ』

著者:又吉直樹
定価:2,200円(税込)
出版社:文藝春秋
判型:四六判 上製カバー装 448ページ
発売予定日:2026年1月28日(水) 
ISBN:978-4-16-392060-3

書誌URL:https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163920603