落語家の月亭八方の喜寿記念公演『八方のおねだり寄席』が、3月31日(火)に大阪・天満天神繁昌亭で開催されました。2023年から続くツアー『八方の楽屋ばなし』の流れをくむこの公演は、八方がゲストに「これをやってほしい」と“おねだり”するという趣向。今回は、ゲストに西川きよし、林家菊丸を招いて落語だけでなくトークも大盛り上がりとなりました。

八方が温めてきた“浪曲”を披露
冒頭、八方はこの日のゲスト、きよしには落語を、菊丸には相撲ネタをリクエストしたと明かします。きよしには当初、上方落語をリクエストしていたそうですが、最終的にはきよしが自作した創作落語を披露することになったそうです。
また、八方は菊丸について「これからの上方落語を背負っていく、いまいちばん脂がのっている噺家」と紹介し、「最後は菊丸さんに締めてもらう」と語りました。
そして高座に上がった八方は、「私は自分におねだり」と切り出し、自ら温めてきた浪曲に挑戦しました。人間国宝に認定された二代目 京山幸枝若の教室に通ってきた経験を踏まえ、「浪曲と言うには立派な声が出ない、落語のようで落語ではない。ほんなら何やと言うたら“浪語”。老後は浪語に限る」と八方節で笑わせ、客席をぐっと引き込みます。

演目は「天王寺の眠り猫」。高座には阪神タイガースのロゴが入ったテーブル掛けがかかっており、八方らしい遊び心をのぞかせます。
曲師・虹友美の三味線に乗せ、「ここは大阪日本橋~」と謡(うたい)から入ると、場内の空気は一変。左甚五郎の説明や登場人物同士の掛け合いは落語さながらに軽妙で、酒好きの甚五郎も愛嬌たっぷりです。
節を朗々と聞かせる場面や、勝負どころで声を張り上げるくだりには、浪曲らしい熱も宿ります。語って、演じて、歌うように進む高座は、まさに“1人ミュージカル”の趣。途中、「浪曲師はお白湯を飲みますが、栄養をつけようと思ってヤクルトにさせてもらいました」と笑わせ、八方らしさ全開で楽しませました。
“トリ”は林家菊丸の人情噺
続いて、きよしが羽織袴姿で高座へ。「めでたい席にお招きいただきありがとうございます」と丁寧にあいさつし、「あとで立てなかったら申し訳ないので」と座布団ではなく椅子を使うと説明しました。
マクラで、きよしは長年の付き合いがある八方について「いいことをしゃべりしたい」と前置きしながら、「長い付き合いやけど、いいところがない」とひっくり返して客席を沸かせます。八方がテレビ番組で “あることないこと”を言うせいで迷惑をこうむってきたとぼやき、「八方ちゃんはいらんこと言う」とこぼすたびに笑いが起きます。

思い出も次々に飛び出し、若いころの舞台の話、坂田利夫との出会い、横山やすしとのコンビ結成の経緯など、ひとつひとつのエピソードに時代の空気がにじみます。
そして披露したのは、創作落語「きよしとヘレンの愛妻物語」です。食事に出かける日のやり取りや、支度の様子を身ぶりを交えて再現するきよし。まるで目の前にきよし・ヘレン夫婦がいるようです。洋服選びや身支度をめぐるやり取りには、長年連れ添った夫婦だからこその親密さとおかしみがあり、あたたかな笑いに包まれました。
休憩をはさんで行われた「八方の楽屋ばなし」では、八方ときよしが並んで思い出トークを展開。やすきよが一気に売れていったころのことや、藤山寛美さんとの交流、いたずら電話の思い出まで、芸人同士だからこそ共有できるエピソードを次々と披露します。観客も、単なる昔話ではない“生きた楽屋ばなし”に聞き入りました。

トリを務めた林家菊丸は、餅屋の主の幸助と最高位の相撲取り雷の友情を描いた人情噺「幸助餅」を口演します。幸助や雷を取り巻く登場人物の心の動きを丁寧に積み上げていく菊丸。おかみさんの芯の強さ、雷の恰幅の良さや愛嬌、幸助の抑えきれない思いなど、声色や仕草でくっきりと描き分け、しっとり聞かせる場面と笑いを誘う場面の切り替えも鮮やかです。
一度は決裂した幸助と雷の関係性が再び結ばれる終盤は情感たっぷりに演じ、クライマックスでは会場全体が物語の行方を見守りました。

八方、きよし、菊丸と、それぞれの芸の持ち味が楽しめた「八方のおねだり寄席」。喜寿を迎えた八方のいまを映すと同時に、上方芸能の豊かさをあらためて感じさせる一夜でした。
