平成ノブシコブシの徳井健太が2月28日に発売する新刊「敗北からの芸人論」(新潮社)を記念した短期連載の第2回。徳井が21組の芸人の生き様を、愛情あふれる熱いまなざしでつづった一冊のなかから、かまいたちの章を取り上げます。
徳井の原稿を読んだかまいたちの二人から、愛情返しのようなアンサーコメントが届いています。まずはそちらをお読みになってから、本編をお楽しみください。
山内
「 この人は芸人ですか?なんか凄い分析されてて怖いです。こんなにお笑い好きな芸人の方は他にいないんじゃないでしょうか。とにかく僕が裏では『ほんとは良い奴』みたいなんやめてください!まず表で悪い奴をしてる自覚がないです!」
濱家
「徳井先生、御出版おめでとうございます。
徳井さんには、異常で変態的な芸人への尊敬と愛が詰まっています。
かまいたちの事もかまいたち以上に考察して書いてくれていました。
これであっているのかと自問自答しながら過ごす毎日の中で、こんなにしっかり自分を見てくれている人がいるんだと分かったのが、凄く嬉しくて心強い気持ちになりました。
書かれた本人がそんな気持ちになるんだから、徳井さんは全力で一組一組の事を考えて書かれたんだと思います。
絶対に読むべき一冊です。
ただ、ひとつだけ。
徳井さん、ぼく芋ソーダじゃなくて麦ソーダです。
しばきますよ?」
それでは、本編をどうぞ。
令和のハイブリッド芸人
かまいたち
いまテレビで見ない日はないほど売れっ子の「鎌鼬」、いや「かまいたち」。
今から、きっとかまいたちにとっては余計なお世話だろうことを書く。けれどそれは全部、僕からの賛辞だと思ってほしい。
昔から面白いと評判だった山内健司と濱家隆一のコンビ「鎌鼬」は、いつの間にか平仮名で「かまいたち」になっていた。
つまりはそういうこと——コンビ名の表記とか、見た目とか、態度とか、そんなことは「売れる売れない」に直結するはずがない。でも、売れようとする心意気や行動は、そういうところから滲み出るものだ。
「かまいたち」は少なからず「鎌鼬」よりも売れようとしていたはずだ。
「芸人が売れる」のすべてが詰まったロンハー
ちょっと話は逸れるが、『ロンドンハーツ』は本当に偉大な番組だと思う。
単純に面白いとか、視聴率が高いとか、そういった要素ももちろん大切だけれど、それ以上に「芸人が売れる」ということの全てがロンハーに詰まってる、と僕は考えている。
『ロンハー』は大抵、深夜に無観客で収録される。売れっ子たちのスケジュールを合わせるためには、どうしても深夜になってしまうらしい。
そんななか、忙しくて体力的にも一番疲れているであろうベテランの先輩ほど、本番を全力で走り抜けてくれる。ひぃひぃ言う後輩を尻目に、撮れ高を遥かに超えているはずなのに、手を抜かず吠え続ける先輩方。
しかも収録を見守るのは、決して愛想笑いはしない笑いに厳しいスタッフさん。そして、スベって落ち込んだり緊張から前に出られなかったりする若手の感情や動きを一つも見逃さない、MCのロンブーの(田村)淳さん。
あそこ以上の鉄火場はない。特に現代、『ロンハー』以外の修羅現場は次々となくなっていった。
僕も若手時代、何度か呼んでもらったことがあるが、無論、上手くいかなかった。今思えば収録中に、心の中で言い訳ばかりして、逃げて折れているフリをしていたんだと思う。
相方の吉村は頑張って前に出ようとしていたが、毎回心身共に傷だらけになっていた。
当時は、後に番組のMCを任せられるような化け物が同じひな壇に並んでいた。千原ジュニアさん、小籔千豊さん、おぎやはぎさん、フットボールアワーの後藤さん、それにブラックマヨネーズさんもいた。負けて当然、という言い訳も通用せず、全員ライバルのような立ち位置で結果も同じように求められていた。
メンツは違えど、今の『ロンドンハーツ』もきっと似たようなものだ。
若手からしたら、狩野(英孝)くんや千鳥さん、バイきんぐ小峠さんやアンガールズ田中さんといった〝モンスター〟たちと横並びにさせられるのかと驚いていることだろう。
そんな猛者たちと同じ立ち位置で同じような結果を生め、なんていうのは、テレビに出だしたばかりの若手には本当に酷だとも思う。
プライドを捨てた濱家
2017年にキングオブコントで優勝し、東京の「芸能界一周旅行」をし始めた時のかまいたちと、毎日のようにテレビに映るようになった現在のかまいたち。本当に同一人物かというくらいに見違えた。
面白いし、どっしりしているし、柔らかいし、安心して笑える。
何年か前、東京のテレビシーンを千鳥さんが駆け抜けていった時、僕の周りの先輩たちは「ノブさんが変わった」と口を揃えて言っていた。僕からしたら、大悟さんもノブさんも、二人とももうずっと前から面白かったけれど、先輩たちからしたら違う見え方があったのかもしれない。
同じように、濱家は大きく変わった。
ときどき番組などで濱家がいじられたりする姿を見ると、覚悟を決めたんだろうな、と勝手に思っている。それはやっぱり「売れるんだ」っていう覚悟。
「売れたい売れたい」と口先だけで言っている人間はたくさん目にしてきた。そんな人間には絶対に出せない、口にも出さないくらいの「ここで絶対に売れるんだ」という覚悟だ。
いじられて、でもそれを確実に笑いに昇華する濱家を見ていると、その覚悟と本気をビンビンに感じる。格好良いなぁと思う。
そんな姿を、少数のお笑いマニアが揶揄したりいじったりしようとも、濱家がやっていることはそう簡単なことではない。そもそも持っているお笑いの技術の高さはもちろんだし、自身のプライドも一旦破壊しただろうし、失ったプライドを超えるプライドを、もう一度心に据え置かなければならない。
売れるために好感度を捨てた山内
その隣にいる山内もまた、売れるために好感度を捨てた。と、勝手に僕は思っている。
ストレートな皮肉をあえて言ったり、狡猾な表情をわざと作ったりすることがあるが、芸人仲間はみんな分かっている。元来、山内は真っ直ぐでずるいことをしない。それでいて面白い、と。
ただ、その場が面白くなるなら、自分がどう思われようとかまわない、と何でもやってくれる。先輩からのフリに全力で応え、ヒール役すらすすんで買って出てくれる。視聴者やネットの声なんか気にせず、最短で真っ直ぐに面白い方に走ってくれる。
千鳥さんとの番組で真正面からイヤな役を背負う山内を見ていると清々しいし、千鳥さんがそんな山内を信頼し、安心して任せているのも伝わる。
それも隣の濱家の覚悟を感じ、今まで以上に「普通」と「面白い」の二択をつきつけられたとき、迷わず面白い方を選ぶようになったからだと思う。
「笑いのルール」を作るようになったかまいたち
最近のかまいたちの安定感はすさまじい。
二人で織りなす正義は、周りが何と言おうが、悪すらも正義にすり替える。笑いが起きていないような現場でも、二人が笑っていたらそれはもう「面白い」に変わっていく。かまいたちの二人がルールを作るようになったのだ。
二人の冠番組『かまいガチ』を見ているとそんな場面をよく目にする。
世間ではどんなに間違っていようが、二人の中で見える道筋が同じならそれでいい。そんな彼らの姿を見るのは、心地よくすらある。素晴らしいコンビになった。そりゃ売れるわ、と思う。
「目的は金」と言える山内の透明感
そんなかまいたちが覚醒する少し前に、酒を飲みながら笑いを語るという僕の『酒と話と徳井と芸人』に来てくれたことがある。
山内の考え方は、芸人には珍しい稀有なものだったのを記憶している。
「とにかく金を稼ぎたい。僕の能力と見た目を考えた時にお笑いが一番金を稼げると思ったからお笑いをやっている」
まるでIT社長のような聡明さだった。ここまでハッキリと「目的は金」と答える、まっすぐで透明感のある芸人がいるだろうか。
M–1もキングオブコントも、栄誉のためじゃない。賞金のその先にあるだろうギャラや芸人の「格」などのためにタイトルを獲ろうとしていた。
ある意味では熱いのかも分からないが、その気持ちだけでキングオブコント優勝を果たし、M–1の決勝ステージに何度も駒を進めるなんて、虎視眈々にもほどがある。
山内は競馬もやる。
だが、ギャンブルでも考えは同じで、ロマンやドラマを感じるわけではないらしい。稼げるから、もしくはいずれ稼げるようになると思うからやっている、と。頭の良い大学生が集まり、絶対に勝てる競馬予想のAIを作ろうとしているニュースをたまに見るが、たぶんそれに近い。
感情的な理由はいらない、勝てるからやる。負けるなら、やらない。
こんな白黒ハッキリついた考えを、思い付く人間はいても、揺らがず実行に移せる人間はそうはいない。
「昭和の芸人」の空気を持つ濱家
対して濱家は激情家だ。ザ・昭和の芸人だともいえる。
千鳥の大悟さんに可愛がってもらっていたというのもあって、面白いということを追い求め、大雑把に生きて宵越しの金を持たないような昭和の背中を持っている。後輩に飯や酒を奢り、お笑いのことでなら先輩と揉めることも厭わない。
以上は僕の勝手なイメージではあるが、そんな濱家が『酒と話と徳井と芸人』に来てくれた時、酔いが回って山内に漏らしていた。
「俺、山内の足を引っ張ってないか?」
泣きそうになりながら芋焼酎のソーダ割りを啜っている。番組でも言っているが、ネタ作りの10割を山内が担当している、らしい。
そんなことはコンビであればよくあることだし、誰かの考えたことに全身全霊を捧げるというのは素晴らしい役割だと思う。役者さんと同じだ。
そんな濱家の本音に山内はさらりと「こいつ、MCができるんで」と返す。
僕はそんなやり取りが正直羨ましくさえあった。お互いの強みを認め合っていて、それを表に出して言えるコンビは強い。
ネタが面白くてMCもできる。クレバーな山内と昭和を背負う濱家。
自分より若手と絡んでいて、安心できるコンビは少ない。けれどかまいたちとは安心して一緒に仕事ができる。僕みたいなもんが思うのだから、もっと感受性の強い先輩や後輩、スタッフさんにいたっては、同じことやそれ以上のことを思っているだろう。
それが視聴者やお客さんにも伝わった結果、今のブレイクがあるのだと思う。
令和のハイブリッド芸人
ただ、僕が一番すごいと思うのは、面白いとか、頑張ったとか、諦めなかったとか、そんなことじゃなくて、「かまいたち」がネタやコンビ名の表記やその他、有形無形さまざまな要素を変えながらも軸はブレずに、前に進み続けたことだ。
同じことを続けられる天才、壁にぶち当たる度に方向転換できる器用さ、努力するのは当たり前、諦めるのは逃げ……。
こういった全部の良いとこどりをして、令和のハイブリッド芸人かまいたちが誕生したんだと思う。
何かを手に入れたいと願いもがく若手はたくさんいるだろうけど、何も手に入らなくて足搔いた日々が、一番の財産になる日がきっと来る。かまいたちを見ていると、そんな青臭いことだって、言えてしまうのだ。
敗北からの芸人論
著者:徳井健太
発行:新潮社
価格:1430円(税込)
発売:2022年2月28日