「人生の最期に走馬灯で
このネタがよぎりますようにマジで」
#6 すゑひろがりず『狂言風ゲーム実況』

人生の最期に走馬灯でこのネタがよぎりますようにマジで

極私的に理屈抜きで好きなコントや漫才たちを、あえて「どうして自分はこのネタが好きなのだろうか」とああだこうだ理屈をつけながら考えて、勝手に納得していく連載です。

極私的に理屈抜きで好きなコントや漫才たちを、あえて「どうして自分はこのネタが好きなのだろうか」とああだこうだ理屈をつけながら考えて、勝手に納得していく連載です。

出典: FANY マガジン

「人生の最期に走馬灯でこのネタがよぎりますようにマジで」
文:ワクサカソウヘイ(文筆業)

極私的に理屈抜きで好きなコントや漫才たちを、あえて「どうして自分はこのネタが好きなのだろうか」とああだこうだ理屈をつけながら考えて、勝手に納得していく連載です。第六回目はすゑひろがりずの『狂言風ゲーム実況』の軽快な妙味について、思いを巡らせます。

#6
すゑひろがりず『狂言風ゲーム実況』

出典: すゑひろがりず局番

ぐったりと疲れているはずなのに、なんだか上手く寝付くことのできない夜がある。日中の緊張を引きずってしまっているのだろうか。布団の中で何度か寝返りを打ってみるが、なかなかに眠りの尻尾を掴むことはできない。ああ、明日も早起きして仕事に出かけなければならないのに、このままでは瞼の腫れた朝を迎えてしまう。焦れば焦るほど頭は泡立ち、睡魔は遠ざかっていく。
そんな時、私はスマホに手を伸ばし、YouTubeですゑひろがりの『狂言風ゲーム実況』を視聴する。するとどうだろう、その画面の中の世界に夢中になっているうちに、気が抜けたような心地が胸に流れはじめ、尖っていたはずの時間は少しずつ緩んでいく。そしていつのまにか、うとうととしたまどろみに誘われ、夢の淵へと静かに落ちていくことに成功する。
このように、すゑひろがりずが出力しているネタには、柔らかなトーンが満ち満ちている。眠りの気配を見失った夜、私はたびたび、YouTubeの『すゑひろがりず局番』に並べられているゲーム実況動画たちに身を委ねている。
『あつまれ どうぶつの森』、『バイオハザード』、『マリオカート』、その他諸々。すゑひろがりずはチャンネル内にて様々なゲームの実況をしていて、そしてそのどれもが平和的なネタとして現れているわけだが、その中でも私が特に好きなのは『ウインニングイレブン』のプレイ動画である。
サッカー用語をすべて古典単語に変換しながら、着物を羽織った二人の男がゲームを進めていく。言葉にすればただそれだけのことなのに、このネタには他にはない無邪気で艶やかな味わいがある。あなたも眠れぬ夜を過ごしているのなら、『すゑひろがりず局番』の動画たちに触れて、張りつめた神経をほどいてほしい。言いたいことは、以上である。
しかしそれでは話が終わってしまうので、どうして自分はすゑひろがりずの『狂言風ゲーム実況』が好きなのか、強引に理由を探ってみる。そして気がつく。彼らのネタはとことん「軽妙な筆致」によって描かれていて、そこに自分は魅了されているのだということに。

葛飾北斎の境地

『ウインニングイレブン』の実況動画の中で、すゑひろがりずはたとえば、サッカー用語たちを以下のように変換している。
「イエローカード」→「黄札」
「ゴール」→「寿」
「ディフェンス」→「守人」
「サッカーボール」→「鞠」
素晴らしいな、と思うのは、そのスピード感である。ゲームの画面からちょっとしたシーンを小刻みに切り取って、彼らはポンポンと口から「古典っぽい」言葉を発していく。その姿は実に飄々としていて、無理がない。「体に芸が染みついている」とは、まさにこういった状態のことを指すのだろう。寿司職人がごく自然的な手つきで次から次へとシャリを握っていくような小気味のよさが、そこにはある。
そのすゑひろがりずの「軽妙な筆致」を眺めていると、私の頭の中に、一枚の名画が浮かんできたりする。『冨嶽三十六景/神奈川沖浪裏』である。

出典: 葛飾北斎『冨嶽三十六景/神奈川沖浪裏』

江戸時代を代表する浮世絵師・葛飾北斎によるこの作品は、ゴッホやモネなどの世界に名だたる印象派の画家たちにも強い影響を与えたといわれている。
描かれているのは、高みから崩れ落ちてゆく波の姿だ。それは荒々しい題材であるはずなのに、不思議と柔らかな輪郭をたたえている。サラッと絵筆を走らせたような、軽やかな印象をこちらに与えてくる一枚である。若き日から絵を描くことだけに邁進し、「画狂」の異名をとった北斎が、この作品を完成させたのは七十二歳のことだったという。
一説によれば、この『冨嶽三十六景/神奈川沖浪裏』の構図は、高性能カメラで実際の波を撮った写真と、細部まで合致するといわれている。真偽のほどはわからないが、常人には持つことのできない高速シャッターのカメラを、葛飾北斎は長い年月を重ねる中で、その眼の中に内蔵することに成功したのかもしれない。

とある場面を瞬間的に切り取り、それを大胆なまでの「軽妙な筆致」によって描く。もし大袈裟ことを言っても許されるのであれば、葛飾北斎が七十二歳で到達したその境地に、すでにすゑひろがりずも立っているのではないかと、私は思ったりする。

すゑひろがりずのシャッタースピード

たとえば。
『ウイニングイレブン』の実況動画の中で、ゴールを決めた場面。そこですゑひろがりずの三島氏はセーブをしながら、こんなセリフを口にする。
「後世に語り継がねばならない寿よ」
注目したいのは、この言をサラッと出力している点である。ただのセーブ画面を、こんなにもスマートに「古典っぽく」変換できるなんて。このスピード感を目の当たりにするたび、私は痺れる。一朝一夕では身につくはずのない芸当を、軽やかに披露するすゑひろがりずの姿に、尊さを覚えてしまう。
それから、三島氏の率いるベルギーチームに、南條氏のイギリスチームが敗北を喫してしまう場面。そこでこぼされるコメントも、聞き逃してはならない。
「エゲレスも地に堕ちたものやの」
すごいな、とシンプルに感動する。当然のように、「イギリス」を「エゲレス」へと滑らかに言い換えることができるなんて。なんとも鮮やかな筆致である。そこから透けて見えるのは、尋常ではないシャッタースピードと、柔和な現像能力だ。彼らは類まれなる浮世絵師としての才を、YouTube上で花開かせているのである。
勢いにまかせて、さらに大袈裟なことを言わせてほしい。浮世絵は江戸時代の初期に成立した絵画ジャンルであるわけだが、すゑひろがりずの『狂言風ゲーム実況』は令和時代の初期に成立した新たな演芸ジャンルなのではないか。葛飾北斎の浮世絵と同様、『すゑひろがりず局番』も、世界中の美術館にいずれは収蔵されていいのではないか。漫才でもコントでもない境地で、彼らはネタの地平を切り拓いている。誠にもって、後世に語り継がねばならない寿よ、である。
私は今日も『狂言風ゲーム実況』を視聴しつつ、憂き世から離れ、幸せな眠りに就いている。

すゑひろがりず局番


執筆者プロフィール
文筆業。東京生まれ。
主な著書に『今日もひとり、ディズニーランドで』、『ふざける力』、『夜の墓場で反省会』、『ヤバイ鳥』などがある。
YouTubeでネタ動画ばかりを視聴して毎日を過ごしています。

関連記事

関連ライブ配信

関連ライブ