コロナ禍のなかで生きる人々の日常を描いた短編小説集『あの頃な』(角川春樹事務所)を2月に発売したマンボウやしろと、自身の18年の芸人人生をつづったエッセイをまとめた自叙伝『裸々』(KADOKAWA)を3月に発売したしずる・村上純。奇しくも同じタイミングで出版した旧知の間柄の2人に、“あのころ”の話を“赤裸々”に語り合ってもらいました。
マンボウやしろの『あの頃な』は、コロナ禍のなかで生きる人々の日常を描いた25編のショートショートで、発売してからすでに7刷となっているヒット作。一方の『裸々』は、村上がメディアプラットフォームnoteにつづったエッセイをまとめた自叙伝で、こちらもお笑い好きなら誰もが楽しめる本として話題を呼んでいます。
しずるの第一印象は「昔の俺たちだ」
――まず2人の関係性から教えてください。村上さんは、やしろさんが組んでいたお笑いコンビ・カリカに憧れてお笑いを目指したと本でも書いていますが、憧れたきっかけは何だったんですか?
村上 カリカさんを最初に知ったのは、大学生のときに見た『虎の門』(テレビ朝日)です。その番組で漫才をやられていたんですけど、衝撃を受けました。
――何に衝撃を?
村上 見たことがない漫才で、もうむちゃくちゃだったんです。「なんだこの漫才の形は、いい意味で気持ちが悪いな」と思いました。その後、『新しい波8』(フジテレビ)という、のちに『はねるのトびら』になる番組で今度はカリカさんのコントを見て、好きなコンビだというのが、自信から確信に変わりました。
やしろ 自信から確信……出たな松坂(大輔)世代。
村上 松坂語録をいちばん使っていい世代なんで(笑)。
――憧れていたカリカとの初対面は?
村上 NSC(吉本総合芸能学院)を卒業して1年目に若手のライブがあって、そのライブのMCがカリカさんでした。
やしろ 登竜門ライブだよね。
――やしろさんはその時のことを覚えていますか?
やしろ 覚えています。僕がMCの合間に楽屋で作業をしていたら相方の林(克治)が楽屋に来て、「いま舞台でやっている芸人を見てくれ」って言ってきたんですよ。そんなこと珍しいんですけど、それがしずるでした。それで舞台袖で2人で見ていたら、林が「昔の俺らがいる」って言い出した。
村上 ははは(笑)。
やしろ 僕も、相方が言う意味がわかりました。「ああ、昔の俺たちだ」って。なにか変なことをやりたいんだけど、いまいちウケていない感じがすごい似てたんです。
村上 確かにスベっていましたね。
やしろ ウケてはいなかったけど、ネタを見て今後、面白くなることはすぐにわかりました。ポテンシャルとして高くて、残っていくコンビだろうなって。
――その後、しずるはカリカのコントライブに呼ばれたり、東京シュール5(カリカ、しずる、犬の心、POISON GIRL BAND、ライス、かたつむりによるお笑いユニット)を結成したりと一緒に活動することが増えていきましたよね。
やしろ 登竜門ライブの印象があったので、その翌年に自分たちのコントライブに呼びました。そのころには、しずるもルミネに出たりしていて、やっぱり残ってるな、勝ち残ってるなと思っていました。
村上の「ノイズ」が気になる
――村上さんにとってやしろさんはもともと憧れだったわけですが、一緒に仕事をするようになってからは、どういった存在なのでしょうか?
村上 憧れていることに関しては、まったく変わらないです。ずっと背中を追い続けている存在というか。芸人としても常に先を行っていましたし、しずるがやっと半人前ぐらいになってきたと思ったら、今度は芸人じゃなくなっちゃうし。1回も肩を並べられたことはないです。
――逆にやしろさんにとっては、村上さんはどんな存在ですか?
やしろ 芸事以外のノイズが多い後輩だなと思います。
村上 ははは(笑)。
やしろ 僕にとって、東京シュール5のメンバーは距離の近い後輩なんですよね。その中でも、しずるは僕らとネタのつくり方とか表現の仕方が近いので、特別な1組なんです。同じ流派というか、偉そうに言えばカリカの系譜の中にいる。だからこそ、村上のお笑い以外のノイズが気になるんですよ(笑)。アイドルのプロデュースを始めたときも、「チャラいこと始めやがって!」と思いました。
村上 師匠から見て、弟子が何やってんだという感覚ですよね。「俺の流派にいたんじゃないのか」って。
やしろ そうそう、直接は言わないけどね。ほかの芸人がネタ以外のことをやっていても気にならないのに、村上だけは異常に気になった。
村上 芸事だけで勝負するカリカさんのカッコよさに憧れてたんですけど、もともと僕はいろいろなことに関心があるノイズが多い人間なんですよ。やしろさんは僕のそういう面を知らなかったんで、本来の僕のノイズが出てきたときに「こいつ芸事以外の情報量多いな」ってなっちゃったんだと思います。
やしろ ははは(笑)。「あれっ?」つってね。
KAƵMAが気になる人はぜひ読んでほしい
――それぞれの書籍の話も伺いたいと思います。やしろさんは村上さんの『裸々』を読みましたか?
やしろ 実はスケジュールの都合で、まだぜんぜん読めてないんです。ただ、自分やカリカについて書かれているところに関しては、チェックの段階で読ませてもらいました。
――後輩の本で自分のことが書かれているというのは、どんな心境なのでしょう?
やしろ カリカに憧れていたことなどが書かれていて、素直に嬉しかったです。でも、この本だけじゃなくてもっといろんなところで、昔からカリカや僕の話をしてほしかったという思いもあります。というのも、又吉(直樹)が売れたタイミングで、(自分が)可愛がってた村上世代の芸人が全員、「又吉さんにお世話になってるんです」って言い出したときは、寂しさしかなかったですから。
村上 ははは。寂しかったんですね(笑)。
やしろ エグいなと思ってたよ(笑)。俺も、ダイノジの大地(洋輔)さんと仲良くても、品川(品川庄司の品川祐)さんが売れたときに、品川さんの話ばかりしていたからわかるんですけどね。それにしても、なんでこのタイミングで自叙伝を出そうと思ったの?
村上 コロナで仕事がなくなったときに、noteの有料記事を書くことを仕事にしようと思ったんですよ。コロナはいつ終わるかわからないから、なるべく長く書けるものを考えたら、自分の芸人人生のことしかなかったんです。それで、時系列でいうと学生時代からKAƵMAが改名する前までを書きました。
やしろ なるほど。俺の本はフィクションだけど、『裸々』みたいに本当のことしか書かれていない本も魅力だよね。
――『裸々』を発売してからの反響はどうですか?
村上 同期の藤崎マーケットのトキが、すぐに読んでくれてLINEをくれたのが嬉しかったですね。芸人仲間でいうと、ニューヨーク・屋敷(裕政)やBKB(バイク川崎バイク)も、お願いしていないのに読んでくれました。あとウェブデザイナーをやっている方が、自分が専門学生のころの若かった感情を思い出したと感想をくれたのは嬉しかったです。
やしろ ある意味、青春本だもんね。
村上 あと、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「しずる池田大好き芸人」を見て、しずるに興味を持って読んでくれた人もいましたね。いまKAƵMAが注目されているんで、KAƵMAが気になる人はぜひ読んでほしいです。そういう入り方も、どんどん待っています。
「やっぱり、やしろさんには追いつけない」
――やしろさんが『あの頃な』を書くことになった経緯は?
やしろ 2020年の年明けぐらいに出版社の方にお話をいただいて、いい機会なのでやってみようと思いました。最初は長編小説を書こうと思っていたんですけど、すぐにコロナ禍になったんですよ。それで毎日、ラジオでコロナについて話すようになったので、出版社の方に「コロナの短編でもいいですか」と相談して、こういう小説になりました。
――もともとコロナを題材に書こうとしていたわけではなかったんですね。
やしろ そうです。執筆の話が先でした。だからこそ、コロナ禍のスタートと同時くらいに、コロナを小説にする目的で観察しはじめることができました。
村上 そういう経緯だったんですね。僕も読みましたけど、唯一無二の本です。ゼロから考えた小説というよりも、コロナというお題があっての作品ですよね。
やしろ うん。だから小説というより、イメージはコロナ禍の記録本なんですよ。いつか「コロナの時ってこういうノリだったよね、こういう空気感だったよね」と振り返るための本で、だからこそ『あの頃な(あのコロナ)』っていうタイトルなんで。
村上 本当にタイトル通りというか、25編全部が「あの頃、コロナってどういうものだったろう」と後々考えられる記録書、教材になっていました。僕がコロナに関して、こういう短編集を書くという宿題を出されても、とうてい無理だと感じましたね。やっぱり、やしろさんには追いつけないなと思いました。
――執筆に当たって、心掛けていたことはありますか?
やしろ あまりドラマチックに書かないということですね。テーマが病原菌の話なので、実際に亡くなられた方とか大変な思いをしている人がまだいますから。あとは全編を通してうっすらとテーマとして持たせたのは、コロナって本当に得体の知れないものだと。そんな得体の知れないものに関して、意見が違う人とモメてもしょうがないよね、というメッセージは込めました。
村上 コロナを否定も肯定もせずにフラットに書いていますよね。コロナに対する変な固定観念を持っている人は、これを読んだらフラットにコロナと向き合えると思います。
やしろ ありがとうございます。本当にそれです。
村上 (笑)。今回の『あの頃な』は、本当にやしろさんの言いたいことや、やりたいことが詰まっているのがわかって、読んでいて気持ちよかったですね。僕も長編を、生きているうちに1つくらい書いてみたいと思いました。そういう意味でも、これからも背中を追わせていただこうと思います。
書籍概要
『あの頃な』
著者:マンボウやしろ
発売日:2月15日(火)
出版社:角川春樹事務所
定価:1,650円
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『裸々』
著者:村上純
発売日 : 3月25日(金)
出版社 : KADOKAWA
定価:1.870円
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