上方落語協会の会長を務める笑福亭仁智が、地元・大阪府羽曳野市の文化大使に就任し、5月12日(木)に委嘱式が開かれました。委嘱期間は2025年5月11日までの3年間。羽曳野市が育んできた文化を広く全国に向けてPRしていきます。委嘱式は、今年で創立150周年を迎えた仁智の母校である同市立丹比小学校で行われ、“後輩”である6年生の児童や地域・PTAの人々も参加しました。
50年以上ぶりの母校で校歌を披露
式典には、仁智のほか、山入端創市長、村田明彦教育長が登壇。司会進行は仁智の筆頭弟子・笑福亭智之介が務めました。
大阪の南河内に位置する羽曳野市には、世界文化遺産に登録された古市古墳群や日本最古の官道といわれる日本遺産・竹内街道があり、さらにブドウやイチジクなどの特産品もたくさん。山入端市長は「こうした魅力を広く知っていただくため、文化大使のおひとり目としてお願いしました」と期待を寄せます。
委嘱状と花束を渡された仁智は、「50年以上ぶりに丹比小学校に来ました。うれしいですね」と懐かしそう。さらに、「たしか僕が小学校5年生か6年生のときに校歌ができました」と校歌の一節を披露しました。
今回の就任を「本当に光栄」と言う仁智は、「創作落語を文化大使(の活動)に活かしたい。こういう機会をいただき、まずは故郷を題材に落語を作ることが初めの仕事になるかも知れませんね。ぜひチャレンジしてみたいです」と意気込みを語りました。
「担任の先生の名前は覚えてるのに昨日の夕飯は覚えてない」
また仁智は、丹比小学校に通っていたころの話を披露。
「近くにお墓がありますよね。僕が小学校のときは、夏休みに学校に泊まって星の観測をしたりする“終日観測”というのがありまして、それは楽しみなんですが、夜にお墓で肝試しをするのが恒例で、それが怖くてイヤでねぇ。でも、いまではいい思い出です」
第2部の対談コーナーでは、仁智、山入端市長、村田教育長の3人が、羽曳野市の未来や、仁智が文化大使として今後、取り組んでゆきたいこと、さらにはそれぞれの小学校時代の思い出など幅広いテーマでざっくばらんに語り合いました。
仁智は「小学生時代の担任の先生の名前はいまでも覚えていますわ。そやけど、この歳になったらえらいもんで、昨日、何を食べたかは覚えてない(笑)。おかしいな」とトボケて、市長らを笑わせます。
子どもたちが「落語を見せて!」
子どもたちからの質問コーナーでは、男子児童から「僕は落語を見たことがないので、ぜひ落語をしてください」とお願いが!
すると、司会進行の智之介が「師匠にここで落語をやっていただくというのは、僕としてもさすがに心苦しいので……」と、自身が落語を披露することに。ステージの上に座布団とマイクを用意して即席の高座を作り、落語とはどういうものかという説明から、座布団の向きや演目といった豆知識まで丁寧に解説。続いて登場人物の演じ分けを説明しながら、落語のさわりをやってみせると、子どもたちは興味津々の様子でした。
続いて別の男子児童から、「落語では、扇子や手ぬぐいを使っていろんなものを表現すると聞きました。それをたくさん見せてください」というお願いが飛び出すと、智之介は、扇子でうどんをすする仕草をレクチャー。すする音の出し方を説明する際は、「舌を上顎に付けて、両側から息を吸うんですが、ふつうに吸うと音が出ませんから、ほっぺたと舌の間を狭めるような感じで“ズズーッ”と」と実演します。
これを受けて質問した男子児童が高座に座り、うどんをすする仕草にチャレンジする一幕もありながら、式典は終始、和やかなムードに包まれました。