ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」E.T.とピラミッドと

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

E.T.とピラミッドと

13年前の春。魔人屋の隣に、「MIN-NANO」という自転車屋がオープンした。

家から徒歩1分。かわいらしい小さなお店。店頭には、ゴキゲンなBMXが。

あれは、映画『E.T.』で見たBMX。E.T.が入っていたのと同じ、プラスチックの大きなかごが取り付けられていた。

『E.T.』は、僕が生まれて初めて映画館で観た映画だ。4歳のとき、わけもわからないまま両親に映画館に連れて行かれた。

僕は、E.T.が気持ち悪くて気持ち悪くて、怖くて怖くて仕方がなかった。スクリーンにE.T.が映し出されるたびに両親にしがみつき、服で顔を隠した。感動で涙する映画のはずなのに、僕だけ別の意味でずっと泣いていた。

4歳のころの記憶が、いまでも鮮明に残っていることに自分でも驚く。それほどの恐怖体験だった。完全にトラウマだ。

高校時代、本屋で立ち読みをしていると、雑誌で『E.T.』の特集がされていた。E.T.はもう怖くはなかったが、やっぱり気持ち悪いなあと思った。

でも、新たな発見が。E.T.を運んで走る自転車、かっこいい。

調べると、日本のKUWAHARAというメーカーのBMXだった。これ、日本のチャリなん!? 驚いた。

店の道路側の壁は、一面はめ殺しの大きな窓になっていた。まるでショーウィンドウのよう。

自転車が飾られている。見たことのないかたち。

一輪車を2台連結させたような不思議なフレーム。タイヤも、BMXくらいのサイズで小さかった。ハンドルは、ドロップハンドルを上下逆さまに取り付けたのか、ヤギのつのみたいになっている。

白いフレームには、レインボーカラーのラインが入っていた。タイヤは黄色、ハンドルについたグリップは赤色だった。カラフルなのに、まとまっている。

この配色以外考えられないくらい完璧なバランス。ヴィンテージの渋い風合いとポップなカラーリングがマッチしていて、たまらなくかわいい。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

店に入ると、自転車のパーツのほかに、店主のこだわりの品と思われるTシャツやスニーカーなどが並べられていた。Tシャツは、ほかでは見たことのないブランド。スニーカーも、日本では売っていない珍しいものばかり。

おしゃれだ。欲しい。

ここ自転車屋じゃないの? 服屋?

2回目に訪れたとき、僕はナイキのスケートボードシューズを買った。たぶんブレーザーというモデルのローカット。

カーキ色のスウェードのスニーカーで、インナーは鮮やかなオレンジ色、タンタグは水色だった。このスニーカーははき心地もよく、自転車をこぐのにも最適で、大のお気に入りになった。

当時、ピストバイクという自転車に乗り始めたばかりだった。ピストバイクは、ピストと広く呼ばれていて、競輪選手やメッセンジャーが乗っている自転車として知られている。

僕は、ピストの魅力にとりつかれた。その独特の乗り味とむだのないフレームの美しさ、そしてカスタムする楽しさに。

ピストが好きすぎて、ピストジャムという芸名にしたほどだ。どれくらい好きなのかわかるだろう。

店主のゴローさんは、年下の僕が言うのはおかしいけれど、笑顔がとてもかわいい。あの笑顔を見たら、みんないっぺんに好きになるはずだ。

ゴローさんは、ピスト初心者の僕にいろんなことを教えてくれた。ちょっとした相談にもいつも乗ってくれた。

ギア比はどれくらいがおすすめだとか、ブレーキはこんな取り付けかたもあるよとか、タイヤはあのメーカーのが転がりがいいよとか。細かい調整やメンテナンスまでしてもらった。

くわえて、MIN-NANOにも自転車のパーツが売っているにもかかわらず、

「幡ヶ谷にあるブルーラグっていう自転車屋のほうが、いろんなパーツ売ってますよ」

と、ほかの店まで紹介してくれた。信頼できる人だ。

ステッカーが好きだという話をすると、レジの後ろから、袋いっぱいに入った私物のステッカーまでくれた。もはや神だ。僕はそのステッカーを、ネタで使うフリップを持ち運ぶケースにいまでも貼っている。

MIN-NANOがオープンしてから3年が経ったころ、僕は代沢方面に引っ越した。店にうかがう機会は減ったが、MIN-NANOのブログはいつも読んでいた。

ゴローさんが組んだ自転車や、セレクトした服の写真を見ているだけで気分が上がった。それだけで自分がおしゃれになった気がするのだ。

たまに、ゴローさんは最近買ったレコードや、いま聴いている音楽をブログで紹介することがある。それにも影響を受けた。

僕が元々ハードコア・パンクを好きだというのもあるのだが、4年前にMIN-NANOのブログでターンスタイルというバンドの存在を知った。僕は、このアメリカのバンドにハマった。

2018年に出た『Time & Space』、去年出た『Glow On』という二枚のアルバムは素晴らしかった。ラップやメタルだけではなく、エレクトロやソウルやサイケデリックなど多種多様なジャンルの音楽を取り込んで、グルーヴィーでキャッチーなハードコア・パンクに仕上げていた。

この人たち、自分の好きなもの、興奮するものを突き詰めてやってるんだなあ。ポップセンスがすごいなあ。そう思うと、ゴローさんの顔が浮かんだ。

ああ。ゴローさんがやってることって、こういうことなんだ。

MIN-NANOは、ゴローさんそのもの。ゴローさんのやさしさとかわいさ、そしてファッションへのこだわりがすべて詰まっている。だから、こんなに引きつけられるんだ。

MIN-NANOは、雑誌やネットのファッション記事で頻繁に取り上げられるようになった。さまざまなブランドともコラボしたり、原宿に新しく「TOXGO」という服屋をオープンさせたり、大山交差点に謎の看板を出したり。

謎の看板! この看板には、本当にやられた。

中野でお笑いライブを終え、ピストをこいでシモキタに向かって帰っていた。あとちょっとでシモキタだと思いながら、交差点で信号待ちをしていたそのとき。

ふと顔を上げると、信号の先にあるビルの看板が目に入った。2階部分の壁いっぱいにある大きな看板。

そこには、ピラミッドを背に、砂漠に立つゴローさんの姿が。

「え!?」

声を出して笑った。意味がわからない。何あれ。

ゴローさんの隣には、片ひざをついてしゃがむ、ひげの男性。なんか見たことある。たぶんブログに出てきてた人かな。

情報量が多すぎる。処理できない。

いや、違う。この看板には大事な情報が欠けている。

看板には、文字がなかった。Tシャツ姿の中年男性二人が、ピラミッドの前で映っているだけの、ただの写真だった。

「なんの看板!?」

謎すぎる。完全に意味不明。

MIN-NANOの看板ってこと? でも、店名も何も書いてないし。

わかる人にはわかる、ってこと? いやいや、これ看板やし。

看板って、その店のことを知らない人に宣伝するためのもんなんじゃないの? わかる人にはわかる看板って何?

これ、知らん人が見たら、ほんまに理解不能やって。いや、知ってる人が見ても意味わからんわ。

ほんで、なんでエジプト? 何かメッセージがあんの?

すさまじい違和感。看板は、空中に出現した異空間への入り口かのように見えた。どこでもドアの開いた扉から、あちらの世界をのぞいてしまったような。

この看板は、あるとき突然姿を消した。姿を消したというか、看板一面に「1UP」とボムされて見れなくなった。

ボムとは、スプレーで街に落書きすることを指す。僕は、また気分が上がった。

あの看板がおもしろかったし、もっと見ていたかった。が、このタイミングで1UPと出会えるなんて。

1UPとは、ベルリンを拠点に活動する世界的に有名なグラフィティクルーの名前だ。ボムは違法行為ではあるが、グラフィティというアートでもある。

実際、看板に書かれた1UPの文字は、業者に発注したのかと思うほどきれいだった。黒地に白抜きの文字。フリーハンドで、こんなにきれいに仕上げられるなんて信じられない。

グラフィティの世界では、タギングといって自分のライター名を書く文化がある。スローアップやピースと呼ばれるグラフィティ作品には、たいてい作者のタグが残されている。

しかし、1UPクルーはタグを書かない。1UPというクルー名を、みなで協力して書き上げ、個人のタグは残さないという珍しいスタイルを貫いている。

粋だ。これは、1UPが、ONE UNITED POWERの略であることからも理由は想像できる。

顔は出すけど、名前は出さない。ゴローさんの看板も、1UPクルーと一緒のことしてるやん。そう思うと、また笑えてきた。

でも、あれ本物なんだろうか。まさか大山交差点なんかに来るわけないか。

答えは、ゴローさんのブログで判明した。本物だった。

しかも、ゴローさんに許可をもらった上でボムしていたらしい。ていうか、1UPクルーと知り合いなんかああい。

それから数か月後。あのピラミッドの看板は、復活していた。さらにパワーアップして。

二人とも、冬服になっていた。ピラミッドと砂漠をバックに、冬服って。おもしろすぎるやろ。

これは、さすがに合成っぽい。看板の真下まで行って、まじまじと見る。

いや、写真合成する暇あんねんやったら、店名とか店のURLとか載せえや。これ、わざわざこのために冬服バージョン撮影したなあ。やってんなあ。

昼のエジプトで寒そうにパーカー着てんのおかしいやろ。隣のひげの人なんか、ニットキャップかぶってるやん。

ピラミッドの前でゴアテックスのジャケット着んな着んな。ファラオ怒ってくんで。

また忍者みたいに片ひざついてるやん。ほんで、結局これなんの看板なん?

「意味なんてない」

そうやろうなあ。あったら逆に怖いわ。

「大切なのは、かろやかさと行動力」

かっこよすぎるやろ。え? え?

ていうか、これ何? 俺の脳内に直接話しかけてきてんの誰!?

「ト・モ・ダ・チ……」

いや、E.T.かああい。


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

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