ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」あかん、嘘やろ、ヤバい

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
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イラスト:ピストジャム

あかん、嘘やろ、ヤバい

本多劇場に初めて行ったのは、ちょうど20年前。2002年の夏、ダイノジさんの「楽勝」という単独ライブを見学に行かせてもらったのが最初だった。

NSCを卒業したばかりで、先輩のライブを見学に行くというだけで緊張した。ヴィレッジヴァンガードの脇にある喫煙所でたばこを吸ってから行こうかと思ったが、そこは本多劇場の入り口につながる階段の下でもあったので、そこで先輩や社員と出くわしたりするのは嫌だなと思い、たばこは我慢することにした。

受付で見学に来たことを伝えると、ロビーの端で待機するように言われた。開演直前まで待ち、それから会場に入った。

客席は、映画館のようにせり上がりになっていた。最後列の客席の後ろで立ち見するように言われ、通路を上がる。結構な高低差だ。ヴィレッジヴァンガードの上って、こんな空間になってるんだ。妙な興奮をした。

舞台は、暗転のまま開演した。開演と同時に、大音量でビースティーボーイズの「Sabotage」という曲が流れた。照明がストロボになる。暗闇の中で音楽に合わせて踊るダイノジのお二人のシルエットが、バチッ、バチッとストロボが照射されるたびに浮かび上がった。めちゃくちゃかっこいい。お笑いライブでこんな演出があるんだ。驚いた。

次に本多劇場に行ったのは、その10年後。2012年の冬、ものいいの吉田サラダさんから誘っていただいて、ヨーロッパ企画という劇団の「月とスイートスポット」という演目を観劇した。

シモキタに住み始めて、劇場に足を運ぶ機会が圧倒的に増えた。当時、本多劇場を運営する本多グループの劇場だけで五つの劇場があった。現在は、さらに増えて八つも劇場がある。

知り合いの役者の芝居を観に行くだけではなく、居酒屋で気になるチラシを見つけては、映画館に行く感覚でふらっと観に行ったりもした。これはシモキタに住んでいるからこそできる遊びかただなと思ったが、演劇のチケットは安くない。4000円から5000円はする。そうすると、結局貧乏なので、だいたいの感想が

「まあまあおもしろかったけど、ちょっとチケット代高すぎるな」

に落ち着く。生の芝居を観ることは特別な体験だし、芸人としても勉強になるのだが、このレベルのおもしろさなら半額で観られる映画のほうがいいな、と思うことが正直ほとんどだった。

ヨーロッパ企画は、コメディにこだわった演劇を上演していた。主宰の上田誠さんのことも知っていた。バッファロー吾郎さんがプロデュースする「ダイナマイト関西」という大喜利イベントに出場されていたからだ。同じ京都出身ということで親近感はあった。しかし、憧れのイベントに芸人でもないのに出ていることがうらやましくもあり、悔しかった。バッファロー吾郎さんにオファーされて出ているだけなのはわかっている。でも、僕は

「絶対俺のほうがおもろい。負けへんで」

と勝手に対抗心を燃やした。

そんな思いを持っていたので、吉田さんが誘ってくれたときには二つ返事だった。ヨーロッパ企画の公演はぜひ観てみたい。どんなもん観せてくれんねん。おもろいんやろうな。自分芸人ですけど、ちゃんと笑せてくれるんですよねえ。

ひどい客だ。先輩におごってもらっている分際で。何をえらそうに言ってんねん。自分なら、こんな客は絶対に嫌だ。お金返すから帰ってくれと思う。

席に着き、吉田さんに

「ヨーロッパ企画って、おもろいんすか?」

と尋ねる。吉田さんは

「俺は好きやで」

と答える。

ふーん。吉田さんには認められてるかもしれんけど、俺はそんな甘くないからな。結構いろんな芝居観てるで。まだ言ってる。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

照明が絞られ、会場のBGMが大きくなる。開演を知らせるブザーが鳴り響く。さあ、お手並拝見といくか。

開始5分。はいはい、こんな感じね。

開始10分。わかるわかる、そういうパターンね。

開始15分。ん? ちょっと待って。

開始20分。ん? ん? 

開始25分。あかん。

開始30分。嘘やろ。

開始35分。ヤバい。

開始40分。あかん、嘘やろ、ヤバい。

開始45分。おもろ。

開始50分。役者の人たちの演技力エグいねんけど。

開始55分。どうやったらこんな脚本書けんの!?

開始60分。なんでこんなおもろいの?

開始65分。ギャハハハ。

開始70分。おもろすぎる。

開始75分。ギャッハッハッハッ

開始80分。天才やねんけど。

開始85分。死ぬ。

開始90分。おもろすぎて死ぬ。

開始95分。もっと観たい! まだ終わらんといて!

開始100分。終演。誰よりもでかい拍手。

「吉田さん、マジでヤバかったです。死ぬほどおもろかったです。びびりました」

「おもろかったな。何本かDVD持ってるし貸したろか?」

「ありがとうございます! ぜひお願いします!」

興奮冷めやらず、その日の夜、高校ズの秋月に

「ヤバい舞台観た。ヨーロッパ企画、めちゃくちゃおもろい。マジでおもろいから、興味あったら一緒に観に行こう」

と電話した。

翌日、僕は秋月を引き連れて再び本多劇場に向かった。秋月のぶんも含めて、当日券5000円を2枚購入したが、高いとはまったく思わなかった。

観劇後、ファーストキッチンで熱く感想を語り合った。

「2回目やったけど、昨日より笑ったわ」

「あのとぼけた演技すごいですね」

「境目のくだりとか最高やったな」

「あんな脚本、どうやって書くんですかね」

「最後、まさかあんなとこから出てくるなんてな」

「となりに座ってた女の子、ひとりで来てましたね」

「それ関係ないやん」

「僕、ああいう子好きですね」

「……いや、関係あるか。女の子に『ひとりでも行く』って思わせてるってすごいことやんな。『ひとりだしやめとこう』ってならへんわけやん。それって、ちゃんとファンを捕まえてるってことやもんな」

「そうですね、2回行く人もいますしね」

「それ俺な。明日も行ったろかな」

それから僕は、ヨーロッパ企画に大ハマりした。「サマータイムマシンブルース2003」「Windows5000」「冬のユリゲラー」を立て続けにDVDで観た。それだけでは飽き足らず、映画化された「サマータイムマシンブルース」「曲がれ! スプーン」も。いまなんて、ヨーロッパ企画のホームページから公演されたDVDとBlu-Rayを買い集めるようになり、第30回公演「ロベルトの操縦」から第39回公演「ギョエー! 旧校舎の77不思議」までの10作品が部屋の本棚に並んでいる状態だ。

役者のかたの顔を覚えると、結構シモキタで遭遇することにびっくりした。なかでも、本多力さんと石田剛太さんはとりわけよく見かけた。調べると、ヨーロッパ企画はシモキタに「下北ハウス」と呼ばれる事務所を構えているようだった。だからこんなにも会うんだ、と納得したのと同時に、さすがヨーロッパ企画、よくぞシモキタを選んでくれた、とうれしくなった。

そののちも、ジョージアのCMに諏訪雅さんが出ているのを見つけて

「おお! 諏訪さんや」

とテンションが上がったり、テレビ東京でおぎやはぎさんとかもめんたるさんとヨーロッパ企画のコント番組「雨天中止ナイン」が放送されたときには欠かさず全部観たし、その年の夏には「ビルのゲーツ」という公演をまた本多劇場に観に行った。そのときの前売りチケット4500円は、安いとすら思った。

そして2017年、上田誠さんは「来てけつかるべき新世界」で岸田國士戯曲賞を受賞した。演劇界の芥川賞とも言われる劇作家の登竜門。受賞の報を知ったときは、やっぱりおもしろい人は評価されるんだと感嘆した。

翌年、シモキタの小さな映画館「トリウッド」で開かれた「ヨーロッパ企画と下北沢映画祭のトリウッド大作戦2018」では、上映後にヨーロッパ企画の面々によるトークショーもあった。目の前で繰り広げられるトークショー。

トークやったら負けへんで。お前、まだそんなこと言ってんのんか。いつになったらあきらめんねん。


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

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