ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」半身の男たち

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

半身の男たち

「あのお、小野照崎神社って知ってます?」

「知ってる、知ってる」

「あの寅さんの」

「そうです、そうです」

「あ、聞いたことある」

「俺は行ったことある」

「わかんないです」

「僕、この前そこ行ってきたんですよ」

「へええ」

「そうなんだ」

「お客さんは知らない人いるかもしんないですけど、小野照崎神社って、『男はつらいよ』で寅さんやってた渥美清さんが、全然役者の仕事がなくて食べれないときに、そこで『大好きなたばこをやめるから、仕事ください』って誓いを立てて、きっぱりたばこをやめたら、そのあと寅さん役が決まったっていう話があるんすよ」

「えええ」

「すごい話」

「俺も先輩の山本吉貴さんに連れて行ってもらったことあんねんけど、山本さんもそこで『たばこやめるから仕事ください』ってお願いして、そこから完全にたばこやめはってん。そしたら、そのあとラジオの仕事が決まったって聞いて、びっくりしたわ」

「ええええ」

「本当に効果あるんですね」

「効果って」

「ご利益だろ」

「ちなみに、俺はたばこやめる自信なかったからお願いしいひんかったけど」

「しろよ」

「いや、たばこやめんのは無理無理」

「で、青柳は行ってどうしたん?」

「いや、だから僕も、『たばこやめるから仕事ください』って言おうと思ったんですけど、いまアイコスってあるじゃないですか?」

「うん」

「電子たばこね」

「だから、神様に『紙たばこはやめるから仕事ください』って言おうと思って」

「はあ?」

「どういうこと?」

「だから、神様に『僕は、今日から紙たばこをやめます。ただ、神様は知らないかもしれないですけど、いまこの世にはアイコスという商品があって、それは、たばこの葉っぱを熱で温めて、ニコチンを摂取するっていう機械タイプのもので、これを吸ったら煙みたいなものが出るんですけど、それは煙じゃなくて水蒸気で、タールとかも含まれてなくて、いままでのたばことは全然違うんです。だから、僕は紙たばこをやめて、これからはそれを吸おうと思ってます。紙たばこは、もうやめます。だから、仕事ください』って、お願いしてきました」

「なんやねんそれ」

「神様にアイコスの説明すんな」

「神様は知らないかもしれないですけど、って失礼やわ」

「逆に罰あたるぞ」

「青柳はやっぱ最高だわ」

「笑わないでくださいよ! こっちは真剣なんですよ!」

「お笑いライブやのに、なんで笑ったらあかんねん!」

会場が笑い声で包まれる。シモキタの、ある一軒家の1階部分を改築した小さなギャラリーHIBOU HIBOU(イブイブ)。ステージなんかない。窓もない。扉が一つあるだけ。ただの何もない部屋。そこに、ちっちゃな丸椅子を20脚並べただけの即席のライブハウス。そこで、僕らは毎月トークライブをしていた。名前は「シモキタ芸ナイト」。

シモキタに住んでいたり、シモキタでバイトしていたり、シモキタ好きな芸人が集まって話すトークライブ。立ち上げのメンバーは、僕、オリオンリーグ剛くん、ハネムーンベイビー平岡、ギチ青柳、水面横山、コットン西村の6人。西村が抜けたあとは、ダイヤモンド小野がメンバーにくわわった。スタッフは工藤くん。

工藤くんは、芸人でも構成作家でもない。僕のピザハットのバイト仲間だ。

ライブをするにあたって、出囃子とサゲ囃子はあったほうがいいよなという話になり、工藤くんにライブの最初と最後に曲をかけてもらえないか、とお願いした。彼はノーギャラにもかかわらず、こころよく引き受けてくれた。音響の設備はないので、工藤くんには会場の一番後ろの席に座ってもらい、ミニスピーカーにスマホをつなげて曲をかけてもらった。

こんなに手づくり感のあるライブは初めてだった。会場入りしたら、芸人みんなで椅子を並べ、椅子の上にボールペンとアンケート用紙を順に置いてまわった。あと、毎回チラシも自分たちでつくった。さまざまなシモキタの名物スポットに全員で集まり、写真を撮影した。カメラマンは工藤くん。

このライブは、客との距離が本当に近かった。心の距離のことを言っているわけではない。芸人と客の、純粋な距離のことだ。

僕らは開演時間になると、リングに乱入するプロレスラーのように客席をかきわけて奥の壁まで行き、壁の前に一列で並んだ。並んだと言っても、男6人がそのまま並べる幅はなかったので、昭和のコーラスグループが歌を歌うときのように、半身の体勢で並んだ。目の前に座る客との距離は50cmあるかないか。ひざを突き合わせて、とはよく言ったものだ。ちょっと大袈裟に動くと体があたってしまう距離。最前列の客は近すぎて気まずいのか、みな芸人の足もとを見つめていた。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

客もぎっちぎっち。満席の電車のシートのよう。となりの人と、体が触れるか触れないかのぎりぎりの距離で座っている。

はたからこの光景を見たら、いったいなんの集まりなのかと思うだろう。夜、一軒家の一室で開かれている謎の集会。時代が時代なら、農民一揆の寄合だ。

さっきの小野照崎神社の話は、青柳の話だ。彼のトークはいつもおもしろかった。オチのない話でも、彼が話すとなぜか笑えた。僕だけではなく、客も彼のキャラクターと話術にハマっていて、シモキタ芸ナイトは彼を中心にまわっていた。

ライブは、2013年の末からHIBOU HIBOUが閉館する2016年の秋まで、約3年間続いた。HIBOU HIBOUのおかげで、僕は芸人として大きく成長することができた。

キャパが20人のライブなんて、やる意味がないという人もいるかもしれない。ビジネスという面で言えば、そのとおりだろう。僕も、人前に立つ仕事なので、できるだけ多くの人に見てもらいたいという気持ちはつねにある。でも、たとえ客の人数が少なかろうが、自分がやる仕事は変わらない。目の前にいる人たちを笑わせるために全力を尽くす。それだけ。むしろ、人数が少ないぶん笑っている人と笑っていない人がよくわかるので、HIBOU HIBOUでのライブは気合が入った。この体験ができたことは、芸人として価値のあるものだったし、幸せなことだった。

HIBOU HIBOUは、COWCOW善しさんの持ちものだった。善しさんから

「ライブやったら?」

と声をかけてもらえたから、シモキタ芸ナイトを立ち上げることができた。さらに僕は、HIBOU HIBOUで単独ライブを二度やらせてもらった。

単独ライブでは10本ほどコントをした。しかし、先に書いたとおりHIBOU HIBOUは扉が一つだけのただの部屋なので、ネタが終わるたびに客席をかきわけて退場し、外の道路で次のネタの衣装に着替えなければならなかった。

ライブより、その光景を見ているほうが笑えたかもしれない。道路でパンツ一丁になって銀色の全身タイツに着替えたり、特攻服を着た暴走族になったり、ヅラをかぶって女装したり、必勝と書かれたはちまきを巻いてサッカー日本代表のユニフォームを着たり、『パイレーツ・オブ・カリビアン』みたいな海賊になったり、学ランを着た受験生になったり、お坊さんになったり。吉本の社員もスタッフも誰もいないから、ひとりで道路で着替えていた。

5分おきくらいに部屋から飛び出して来ては、大あわてで変な格好に着替えて、また部屋に戻って行く謎の男。怪しすぎる。

R-1ぐらんぷりの前には、HIBOU HIBOUで個人的に善しさんにネタを見てもらったりもした。いろんなバンドマンのかたを紹介してくれたり、番組リポーターや音楽ライブのMCをやらせてもらったり、貴重な経験をたくさんさせていただいた。

元相方のこがけんが、おいでやすこがとしてM-1グランプリで準優勝をはたしたあとには、善しさんは僕を飲みに誘ってくれて

「腐るなよ」

と声をかけてくれた。僕のような箸にも棒にもかからない売れていない芸人のことを気にかけてくれるなんて。ありがたい。

HIBOU HIBOUの上の階には、芸人が二人住んでいた。そのうちのひとりが、剛くんだった。

自分が住む部屋の下で、ライブが開かれるなんて。階段を勢いよくおりてくれば、10秒で会場に到着する環境。自分の部屋が、楽屋状態。うらやましいなと思う反面、ライブに来ていた客は、全員が剛くんは上の階に住んでいることを知っていたので、それはそれで嫌だなとも思った。

小野は、僕がシモキタ芸ナイトのメンバーに強く推薦した。彼を初めて見たのは、シモキタの空間リバティという劇場だった。その日はK-PRO主催のライブがやっていて、僕は客としてライブを見に行っていた。

20組近い出演者が出ていたのだが、アルドルフというコンビのネタが一番おもしろかった。帰宅後、調べると吉本所属の芸人だとわかった。彼らは大阪NSC出身で、奈良県住みます芸人を経て、活動拠点を東京に移したということだった。そのアルドルフが、当時小野が組んでいたコンビだった。

一週間後、渋谷の∞ホールの楽屋でEverybodyタクトOK!!と話していたら、小野がそこに来た。タクトOK!!は、以前シモキタ芸ナイトにゲストで出演してもらったこともあり、小野とも同期だったので、小野を紹介してくれた。

小野に、

「この前、空間リバティでネタ見たけど、めっちゃおもしろかったわ」

と伝えると

「あ、ありがとうございます。え? 出てました?」

と言われた。

「いや、客として見に行ってて」

と答えると、ちゃんと引いているのがわかった。

そりゃそうだろう。芸人がチケットを買って、お笑いライブを見に行くなんてあまり聞かない。売れている人のライブならまだしも、若手芸人のネタライブだ。それは驚かれても仕方がない。しかも、初対面でその話をしたんだから、結構なインパクトだったと思う。気持ち悪かっただろう。

小野とは、それから頻繁にシモキタで飲むようになった。コンビでシモキタ芸ナイトのゲストにも出演してもらい、その翌々月から小野はレギュラーメンバーとして出演してもらうことになった。

シモキタ芸ナイトの打ち上げは、いつも楽しかった。回収したアンケートに目をとおしながら、

「こんなこと書かれてるやん」

とか

「全然俺のこと書かれてないやん」

とか、みな一喜一憂しながら、わいわい酒を飲んだ。そして、それが落ち着くと今度は、

「それをライブで話せよ」

という笑い話が朝まで飛び交った。

打ち上げは、いろんな場所でやった。善しさんが経営していたHOU HOU(フーフー)というカフェバー、中華料理の老舗の新雪園、レストランバーのes、DUKE CAPO。あと、もつや長光(ながみつ)。

長光も善しさんから紹介してもらった店だ。アットホームな雰囲気で、たまに小学生の娘さんと息子さんがけなげに店の手伝いをしていてかわいらしかった。

大将のだいちゃんがつくるもつ鍋は絶品で、僕はそのもつ鍋のファンになった。ほかの高級なもつ鍋屋に行く機会があっても、やっぱり長光のほうがうまいなと思うほど、長光のもつ鍋が好きになった。後輩をごはんに連れて行くときに

「どこ行きたい?」

と訊くと、

「あのもつ鍋屋ですね」

と断トツでリクエストが一番多かったのも長光だった。

先日、久しぶりに長光を訪れると、娘さんは来春高校卒業だと聞いて驚いた。ときが流れるのは本当に速い。年齢を重ねると、一年が経つスピードが年々速くなると聞いていたが、あれは嘘じゃなかったんだ。まだ35歳くらいのつもりでいたら、僕も気づけば今年で44歳。完全なおじさんになっていた。

シモキタ芸ナイトの立ち上げメンバーの平岡と横山は、いつの間にか芸人をやめてしまっていた。剛くんは結婚して子供もでき、現在は東京を離れて、地元の沖縄で相方の玉代勢さんとオリオンリーグとして活動している。小野のコンビ、ダイヤモンドは昨年の日本テレビの正月特番『おもしろ荘』でみごと優勝した。青柳は吉本を退社したのち、YouTubeで「アットホームチャンネル」というチャンネルを開設し、登録者数10万人を超えるYouTuberに転身した。

僕も負けていられない。絶対に売れる。

そろそろ本気出すか。とりあえず、まずは小野照崎神社に行って

「紙たばこはやめるんで、仕事ください」

と、お願いしに行くとしよう。


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

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