大阪の夏をひときわ盛り上げるものといえば、河内音頭と盆踊り。伝統河内音頭継承者・河内家菊水丸は、夏になれば各地の櫓(やぐら)に引っ張りだこのスーパースターです。過去2年はコロナ禍で多くの祭りが中止となり、長い“冬眠生活”を余儀なくされましたが、今年は3年ぶりとなるツアーを敢行中。今回は、河内音頭生活45周年という節目の年を迎え、ますます勢いに乗る菊水丸を直撃し、冬眠中のエピソードからツアーの手ごたえ、河内音頭の魅力まで、たっぷりと語ってもらいました。
芸に対する1日1日は充実していた
──コロナ禍を経て、3年ぶりの河内音頭ツアーをスタートされましたね。
長い長いステイホーム期間でしたからね。やっぱり夏場には盆踊りの櫓の上に立って、河内音頭を歌いまくってあちらこちらを走りまわるというのが自分の本分ですが、その“ホームグラウンド”に立つ機会がほぼなかったという……。(名古屋の)御園座へ出たりとかもありましたし、活動ゼロではなかったんですけれども、比重を置いてるのはやっぱり6月から9月まで働いて、あとは冬眠生活を楽しむというスタンス。ところが新型コロナウイルス感染拡大があって、活動できなくなってしまった。
──昨年、一昨年の夏は、どのように過ごしていたんでしょうか?
住んでいるところが京都の田舎なのですが、やっぱり時間があり余って。僕はコレクターでもあって、河内音頭のネタになりそうな資料などを20代のころから全国の古本屋さんなどを回ってコレクションしていたから、そういうものを読んだりしてました。
あと、河内音頭の源流は浪曲なんですが、その浪曲のレコードも1000枚とか1500枚とか、ずっと買い求めてたんですよね。でも、平和な日常のころは、好きなものしか聴かなかった。だから、この機会にとにかくレコードをぜんぶ聴こうと。1日最低3~5枚と聴いていって、ブログに毎日記録をつけてました。
いままで「この人は自分が目指す方向性と違う。別にヒントにもならんし……」と思っていた人のレコードを聴いてみると、もちろん方向性は違うけど、その違う方向のお客さんに向けて、ちゃんとした作品に仕上がってる。「なるほど、こういうやり方もあるのか」と、いままで気づかなかったことに気づかせてもらった、好き嫌いをなくしたというのが、2年のステイホームで学んだことですね。芸に対する1日1日は、充実はしてたんでしょうね。読みたい本はほぼ読みましたし、聴きたいもんも聴きましたし、研究に没頭する生活は送れてるなと思ってました。
2年間使わなかったらキレイなのどに!?
──その一方で、やはり「櫓に上がって歌いたい」という気持ちはどんどん強くなったのでは?
おっしゃる通りですね。やっぱり8つ、9つのころから“少年河内音頭取り”として盆踊りの櫓に上がってますから、8月15日のお盆といえばまず盆踊り、書き入れどきですよ。物心つくようになってから、お盆に家にいるということがなかったんです。だから8月15日の夕方、家にいると「そろそろ出かける時間?」みたいな。窓を開けて生暖かい空気がバーっと吹き込んできたら「大丈夫かな?」と、ちょっと不安になるんですよね。仕事がないから不安というんじゃなくて、「ちょっと違うな」というかね。不思議な非日常の連続でした。
──吉本の芸人さんや関係者とは連絡を取り合っていましたか?
特に(コロナ禍の)最初の年なんかは、西川きよし師匠から電話いただいたりとか、(大平)サブロー兄さんから電話いただいたりとか、そういうのはありましたね。でも、2年目になると皆さん気を遣って、もうかけてこないんですよ(笑)。かわいそうやと思ったんでしょうね。
盆踊りがないなんて、河内音頭史上初めてですしね。今年に入ってからも、オミクロンの襲来があって「3年連続のステイホームか」と覚悟は決めました。でも、その後、もう(緊急事態)宣言は出さないとか、そういう声が聞こえてきたんで、これはできるかなと。そんなふうに思い始めたのが4月、けっこうギリギリでした。
──もちろん歌のトレーニングは、ずっと続けていたんですよね。
家で声を出しても、やっぱりお客さんの前で出す熱量とは違うと思うんですよ。だから、研究に時間を費やして、のどの鍛錬というのはあんまりしなかった。別にやる気がないっていうんじゃなくて(笑)、いろんなものを吸収するほうに自然と比重を置いたんですね。
コロナ前から耳鼻咽喉科にのどのメンテナンスに行くと、必ず言われるのが「腫れてる」。つまり、使いすぎですよね。ところが、この6月に診てもらったら「非常にキレイなのどになってます」。ということは、2年間ほとんど使えへんかったからキレイになったんやなと(笑)。やっぱり休まさなアカンかったんですね。
まあ、盆踊りで2時間半歌いっぱなしが2日間連続とか、そういうことを当たり前のようにやってましたから……。10年前に甲状腺の手術をして、かなりのどに負担もありましたし、ちょっと休めたのはよかったのかもしれません。
──のど以外の、体力面も万全ですか?
いやあ、ステイホーム中は、ほとんど家の中で座ってましたからね(笑)。ふだんから、あんまり運動もしませんし。だから今年、(河内音頭ツアーを)再開してから、家に帰って風呂入ったときにね、よく子どものころに銭湯で見かけた「ああーっ」って何ともいえん声出しながらお湯につかるおじいちゃん、ああいう反応が出てしまいます(笑)。やっぱり全身に力が入ってるんでしょうね。風呂がしみるというか、いまは帰って風呂につかるのが楽しみになってます。
──行く先々で、復活を喜ばれているんじゃないですか。
「3年ぶりだね」というのが合言葉のようになってます。自分のなかでは、もう今年の流行語になってるぐらい(笑)。もちろん「懐かしい」とか「元気でよかった」とか、いろいろ言っていただきます。まだ3割、4割しか戻っていませんけれども、ゼロからの再出発ですからね。
ほかの民謡との違いは「すべてアドリブ」
──菊水丸さんにとって、河内音頭の魅力とはズバリなんでしょうか。
指揮者じゃないですけれども、自分の音頭で100人、1000人、大きいところでは1万人の人が踊ってくれる。2時間半連続というと、こっちも大変ですけど、踊るほうも大変。お義理では2時間半も踊ってもらえませんしね(笑)。だからこそ、自分の音頭で皆さんが一斉に同じ身振り手振りで踊っていただける、これがもう何物にも代えがたい快感というかね。ありがたいなと思います。
──全国にはいろんな音頭、民謡がありますが、河内音頭だけの独特な持ち味・魅力もあると思います。
全国にはいろいろな民謡がありますけど、だいたいはいわゆる歌謡曲やJ-POPと同じ作りなんです。1番2番3番とか繰り返しがあって、決まったメロディー、決まった歌詞というのが9割ぐらいでしょうか。でも、河内音頭はすべてアドリブ。お囃子の言葉は決まってますが、節を自分なりに組み合わせていきますから。
歌詞の部分はもちろん古典的なものもやりますけれど、“新聞(しんもん)詠み”(世間を賑わすニュースをテーマに歌う)をやってた時代は世相風刺を入れたり……それが、ほかの民謡との違いでしょうね。やっぱり大阪の民謡やから、そばに歌舞伎があり、講談があり、落語があり、漫才がある。ストーリーものはだいたい歌舞伎とか浪曲から来てるものが多いし、漫才のアドリブを見たりとか、そういうほかの芸能からの影響も大きいと思います。
──すべてアドリブというと、フリースタイルのラップにも近いような……。
そう、和製ラップと称されることもあるんですよ。もっと近いものが「づくしもの」と言いましてね。ラップって韻を踏むでしょ。河内音頭でもそういう韻を踏むものがあって、たとえば「かいかいづくし」という昔からあるマクラなんかはね、やれかい、それかい、めんどうかい、小ちゃな貝ならしじみの貝、大きな貝ならホラ貝かい、京都へ行こうかい、衹園へ行こうかい……と、ぜんぶ「かい」でしめくくる。完全にラップですよね。
ラップやってる人が北御堂や四天王寺の盆踊りに来て、「あれいいですね」って言われることがままあるんですけど、「少なくとも明治のころからあるのは間違いない」って言うと驚かれます。
題材でいうと、僕は20代のときに、レゲエ河内音頭というのを作ったんですよ。レゲエのリズムは河内音頭とよく似ていて。コード進行なんかも1コードでいけるでしょ。河内音頭も1コードでいこうと思ったらいけるんで、共通項があるんですね。ロックでもやったし、いろんな音楽アレンジでやりましたけど、やっぱりレゲエがいちばん近い。『ボブ・マーリー物語』というのを20歳のときに作ってやりました。そのころバンド活動もやってましたから、太鼓をドラムに替えて、オールナイトフェスでレゲエ河内音頭をやってましたよ。
大阪・中之島でレゲエ河内音頭
──これから河内音頭をさらに広めていくために、どのような取り組みをしていきますか?
もちろん広めていかなきゃいけないんですけれども、全国的に見ると、山形に行けば花笠音頭もあるし、四国に行けば阿波踊りがある。土地土地に民謡というものがありますから、やっぱり大阪や近隣の近畿圏で、『Cheeky’s Cast(チーキーズキャスト)』(BSよしもとの地域情報番組)じゃないですけど(笑)、地域にこだわる芸能なんじゃないかなと思うんですよ。ただ、2025年の万博は大阪で開催するわけですから、もちろん他の民謡の皆さんも来られるでしょうけれども、やっぱり胴を取るのは河内音頭でないといけないという気概を持って。いまはそんな思いですね。
──若い世代の皆さんにも、もっともっと聴いて踊ってもらいたいですね。
僕のYouTubeチャンネルに、さっき話した『ボブ・マーリー物語』が上がってますんで。あれをぜひ見ていただいて、盆踊りの楽しさというか、「こういう河内音頭もあるんだ」というのを知っていただきたいなと思います。8月29日(月)の「中之島なつまつり」では、昔のメンバーと同窓会みたいな感じでレゲエ河内音頭をやってるので、ぜひ聴きに来てください。
公演概要
『河内家菊水丸 2022年夏の河内音頭ツアー』
【令和四年 四天王寺盆踊り大会】
日程:8月11日(木・祝)、12日(金)18:30~20:00
場所:四天王寺 亀の池・重要文化財 石舞台(大阪市天王寺区四天王寺1-11-18)
問い合せ:河内家菊水丸公式ブログホームページで
【第70回女性フェスティバル・第60回消費者大会 合同周年式典】
日程:8月17日(水)13:30~
場所:八尾市文化会館プリズムホール(大阪府八尾市光町2-40)
問い合せ:河内家菊水丸公式ブログホームページで
【夏季先祖感謝供養祈願祭】
日程:8月21日(日)15:00~16:00
場所:龍神総宮社(京都府宇治市五ヶ庄広岡谷2-332)
※櫓(やぐら)を囲んだ総踊り
問い合せ:河内家菊水丸公式ブログホームページで
【中之島なつまつり】
日程:8月29日(月)
場所:大阪府国際会議場グランキューブ(大阪市北区中之島5-3-51)
問い合せ:河内家菊水丸公式ブログホームページで
※詳細近日発表
河内家菊水丸の公式ブログホームページはこちらから。