盛夏の恒例行事となった『吉例88桂文珍独演会』。40回目を迎えた今年は、“吉本興業110周年感謝祭”と銘打って、8月8日(月)に大阪・なんばグランド花月(NGK)で行われました。過去には、文珍の師匠である五代目桂文枝をはじめ、桂米朝や三代目桂春団治、夢路いとし・喜味こいし、ケーシー高峰ら錚々たる顔ぶれがゲスト出演。この日のゲストは、東京から桂宮治が駆けつけ、さらに女道楽師の内海英華も登場し、文珍も新作落語と古典落語をたっぷり披露しました。
新作落語は「デジタル難民」がテーマ
前座を務めたのは文珍の弟子、桂楽珍。通常、前座は文珍一門でも入門5年以内、年齢も25歳以下の人が務めるところですが、この日は40回目の記念の独演会ということもあって、文珍から「大事なお客さまを前にしてペーペーの若手を出すわけにはいかない。楽珍、行ってこい」と言われたそう。楽珍は「今年還暦を迎えた、入門41年目の楽珍が任されました!」と笑いを誘います。
楽珍が入門してすぐに始まった「桂文珍独演会」。当時の楽珍は、鹿児島・徳之島から出てきて間もなく、慣れない大阪でハプニングだらけだったそうで、そのエピソードでも沸かせます。そして、おちゃめなおかみさんと貫禄ある関取という夫婦のキャラクターがおもしろい「半分垢」を口演しました。
客席が暖まったところで、一礼して舞台へ現れた文珍ですが、なぜか鼻にティッシュを詰めています。「CO2を半減させようと……」と、さっそくギャグで挨拶。そして「今日は感謝の気持ちを込めて、大入り袋を会場の皆さんにお渡しました」と話すと、大きな拍手が沸き起こりました。
独演会が始まった1980年代を振り返る文珍。ドラマ「おしん」の大ブームや、レーガン元アメリカ大統領と中曽根康弘元首相の「ロン・ヤス会談」。ファミコンも登場し、「その5年後にはゲームソフト『さんまの名探偵』が出まして、ゲーム内でいきなり私が殺されました」と客席の笑いを誘います。
スピーディーに時代は流れ、携帯電話もガラケーからスマートフォン、タブレットへと進化。「高齢化が進む一方でDX、デジタル化が進んでいる」と語り、流れるように新作落語「デジナン」へ。携帯電話ショップでの高齢者と店員のやり取りを導入にして、続けてカスタマーサポートセンターのスタッフとの掛け合いが始まります。高齢者にありがちな受け答えと突飛な解釈がおかしく、客席にどっという笑い声が何度も沸きます。噺の流れで文珍がタップダンスや有名なミュージカル映画の1シーンを披露する場面もあり、NGKは万雷の拍手に包まれました。
ゲストの熱演で客席も大盛り上がり
中トリに登場したのは、文珍が「これからを非常に嘱望されている後輩」と期待を寄せるゲストの桂宮治です。宮治は軽快に舞台袖から飛び出し、深々と一礼。「どこの誰だかわからないような人間に盛大な拍手をありがとうございます」と笑顔を見せつつ、「NGKは初めてで、客席にも来たことがないので、早く帰りたい。あんな爆笑の後に出されるなんてパワハラですよ!」とまくしたてます。そして、俳優のモノマネなどを披露しながらしながら、「お芝居は、なんかやりたくなっちゃいますね」と言って古典落語の「四段目」を。
仕事をさぼるほど芝居好きな小僧の定吉。浅知恵を絞って言い訳を並べる定吉と、大店の旦那とのやり取りに客席は沸きます。定吉が閉じ込められた蔵の中で「忠臣蔵」の場面を小声で再現するシーンでは会場はしんと静まり返り、クライマックスでは大きな拍手が起きました。
中入りの後、幕が開くと“めくり”には「内海英華」の名が。本番まで名前が伏せられていたことから、客席から「おお~」という声が上がります。内海は、女道楽に端唄、都都逸を次々の披露し、NGKはいつもの寄席と異なる色香ある華やかな雰囲気に染まりました。
「噺下手、笑い上手に助けられた40年」
最後は、25年ぶりという文珍の「らくだ」です。黒の羽織と着物で登場した文珍はマクラもなく、深々と頭を下げたのちすぐに本題へ。ぽっくり死んだ、“らくだ”という渾名(あだな)を持つ兄貴分の葬式を出してやりたいと思う熊五郎と、その時、たまたま家の前を通りかかって思惑に巻き込思いまれてしまった紙屑屋を中心としたドタバタ劇で、古典落語の大ネタ。
ならず者の熊五郎を前にして気の弱さが出てしまう紙屑屋ですが、ボケたりツッコんだり、余計な一言やダジャレを言ってみたりする一面も持っています。さりげないギャグが多く盛り込まれているのも文珍らしい演出。家主の屋敷で「死人のかんかん踊り」をする場面では、「デジナン」同様、文珍が踊りを披露します。じつは酒癖の悪い紙屑屋が酒を飲みはじめると徐々に熊五郎との立場が逆転していくさまも見事に描き、客席を惹きつけました。
「らくだ」を終えた文珍はこう挨拶して、独演会はお開きとなりました。
「今日はまったく違う色の話を2つやってみようかなということで、『デジナン』と『らくだ』を。『デジナン』はデジタル難民をテーマにしたあるあるネタで、今っぽいかなと。ゲストの宮治さんは東京からいらっしゃいました。あんな元気のある若手が上方にも出てきてほしいと思っています。あと何年やれるかわかりませんが、健康に気を付けながら一生懸命、頑張りたいと思います。噺下手、笑い上手に助けられ、40年、本当にありがとうございました」