“脱・東京芸人”ソラシド本坊が語る山形での“転機”「最初は自分のことしか考えていなかったけど…」

荒んだ生活をしていた東京から2018年に移住し、山形県の住みます芸人になったお笑いコンビ・ソラシド(本坊元児、水口靖一郎)。コロナ禍に見舞われながらも、現地での仕事も徐々に増え、いまや日々、忙しくしているとのこと。今回は、そんなソラシドの本坊に話を聞きに行きました。聞き手は、放送作家の遠藤敬氏。4月に出版した『脱・東京芸人~都会を捨てて見えてきたもの』(大和書房)も好評を博し、芸人仲間から「優しい顔になった!」と言われているという本坊が、自身の“変化”を赤裸々に語るうちに話は“お悩み相談”になり……!?

出典: FANY マガジン
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ソラシドを組みなおす

「住みます芸人の話がきたときに、もういっぺんソラシドを組みなおすか、と思ったんですよ」

山形県西川町の畑付き古民家――住みます芸人になって知り合った地元の人から「月100円」の家賃で借りて住んでいるというこの家で、本坊は、これまでの経緯や思いを話し始めました。

ソラシドは、2001年結成の中堅コンビです。同期は麒麟やアジアン(2021年6月解散)などで、芸人仲間からの評価が高い“いぶし銀”の存在として知られています。

大阪で10年、東京で8年活動したのち、「住みます芸人」として山形県に移住したのが2018年10月、本坊が39歳のときのことです。東京では、生活のために建設現場のバイトに追われた過酷な日々をつづった著書『プロレタリア芸人』(2015年、扶桑社)で注目された本坊ですが、「とにかくバイト生活から脱したいという一心だった」と言います。

縁もゆかりもない山形の地で奮闘するなかで、大きな転機となったのは「新型コロナ」でした。コロナ禍が始まったころの2020年3月、本坊は古民家で暮らしながら、独学で始めた農作業の悪戦苦闘の様子をYouTubeで配信し始め、全国的に注目されるようになったのです。

出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」
出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」

2021年1月に人気番組『しゃべくり007』や『人生が変わる1分間の深イイ話』(いずれも日本テレビ)に立て続けに出演して話題になると、今年4月には新著『脱・東京芸人~都会を捨てて見えてきたもの』を上梓しました。

いままさに波に乗っている本坊に、コンビの今後を聞くと意外な答えが返ってきました。

「(山形に)来たときは正直、コンビの仲は良くありませんでした。やっぱり、仕事がうまくいっていないのに仲いいというのは、もうないですから。長く一緒にいる相方ですから水口に対してはいろいろありますし、仕事があるから仲良しこよしというわけにもいきません……でも、僕としては、いまがコンビとしていちばん最高やと思っているんです」

コンビはいまがいちばんいい状態――そう語る本坊は、山形の生活で大きな“心の変化”を迎えていました。

東京からの逃げ道が山形だった

住みます芸人になった経緯から話します。
東京にいたとき、ぜんぜん仕事がなかったんです。8年くらい頑張ったんですけど、仕事は月に1本とかで、稼ぎは月2万円とかですよ。ほとんどずっと工事現場で働いていて、「これ東京におる意味あるか?」という感じでした。ツラくて、どうやったらこの生活から抜けられるんかなと考えていました。

出典: FANY マガジン
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そうやって工事現場の仕事をしていたときに、先輩芸人である元ナメリカの安住(道典)さんが、「大工の組を作ったんだけど、一緒にやらへんか」と誘ってくれました。そこで働かせてもらうようになると、次第に忙しくなっていき、その大工仕事で月に40万円もらうこともありました。

それでも、「やったあ」という気にはならなかったんです。自分はどれだけおカネをもらってもお笑いじゃないと気持ちよくないんだ――そう思って、芸人としての打開策をずっと探していました。

そんなときに、山形県の住みます芸人だった笑福亭笑助さんが、その経験を上方落語に持ち帰ることになり、住みます芸人に空きが出ることになりました。それで僕たちに話が来たとき、「これは打開策や。これでやっと大工を辞められる」と思ったんです。水口から連絡をもらったときの声のトーンも前向きな感じで、「ああ、めっちゃいいな」と心の中では即決でした。

だから、こんなん言ったら山形の人に失礼かもしれないですけど、ラクを選んだというか……“逃げ道”がぱっと見えたんですよ。芸人として売れていない。バイトがツラい。東京の空気も合わないから離れたい。そのときに、たまたま話が来たから行こうと思っただけなんです。

出典: FANY マガジン
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縁もゆかりもない土地に行くのは楽しみでした。そっちのほうが、知っていることを紹介するよりも、毎回、感動があるし、素直に「へええ」と言えるじゃないですか。自分の出身地の愛媛県で住みます芸人をやるよりも、僕も水口もまったく知らん雪国の山形県はええなと思っていました。

逆輸入芸人としての成功

2018年10月に山形に移住してから、前任者の笑福亭笑助の仕事を引き継いだ2人ですが、半年ほどたったころから、月1、隔週だった地元テレビやラジオの仕事が毎週入るようになり、営業の仕事も増えていきました。2019年夏ごろには毎日、コンビの仕事が入るほどに。タウン誌や新聞WEB版の連載も始まり、一日署長や講演会もなどもこなすようになりました。

ところが2020年に入って状況が一変します。コロナ禍によって、仕事を一気に失ってしまったのです。


よっしゃあと思っていたら、2020年に入ってコロナで仕事は全部なくなりました。「おーい」つって。ほんま笑ってください。

どうしようかと思ったときに、「よっしゃ、自給自足をしよう」と考えました。たまたま知り合いになった人から西川町に古民家を借りることができたので、そこで自給自足をして東京の芸人ではできないエピソードを作ろうと思ったんです。もともと、そういうスローライフ系のエピソード作りは念頭にあったので。

出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」
出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」

そのときも正直、山形を盛り上げようなんて気持ちは持っていなくて、野菜作りをYouTubeで発信して、東京にいる芸人仲間たちにオモロいと思ってもらえたら嬉しいな、そして東京のテレビのディレクターさんたちのアンテナにも引っかかったらいいなという下心で始めました。

その活動が、念願かなって『深イイ話』(日本テレビ)などで取り上げられます。愛情たっぷりに番組作りがされていて、そこから“逆輸入”みたいな現象が起きたんですね。山形に行ったことで東京のテレビに呼ばれるようになった。むかしのK-1でノブ・ハヤシさんっていたんですよ。日本では無名だったけど、オランダのチャクリキジムに行ってから、日本でも活躍するようになった格闘家です。だから僕はまるでお笑い界のノブ・ハヤシなんですね。このたとえ、わかりづらいですか?(笑)

とにかく東京にいたときは全然ダメだったけど、逆輸入で東京のテレビにも出られるようになったんです。去年1年間で東京のテレビに出た数は、東京に住んでいた8年間よりも多いですから。

そして『深イイ話』に出てから、山形での仕事も増えていきました。いまめちゃくちゃ忙しいですよ。月に休みが1日か2日しかないんです。家庭菜園の収穫予定日にも仕事が入ってくるから、マネージャーさんから謝られるほどです。

出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」
出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」

山形の人たちから本当はどう思われてるんだろう

こうして少しずつ売れてきた本坊が考えたのは、山形の人たちから本当はどう思われてるんだろう――ということでした。いくら本坊が「山形大好き!」と言っても、山形の人たちからしたら「ウソつけー」と思われるのではないか。もともと来たくて来たわけじゃないということが見透かされているんじゃないか。そういう“ウソ”をついても、いずれはバレるものだから、絶対に言わないようにしよう、というのが自分のルールでした。

だから、会う人には正直に「たまたま、山形県の住みます芸人の枠が空いていたから来たんです。山形のことを知らないから、逆に面白そうだと思って来ただけです」と伝えていたと言います。


そんな僕は当然、山形を利用しているようにも映りますよね。畑をやっていることもそうだし、住みます芸人というものも根本から“偽善者”に見えるんじゃないかなって。だから「山形をバカにすんな、自分がタレント活動をしたいからだろ」って思われるのが、ふつうだと思っていました。

なのに、山形の人たちは僕が東京のテレビに出ると、みんなめちゃくちゃ喜んでくれるんです。視聴者も山形の番組スタッフの人たちも、みんなです。西川町では「山形に来てくれてありがとう。東京のテレビに西川町が出て、めっちゃ嬉しかったわー」なんて言ってもらえる。そんなの、こそばゆいじゃないですか。「本当は、僕は自分のことしか考えていません」って書いたタスキをしていたかったくらいです。

出典: FANY マガジン
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そして、だんだん山形に対する考え方が変わってきたんです。

山形は、2020年に地場の老舗デパート・大沼がつぶれて、デパートがない県になったんですね。大沼がつぶれたことによって、全産業が影響を受けたんです。農業も、漁業も、大沼に納品していた運送業も結構なダメージを受けたと聞きました。当然、あらゆる産業がダメージを受けているんだから山形のテレビ局もダメージを受けますよね。そして、僕らの出番も毎週から隔週に減ったりしました。

でも、隔週でも使ってくれるんですよ。自社のアナウンサーを使えば、もっと安いはずなのに、わざわざ僕らに仕事をくれている。なんでやろうって。それは、僕らが面白いからではないと思うんですよね。無理やり僕らに仕事をつくってくれていると感じたときに、住みます芸人って何のためにいるんやろうって考えたりしました。

出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」
出典: YouTubeチャンネル「ソラシド 本坊」

ほんまに山形が盛り上がってほしいと思うようになった

2021年春、山形県は凍霜によってサクランボをはじめとする果樹を中心に農作物が大きな被害を受けました。県の発表では、被害額は実に130億円超。そのとき、農家の人たちがみんな、「しゃあないなあ」と言うのを聞いて、本坊は大きく心を揺さぶられました。

自分も「しゃあないなあ」と人生で何度も言ってきました。言い訳だったり、なにかを辞めるときだったり……。「でも、山形の人たちはほんまに手を尽くしきって、『相手が自然なのでダメやった。しゃあないなあ』って言うんですよ。『うおおー』って思いました。それがめっちゃカッコよかった」と本坊は言います。


そういう人たちを見ているうちに、ようやく気づいたんですよ。儲かる順番は、芸人なんて最後なんやと。この山形の農家さんたちが儲かって、運送業の人たちが儲かって、いろんな産業が儲かって、そうやって地域社会が盛り上がると、そこから広告業が生まれて、テレビ局が儲かって、最後に儲かるのがオレら芸人なんやって気づきました。循環してるんだって。住みます芸人の一人勝ちっていうのはないんですよ。まず地域が潤わなきゃダメなんです。

そう気づいたころから、ほんまに山形の人たちを応援したいと思うようになりました。結局は自分のためにやっているのは変わらないんだけど、ちょっとでも役に立ちたいというか、山形が盛り上がったらええなあって、本心で思えるようになったんですよね。

出典: FANY マガジン
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それまでは、吉本から“地域のためにがんばれ”と言われるのがイヤだったんですよ。「吉本のイメージアップに使われてたまるか」と思っていました。「オレら食えてないのに、なんやねんそれ」って。
でも、地域経済のことがわかって、地域のためにがんばると芸人に返ってくるという理屈がわかったら、本当にがんばろうと思えてきた。吉本も最初からそういうことが言いたかったんだな、と。だから、吉本は芸人にまず経済学を教えたほうがいいですよ。芸人はバカなんですから、会社の意図なんてわかりません(笑)。

僕はいま、うわべじゃなくて本当に山形県を応援しようという気持ちになっているんですよ。それは経済のことや、地元の番組スタッフさんの気持ちや、取材で接する人たちの気持ちがわかるようになったからです。山形で人と触れ合うたびに「ああ、ほんまに山形がもっと盛り上がってほしいな」と思うんですよね。

最近、よく「丸くなったな、目つきが変わったな」って言われますけど、それもたぶん、みんなに感謝するようになったからです。ひとつのロケに出たときにも、どれだけの人が動いてくれているかが目に見えるようになりました。ここでは人と人の距離が近いですから、スタッフや、吉本のマネージャーや、取材先の人がどれだけがんばっているのかが見えて、自然と感謝するようになるんですよ。

出典: FANY マガジン
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いま地域の「道の駅」に、僕の作った出来の悪い野菜を置かせてもらっています。それは自分が儲けたいという気持ちだけじゃなくて、いまなら「本坊の野菜を買いたい」って来てくれる人がたくさんいるからです。それで、そのなかには「いや、本坊のよりこっちのほうが美味そうやん」って、山形の農家さんの野菜を買う人も絶対におるんですよ。野菜以外の商品を買う人もおるでしょう。そうやって、自分の名前を使って少しでも地域貢献ができたらいいなって、いまは思っているんです。

「いまからなんですよ、ソラシドは」

山形に来て本坊を変えた出来事がもうひとつありました。相方・水口の大ケガです。2021年7月末に起こした個人の生配信中の事故で全身やけどを負った水口は、約2カ月間の入院を余儀なくされました。その間、本坊はレギュラー番組をすべて1人でやることになりました。

「テレビやラジオの仕事など1人でもやらせてもらえるものは基本、ぜんぶ受けました。仙台の劇場にもピンで出てスベリ散らかして……やっぱり相方がおるって、ぜんぜん違いますよ。そうとう精神的に頼りにしていたんや、というのはありましたね。面白かったですけど、めっちゃしんどかったですね、ピンの仕事は」

東京では、自分だけでも売れたらいいと思っていたという本坊に、心境の変化をもたらしたのは「野菜作り」でした。独学で農作業を始めた本坊が出会った農家の人たちは、誰一人としてそのやり方を「否定」しませんでした。メリットを見て、デメリットに目をつむる――お笑いもそうなんじゃないかと気づいた、と言います。

これまでコンビ2人でやってきて、自分の思う展開にならないとイラつく気持ちが大きかったけれど、それは自分がおこがましかったのではないか――そう思うようになりました。いまは、もっといいコンビの形ができるんじゃないかと試行錯誤の日々だと言います。

出典: FANY マガジン
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「僕らのことを昔から知る先輩たちとかは、ソラシドが山形へ行ってめちゃくちゃええらしいで、と言いたいと思うんです。だけど、実際は、あんまり変わっていなくてグチュグチュのままやっているという(笑)。でも、いまからなんですよ、ソラシドは。遅いですけど。その先にオモロイがあれば、失敗しようが全然いいんです。答えはまだ見つけられていないけど、今回はたぶん間違えていないと思っています」


本坊は、BSよしもとの生放送番組「チーキーズ a GO GO!」(毎週月〜金曜13:00〜17:00)内のコーナー「住みます!やります!頑張ります!」に出演中。農業に取り組む姿に密着しています。

「住みます!やります!頑張ります!」の詳細はこちらから。
本坊のYouTubeチャンネルはこちらから。

書籍概要

『脱・東京芸人 都会を捨てて見えてきたもの』
著者:本坊 元児
判型・ページ数:四六判・224ページ
定価:1540円(税込)

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