ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」万年こたつ男

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

万年こたつ男

数年前から、かまぼこ板に絵を描く活動を始めた。「絵を描く活動」と書くと聞こえはいいが、実際にやっていることは、とても活動と呼べるようなものではない。

狭い部屋で、ひとりこたつ机に向かい、ざぶとんに座って、夜な夜な黙々とかまぼこ板に絵を描いているだけだ。誰に頼まれたわけでもなく、どこかに発表するわけでもないのに、ただひたすら描いている。

現在、描きためたかまぼこ板は300枚を超えた。ちょっと、自分でも狂気じみていると思う。でも、楽しいからやめられない。

きっかけは、たまたまネットで見つけた小田原の「かまぼこ博物館」だった。ここには、かまぼこ板アートと称して、著名な漫画家やアーティストの作品が多数所蔵されている。

手塚治虫先生が、魚の大群と一緒に泳ぐアトムや、『ジャングル大帝』のレオとねずみのジャックが一緒にいかだに乗っているところを描いていたり、水木しげる先生が、1枚ずつの板に鬼太郎、目玉おやじ、ねずみ男、猫娘、砂かけ婆、子なき爺を描いていたり、松本零士先生が、板1枚を1両にして『銀河鉄道999』の列車を描いていたり(もちろん車両の中には鉄郎とメーテルが並んで座っている絵も)、赤塚不二夫先生が、3枚の板をくっ付けて、エビフライ弁当の中に入ったバカボンのパパとウナギイヌを描いていたり、藤子不二夫A先生が、同じく3枚の板をくっ付けて、『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造がお決まりのドーンという決めポーズをしているところを描いていたり、ちばてつや先生が、28枚もの板をレンガふうに並べて、ジョーと力石が視線を交わしているところを描いていたり、やなせたかし先生が、1枚の板に2キャラクターずつ、アンパンマンとカレーパンマン、ばいきんまんとドキンちゃん、しょくぱんまんとおにぎりまん、カツドンマンとかまめしどん、ジャムおじさんとバタコさん、犬のチーズと、顔がかまぼこで体が全身タイツみたいなただの肌色の、かまぼこまん的な見たことのないキャラクターを描いていたりしていた。ちなみに、なかでも一番驚いたのは、世界的な現代アーティストである村上隆さんの作品まであったことだ。

観ているだけで心が弾んだ。そして、自分もやってみたい。かまぼこ板に描いてみたい。そう純粋に思った。とても40歳を超えた大人の男が抱く感情とは思えないが、それが僕という人間なのだ。

最初の1枚は、かまぼこを食べ終えたあとに板を洗って乾かして描いた。かまぼこ板に絵を描くのは、紙に描くのと少し勝手が違った。

アクリル絵の具で彩色したのだが、絵の具を溶かす水の分量が多いと、木目のせいなのか、絵の具がにじんでうまく描けなかった。これはキャンバスに絵を描くときの要領で、描く前に下地をつくらなければならないなと感じた。

そこで、まず一色の絵の具を板いっぱいに厚塗りすることにした。これを下地にすると、絵の具の乗りもよくなり、ポスカなどのサインペンでも色付けできるようになった。以降、この描きかたが定着した。

ただ、毎回下地を塗って乾かしてから描くというのは、手間だった。時間もかかるし、なにより下地を乾かしている間に絵を描く意欲が半減してしまうことが問題だった。なので、その後は数十枚のかまぼこ板に下地だけをまとめて先に塗っておくことにした。

意外にも、この作業はこの作業で楽しかった。持っている全種類の絵の具を並べて、順に一枚ずつかまぼこ板に塗っていく。さまざまな色が塗られたかまぼこ板がこたつ机の上を埋め尽くす光景は圧巻だった。これはこれで芸術だな、とたいしたことなんて何もしていないのに、いっぱしの芸術家気取りで悦に入った。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

絵を描き終えたあとの満足感も、紙に描いたときとは違っていた。かまぼこ板は、板の厚みで作品が自立するので、紙よりも作品感があった。しかも大きさが手のひらサイズなので、愛らしかった。

これは、2枚目に取りかかったときに気づいたのだが、かまぼこ板は商品によって板のサイズが異なるのだ。ふぞろいな感じも芸術っぽくていいか、とも思ったが、かたちがそろっていないときれいに収納できないなと思った。

しかし、かまぼこ板の大きさを均一にしたいがために、ずっと同じ商品を買い続けて食べるのは、さすがに飽きる。その前に、そもそもこんなふうにいちいちかまぼこを買って食べて描くというスタイルでは、いくらお金があっても足りない。どうにかして、かまぼこ板だけを買えないだろうか。

「かまぼこ板 販売」。ググると、一発でかまぼこ板だけを売っている製材所が見つかった。

数種類の大きさのかまぼこ板が、1枚から売られていた。セット販売もあり、100枚440円とか、300枚990円という値段だった。

目を疑った。あまりの安さに

「紙より安いやん」

とパソコンの画面を見ながら言葉がこぼれた。

すぐさま、300枚990円のセットを注文した。結局、送料込みで2200円だったのだが、それでも安いと思った。ちょうどこれを買う前に、ネタで使う大きなケント紙を100枚2万円で購入したばかりだったので、余計にそう感じた。

以来、僕のかまぼこ板アートが本格的に始まった。先に書いたとおり、すでにその300枚は描き終えたので、最近新たにもう300枚注文した。

絵を描いている瞬間は、すべてのことを忘れて自分の世界に入り込める。それは日常から解放されて、自由になれるいやしのひとときだ。

僕がかまぼこ板に描いているのは、どこか間の抜けた、ゆるい雰囲気をかもし出す異形の者たちだ。それらのキャラクターは、僕の頭の中に住んでいるピストジャムワールドの住人だ。水木しげる先生ふうに言うと妖怪とも言えるし、やなせたかし先生ふうに言うと〇〇マンみたいにも言えるし、鳥山明先生ふうに言うとドラクエのモンスターみたいなことだ。

幼いころから、異形の者が登場する漫画やアニメ、ゲームが好きだった。僕にとって、彼らは恐ろしい存在ではなく、一緒に遊んだりできる友達のような存在だ。なので、絵を描いているときは、自分の友達の絵を描いているような感覚だ。

先日、鈴なり横丁の裏にあるカトリック世田谷教会に立ち寄った。僕はまったく敬虔でないのだが、洗礼名アウグスティヌスというクリスチャンで、たまにいやしを求めて教会を訪れる。

この教会の裏庭には、ルルドの泉がある。そこはたいへん気持ちのいい場所で、初めて訪れた人はシモキタにこんなところがあるんだと感動すること間違いない。

実際、僕がそうだった。緑に囲まれたその広場は空が高く、そこに立って、奥につくられたルルドの泉とマリア像を眺めているだけで心が洗われた。

ちなみに、ここはピース又吉さん原作の映画『劇場』にも登場する。誰でも入れる場所なので、シモキタに来た際にはぜひ行ってみてほしい。

話がそれてしまったが、先日その教会を訪れて、敷地から出ようとしたときに予想外なことが起こった。不意に「かまぼこ」という言葉が目に飛び込んできたのだ。

思わず二度見した。それは教会にある集会所のような建物で、扉のガラス部分にラテン語で教会という意味の「Ecclesia」という言葉と、ひらがなで「かまぼこ」と書かれていた。

意味がわからず、その建物をまじまじと見つめた。まさか、ここでかまぼこをつくっているのだろうか。シモキタの教会の敷地内にかまぼこ工場があるなんて聞いたことがない。

謎は、その建物から少し離れてみると、すぐに解けた。かまぼことは、建物のかたちのことだった。

帰宅して調べると、その建物は戦後アメリカ軍が進駐したときに建てた組み立て式の兵舎だった。かたちがかまぼこに似ていたので、「かまぼこ兵舎」と呼ばれていたという。

このかまぼこ兵舎は、アメリカ軍からの払い下げを受けて、1948年に聖堂が建てられるまで教会として使用されていたらしい。教会が聖堂に移ってからは、信徒会館になり、音楽イベントや演劇も開かれる会場になり、北沢1丁目の住人の災害時の避難所にもなっている。

いま都内に残っているかまぼこ兵舎は、シモキタと墨田区にある二棟だけだという。おもしろいことに、墨田区にある一棟も、墨田聖書教会という教会として使われているようだ。

かまぼこ兵舎には、神様が宿りやすいんだろうか。いつか、かまぼこ兵舎で僕のかまぼこ板アート展をやってみたいな。今日もこたつ机でかまぼこ板に絵を描きながら、そんなことを考えてみたりしている。


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

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