「シモキタブラボー!」特別回
ピストジャム「こんなにバイトして芸人つづけなあかんか」出版記念

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

「こんなにバイトして芸人つづけなあかんか」出版記念特別回

明日、僕が書いた本が新潮社から発売される。タイトルは『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』。

いままでしてきた数々のバイトのエピソードを綴ったエッセイだ。帯は、ピース又吉さんに書いていただいた。

又吉さんには、この本を書くきっかけだけではなく、僕が文章を書く、そもそものきっかけを与えてもらった。感謝してもしきれない。

来週の水曜日、11月2日には又吉さんとシモキタの本屋B&Bで、出版記念のトークイベントもやらせていただけることになった。1か月間アーカイブが残る配信チケットもあるので、ぜひ観ていただきたい。

今回は、この場を借りて『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』の「はじめに」を掲載してもらえることになった。ぜひぜひ読んでください。


はじめに

「君、仕事は?」

「見てのとおりピザ屋でバイトしてます」

「じゃ、無職だね。バイトは仕事じゃないから」

警察官は、あたりまえのように言ってきた。え、俺って無職やったんや。

この会話は、ピザの配達途中に交通違反で停められた際、実際に言われたセリフだ。反則切符には〈無職〉と書き込まれた。

アルバイトは雇用形態であって、職種ではないということなんだと思うが、無職と言われると腑に落ちない。働いているのに無職という扱いを受けるなんておかしいと思ったが、世間なんてそんなもんかとも思った。

バイトより正社員の方がえらい。安定した収入があっていい。親に心配されない。これらを否定するつもりはない。ただ、バイトはバイトでメリットもある。

自分の好きな時間に働けるし、責任も少ないので気が楽だ。嫌になったら辞めればいいし、休みを増やすのも自由自在だ。お金持ちではないが、時間持ちになれる。本業がある人も、バイトをすれば気分転換にもなるだろうし、金銭的にも潤うはずだ。

僕は吉本興業の芸歴21年目のピン芸人、44歳。この本は、東京というコンクリートジャングルで、バイトという小さな獲物をひたすら狩り続け、20年以上生き抜いてきたバイト体験記だ。バイトだけでも、なんとか44歳まで無事に生きてこられた。 

1978年の秋、大阪市天王寺区の聖バルナバ病院というところで僕は生まれた。幼いころ、母から聞いたバルナバ病院という響きが強烈で、いまでも〈バルナバ〉という言葉を忘れることができない。

中学は、大阪星光学院という偏差値70を超える進学校に入学した。中高一貫の男子校で、中学1年の最初の授業で大学受験の話をされた。僕の脳みそは拒否反応を起こした。それから思考が完全に停止した。中高時代の記憶は、ほとんどない。高校を卒業してから誰とも連絡を取っていないので、中高時代の友人はひとりもいない。

大学は、慶應義塾大学法学部政治学科に入学した。しかし、それは僕の実力ではない。理系で断トツで成績が悪かったため、文系の先生から「指定校推薦を文系の生徒が全員断ったから困っている。誰か行かないと来年から枠がなくなるから、行ってくれないか?」と声をかけられたから、たまたま行けただけだ。

大学卒業後、大学の友人で一番仲がよかったこがけんを誘って吉本の養成所に入った。しかし10年前に解散することになり、たがいにピン芸人になった。一昨年、彼は先輩のおいでやす小田さんと組んだユニットコンビおいでやすこがで、M-1グランプリで準優勝した。僕はその日、コロナウィルスの陽性と診断された。元相方がテレビで光輝く姿を、毛布にくるまり、熱にうなされ、朦朧としながら見つめていた。太陽を見たあと、目の前が暗くなるように、観終わったあと、僕の目の前は真っ暗だった。彼は、明日から華やかな世界へ行くのだろう。僕は、翌日療養施設に運ばれた。

中学入学から現在に至るまで、30年以上にわたり、ずっと負け続けている。この負け続きの人生で得たものがあるとするならば、それは人の痛みが少しはわかる人間になれたということではないだろうか。〈バルナバ〉とは〈慰めの子〉という意味らしい。

エッセイ好き、お笑いファン、別にお笑いは好きじゃないけれど時間を持て余しているから本でも読もうかなと思っている人、売れない芸人の生態を研究している生物学者、笑わない男ことラグビー日本代表の稲垣啓太選手、ドバイの大富豪のかたなどに、こんな奴いるんだ、と少しでも笑ってもらえたらありがたい。あ、あと警察官のかたにも。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が10月27日に発売されます。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。