ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」半裸の短パン男

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

半裸の短パン男

午前10時、重いキャリーケースを引きずって下北沢駅に向かって歩く。こんなに重くなるとは思っていなかった。

キャリーケースの中には、10月末に出版した僕の本が20冊。そして、数年前から描きためたかまぼこ板アートが300枚以上入っている。あまりの重さにタクシーを拾おうかと一瞬考えたが、待ち合わせに遅れそうになっているわけでもないし、タクシー代を浮かせれば朝食が食べられると思い、そのまま歩くことにした。

最近、運動不足だからな。やっぱり、歩くって大事だよな。足腰を鍛えるトレーニングには、これくらいの負荷が必要だよな。

ただタクシー代をケチっただけなのに、せこい自分を正当化するために理由をあれこれ考える。歩く、歩く、歩く、歩く。

今日は、これから小田急線下北沢駅の真上にあるシモキタエキウエという商業施設のイベントスペースで黒板アートのライブペインティングをさせてもらう。時間は11時から16時まで。それが終わったら、渋谷に移動してパルコ10階の窓にも絵を描かせてもらう。

パルコでは、今日から二日間アート系のフリーマーケットイベントが開かれるという。僕は、その会場入り口の窓に絵を描きながら、本とかまぼこ板アートを販売する。

かまぼこ板アートを販売するのは今回が初めてだ。値段は、すべて均一。税込み1万円。

1万円って高すぎるだろ。いや、世界に一つだけの原画なんだからそれくらいするだろ。売れてない芸人のくせにアーティストぶってんじゃないよ。でも、これはアートだからね。まあまあ裕福な家庭だって、旦那がかまぼこ板1万円で買って来たら、奥さん一週間くらい口きいてくれないだろ。やっぱりタクシー乗ったほうがよかったんじゃないのかな。もうすぐ着くんだから、いまさらそんなこと言うなよ。

脳内の住人たちの言い合いはまだ続いていたが、なんとか駅前に到着した。時計を見ると、まだ集合時間まで余裕がある。富士そばでも行くか。

一日に二件も絵を描く仕事をもらえるなんて幸せだなあ。ほうれん草そばをほおばりながら自然と笑みがこぼれる。

シモキタエキウエのイベントスペースには、下北沢駅駅長の長友さんをはじめ小田急電鉄の職員さんが数名来てくださっていた。気合が入る。絶対にいい絵を描こう。

吉本社員の松野さんも、本の販売用に特製パネルをつくって来てくださっていた。くわえて、チョークも蛍光のオレンジや黄色など新色も追加してくれている。

テンションがあがる。感激だ。

午前11時すぎ。作業開始。

9月に初めて黒板アートを描いてから、今回でまだ5作目なのだが、僕の描きかたはすでに決まった手順がある。まず、白いチョークで黒板いっぱいに枠を描く。

これはインドのミティラー画の手法だ。ミティラー画とは、インドとネパールの国境近くの村の女性たちによって古代インドから描かれてきた伝統的な祝いごとの絵だ。

その絵は、素朴でとにかくかわいらしい。見ているだけでいやされる。

うまく描こうとか、かっこよく描こうという下心はいっさい感じられない。伸びやかな線で、子供のような純粋さがある。色もあざやかで、喜びや楽しさが伝わってくる。

僕は高校生のころにその絵に出会い、猛烈にハマってしまった。一時期、インド雑貨店に行っては古いミティラー画を買い集めていたこともある。いま思えば、かなり変わった高校生だ。

初めて黒板アートを描くことになったとき、どうせ僕なんて上手に描くことはできないんだからミティラー画のように楽しそうな絵を描こうと決めた。それで、黒板アートを描くときには毎回最初に枠を描くことにした。

枠を描き終わると、次は同じく白いチョークで描きたいものをひたすら描いていく。下書きもないので、もちろん順番も何も決まっていない。

この作業に入ると、時間の感覚がなくなっていく。気がついたら2時間経っていた、みたいなことはざらにある。

でも、描いているときに話しかけられても全然嫌じゃない。描いているところに、子供が興味を持って来てくれたりするとうれしくなる。

この日も、小学生くらいのお兄ちゃんと妹の兄弟が来て

「お猿さんだ」

「あ、猫もいる」

と、絵を指さして話しかけてきた。

「あ、たこ焼き」

「こっちにビールある」

「すごい! ビールわかんの!?」

そんな会話が楽しくてたまらない。

黒板全体に描きたいものをひととおり描き終わると、今度は色を付けていく。色も、僕の場合は塗るのではなく、すべて線で描いていく。

模様や記号のようなものを組み合わせて、チョークの色をこまめに変えながら、ひたすら隙間を埋めつくしていく。もう描くところがないというところまで、徹底的に描く。本当にもう描くところがなくなってしまったら、それが完成の瞬間だ。

そういえば、さっきの兄弟のあとにも、ひとりの男の子が近くにやって来た。たぶん、まだ幼稚園くらい。

その子は見に来ては帰り、見に来ては帰りして、結局三度もやって来た。しかも三度目に来てからは、最後絵が完成するまで3時間くらいずっと僕のとなりにくっついていた。

僕以上に絵をまじまじとチェックして

「ここ、人がいらっしゃいませしてないとおかしいでしょ。人描いてえ」

と、リクエストまでしてくる熱の入れよう。もちろん、そのリクエストは快諾した。

「いらっしゃいませしてないとおかしいでしょ」の意味は正直わからなかったけれど、きっと彼の中では何かストーリーが生まれていたんだろう。ライブペインティングの醍醐味を味わった気がした。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

絵を描いている間、知り合いが見に来てくれたり、通りすがりに眺めていってくれるかたが大勢いた。本も、全部で10冊も売れた。ありがたい。

途中、吉本ばななさんにも声をかけていただいた。シモキタを代表する作家であるばななさんには、どうしても本を読んでもらいたくて、面識がないにもかかわらず、先月手紙を添えて本を送らせていただいた。

すると、とてもあたたかいお返事をいただき

「いつかばったりお会いできたらいいですね」

と、ありがたい言葉をもらっていたところだった。まさか、本当にばったりお会いすることができるなんて。

絵を描き終わったのは、予定を2時間すぎた18時だった。お待たせしてしまい恐縮だったが、長友駅長や伊藤副駅長が完成まで見届けてくださり感動した。描き終わった黒板の前で、長友駅長と写真撮影したのは一生忘れられない思い出になった。

この黒板アートは、来年の1月末まで小田急線下北沢駅中央改札口構内に展示されている。近くに寄られた際は、ぜひご覧ください。

ちなみに、男の子に言われて描いた「いらっしゃいませする人」の絵は、その子から

「なんで裸なの? 変でしょ。服着させてあげて」

と、できあがったあとに言われて、青い短パンを上から描いたので少し無理やり感があります。ぜひそれも見つけてみてください。

よおし、次は渋谷パルコだ。片づけを済まし、松野さんとシモキタエキウエを出る。

「タクシーで向かいましょうか?」

松野さんの言葉に、顔がほころぶ。

タクシーに乗り込むと、松野さんから

「タイトルどうしましょうか?」

と、尋ねられた。

どうしよう。何も考えていなかった。

「すいません、いまちょっと頭まわってないです」

情けないセリフが口をついて出る。腰がシートに深く沈んでいく。

「シモキタブラボー! でいいんじゃないですか?」

さすが松野さん! 体が起きあがる。一気に目が覚めた。

「いいですね! シモキタブラボー!」

「びっくりマークつけます?」

「つけます!」

さあ、次はどんな絵を描こうかな。楽しい時間は、まだ終わらない


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。