白味噌に丸もち
元日のシモキタは、人の気配がない。街全体が、映画やドラマのセットになってしまったのかと思えるほど。
人がいないシモキタの風景を見ると、正月なんだと実感する。いつもにぎわっている駅前や商店街に人影は見あたらない。
大晦日、元日はバイトしてすごした。祐天寺の弁当屋で配達のバイト。
ひとり暮らしの人が多いからだろう。大晦日も元日も、注文は結構くる。
ふだんより、すき焼き鍋弁当の注文が多い。みんな、肉が食べたいんだなとほくそ笑む。
実家にいたころは、おせちが苦手だった。けっして嫌いなわけではない。ただ、おせちだと食べた気がしないから、カレーとかオムライスとか母親がつくる普通の料理が食べたかった。
すき焼き鍋弁当を頼む客の気持ちがわかる。正月だから、ちょっと豪華にしたいのだろう。
年越しは先輩の山本吉貴さんのお宅で迎えた。バイト終わりに山本さんの家に向かい、鍋をいただいた。メンバーは芦澤和哉さん、元ギンナナ菊池さん、元Bコースナベさん。
鍋のしめでそばと雑炊をいただいたあと、最後に山本さんが白味噌で雑煮をつくってくれた。雑煮といえば、これだ。白味噌に丸もち。子供のころから、僕はこの雑煮を食べてきた。
「おいしいです」
僕がそうこぼすと、山本さんは
「丸もち売ってなかったから、これ四角いやつやねん」
と返した。雑煮の中のもちは四角かったのかもしれないが、白味噌につかった時点で姿は見えなくなり、箸でつまむと丸もちと何も変わりはなかった。
正月だ。これから、また一年が始まる。
「明日もバイトなんで」
情けない言葉を残して、午前4時ごろにおいとました。
年が明けて4時間。シモキタの街は静まり返っている。交番の光だけが煌々と輝く。
茶沢通りに出ると、北澤八幡神社に初詣に向かうと思われる人がちらほら。初詣に行く習慣がない家庭で育った僕には、そういう光景がうらやましく見える。
母がクリスチャンで、僕は生まれたときに洗礼を受けた。初めて初詣に行ったのは、中学三年。小学校の同級生に誘われて、奈良の春日大社に行った。あのとき、やっと自分も日本人になれたような不思議な感覚になった。
それから、人に誘われたら初詣に行っている。年越しバイト終わりで太子堂八幡神社に行ったり、芸人の先輩と代々木八幡神社に行ったり、仕事先のかたに神奈川の寒川神社に連れて行ってもらったこともある。
昔、8年ほどシモキタのピザ屋でバイトしていた。元日にシフトに入ると、毎年一発目の配達は北澤八幡神社の社務所だった。
5、6枚のピザを届けに行くと、巫女さんや職員さんがかわるがわるピザを受け取りに来た。神社で働く人たちの、新年最初の食事がピザだなんて。
神社の裏側では、こんなに和と洋が混在しているんだ。こういうことを知れるから、バイトっておもしろい。
昨年は、いい年だった。本も出せたし、全国各地で絵を描く仕事もいただけるようになった。
山本吉貴さんとのラジオ、ピース又吉さんとのトークイベント、中山功太さんにもライブに呼んでいただいたり、三浦誠己さんにもトークイベントに呼んでいただいたり、吉本ばななさんにもお会いできた。シモキタのカレーマニア芸人として、日本テレビの「スッキリ」にも出演させていただいた。
今年は、昨年よりもっといい一年にしたい。年末に中山功太さんが開いてくださった忘年会で、来年の抱負を訊かれた。
「2023年はバイトをやめて、テレビに6本出演します」
これが本年の僕の目標。一生懸命、頑張ります。
ちなみに、1月5日(木)13時45分からフジテレビで放送される「NEOべしゃり博」という番組に出演することが決まった。今年最初のテレビの仕事、ぜひご覧ください。
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が10月27日に発売されました。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。