ノエルとリアムより
2019年6月22日、土曜日。
バイトを終えて、シモキタの老舗ライブハウスCLUB251に向かう。今日は僕にとって特別なライブがある。
24年ぶりか。胸がはずむ。
ライブハウスの前には、すでに人だかりができていた。集まった人たちは、みな缶ビールやチューハイを片手に談笑している。
なごやかな雰囲気。そこには僕の知り合いは誰もいないのに、こちらまで笑顔になる。
1995年、僕の人生は変わった。激しく、明確に。
きっかけは一枚のCDだった。ガーリックボーイズというバンドのミニアルバム『ハッスル』。
当時、僕は高校2年。あらゆる音楽をむさぼるように聴いていた。
学校帰りに中古CD屋に寄るのがお決まりで、興味のない音楽でも数百円で買えるCDがあれば買い漁っていた。モーツァルトの『レクイエム』から、チェーンソーや電気ドリルがギュインギュイン鳴り響くアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの『コラプト』というノイズミュージックまで。
とにかく手あたり次第なんでも買っていた。部屋の本棚は、参考書と水木しげる先生の『ゲゲゲの鬼太郎』と雑多なCDが並ぶ、高校生らしさゼロのただただ奇妙な本棚に仕上がった。自費出版された沖縄民謡のCDやバリ島のケチャのCDなどを聴きながら宿題をしている高校生なんて、全国探してもそうそういないだろう。
音楽を意識したのは幼稚園のころだった。家ではいつもビートルズのレコードが流れていた。たまにサイモンとガーファンクル。あとは有名なクラシック。
おさなごころに、ビートルズは神様だと思っていた。幼稚園の僕からすると、キリストとビートルズは同じだった。超有名な外国人。伝説上の人物みたいな存在に思えた。
小学4年のとき、同級生の女子が下校中にごきげんな歌を口ずさんでいた。
「とれぇん、とれぇん、はしっていくう、とれぇん、とれぇん、どこまでもお」
ずっとそこだけを何度も繰り返し歌っている。
理由はよくわからないけれど、胸が高鳴った。気づくと、僕もその節に合わせて自然と体を動かしていた。
「それ誰の歌?」
「ブルーハーツ。知らん? お兄ちゃんがいっつも歌ってんねん」
これがザ・ブルーハーツとの出会いだった。しばらくしてから、僕は奈良の本屋とレコード屋が一緒になった店で『ザ・ブルーハーツ』というザ・ブルーハーツのファーストアルバムを購入した。
最初に買ったアルバム。それは、カセットテープだった。
そこにはCDも置いていたが、なじみがなかったので買うのが不安だった。いつもアニメの主題歌をテレビの前で録音していたカセットテープのほうが安心できたのだ。
支払いは、全額図書券で済ませた。ただ、めあての曲はそのアルバムには入っていなかった。
彼女から得た情報は「ブルーハーツ」だけだったので仕方がない。しかし、そのアルバムは「とれぇん、とれぇん」が入っていないことなんて気にならないほど、どの曲もすばらしかった。
「ぼくう、パンク・ロックが、すきいだあああ」
自分の部屋にパンク・ロックが流れている。それだけでうれしくなった。聴いているだけで、強くなれた気がした。
中学に入ると積極的に洋楽も聴くようになった。中学1年のころは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』、ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』、メタリカの『メタリカ』に打ちのめされた。
その翌年に出たレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの『レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン』も最高だった。高校1年のときには、ビースティー・ボーイズの『イル・コミュニケーション』、オフスプリングの『スマッシュ』、グリーン・デイの『ドゥーキー』もリリースされ、その流れでハイスタンダードなどの日本のインディーズバンドも聴くようになった。
そして、高校2年。ミスターチルドレンの「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」とオアシスの『モーニング・グローリー』が大ヒットした1995年に、僕はガーリックボーイズの『ハッスル』を聴いた。
がたいのいい坊主頭の男が奏でる激しいギターのリフ。スラッシュメタルの要素もふんだんに入ったハードコア・パンクの重いサウンド。その音に乗せて、いかつい坊主頭のボーカルがめちゃくちゃアホな歌詞を絶叫していた。コーラスまで、声をそろえてアホなことを言っている。
「YOKOZUNA」という曲では相撲の決まり手を連呼し、「白ブリーフ悪いか? 絶対悪くない!!」という曲では白ブリーフに誇りを持てと訴えていた。
笑った。一聴して完全に虜になった。
いままで聴いてきた音楽は、ザ・ブルーハーツ以外はすべて英詩だった。ハイスタンダードもスイッチスタイルもスーパージャンキーモンキーもかっこよくて好きだったが、歌詞が英語なので何を歌っているのか意味がわからなかった。
そう思っていたので、日本語でのハードコア・パンクが楽しみだった。そしたら、めちゃくちゃふざけたことを歌っていた。
バンドの音楽は、かっこいい、楽しい。そういうもんだと思っていた。
まさか、そこにおもしろいが入ってくるとは予想もしていなかった。かっこよくて、楽しくて、おもしろいなんて最強だろ。
それからガーリックボーイズの情報を得るために音楽雑誌を読みまくった。あの坊主頭の二人が、実の兄弟だと知ったときには鳥肌が立った。
兄がギターのラリーさん。弟がボーカルのペタさん。
自分も弟がいるけれど、こんなことを兄弟でやっているんだ。そう思うと衝撃だった。高校生ながら、親はどんな気持ちでこの活動を見ているんだろうとおもんぱかった。
でも、そこにまたかっこよさを感じた。親のこととか、まわりにどう思われるかなんて関係なく、自分たちのやりたいこと、楽しいと思うことをストレートに表現している姿にあこがれた。
ノエルとリアムより、ラリーとペタ。僕にとって笑えるのは、その二人だった。
坊主頭の兄、ラリーさんはガーリックボーイズが所属するハウリング・ブルというレーベル内でロッテンオレンジというレーベルもやっているようだった。そのロッテンオレンジに所属するバンドも気になり調べてみると、ヌンチャクというバンドが同じ年にCDを出していた。
ヌンチャクは、ガーリックボーイズに輪をかけてヤバかった。ツインボーカルで、歌詞も全部日本語。歌っている内容は、放送コードに完全に引っかかる下ネタのオンパレードだった。
でも、めちゃくちゃかっこよかった。イヤホンをして音量をあげて聴くと、もう自分は無敵になったような心地になれた。
体の中で何かがはじけた。いてもたってもいられない。
ライブを観に行きたい。ハードコア・パンクを生で感じたい。
1995年11月11日、土曜日。場所は、心斎橋クラブクアトロ。
高校の後輩と二人で、ついに来た。初めてのライブハウス。
後輩は、もう何度もライブハウスに通っているらしく、落ち着き払っていた。僕は、そわそわしていることを悟られたくなくて必死だった。けれど、やっぱり緊張が隠せなくて、壁際にしか居場所を見つけられなかった。
「もっと中に行きましょうよ」
僕に声をかける後輩の目はらんらんと輝いていた。催眠術にかけられたように、僕は彼について行き、フロアの中央で立ちつくした。
客は全員、男だった。もしかしたら女性もいたのかもしれないが、僕にはみな男にしか見えなかった。
客の半数以上はすでにフロアに待機していて、ライブ開始をいまかいまかと待ち構えていた。なかには『キャプテン翼』の日向小次郎みたいにTシャツの袖をまくっている人もいて、これから派手な肉弾戦が始まることは見てとれた。
すっと照明が暗くなると、一瞬の静寂のあと野太い黒い歓声がわき起こった。同時にバーカウンターや通路にいた客が一斉にフロアに押し寄せた。
トップバッターのイエローマシンガンのメンバーが照明の落ちたステージに静かに登場すると、会場のボルテージはさらにあがり、怒号のような声援が飛び交った。まるで、ときの声だ。
きっと戦国時代はこんな声がところどころで聞こえたんだろうな。余計なことが頭をよぎる。
イエローマシンガンは、ロッテンオレンジの女性スリーピースバンドだ。今夜は、このあとスーパージャンキーモンキーとガーリックボーイズも出演する。
イエローマシンガンは音源をまだ聴いたことがないのだけれど、ガールズバンドとは思えな。
耳をつんざくギターの轟音が鳴りひ。
となりにいた後輩の姿はもうど。
もみくちゃどころの騒ぎじ。
どこか地方でこんな祭。
人が上から降っ。
俺も飛びた。
痛っ。
フロアは人の波と渦でうねり、そこからステージに逃げ出した人が、またその海に飛び込み、すべての演奏が終わ。
その光景を見てい。
俺も飛びた。
痛っ。
ライブが終演するころには、僕もステージから飛ん。
おお! 後輩の姿をやっ。
ステージから飛ば。
俺も飛ば。
痛っ。
終わった。もう精も根もつきはてた。
すがすがしい。剣道の面を、稽古が終わって取ったときのような爽快感。ハードコア・パンクってこんなに気持ちいいんだ。
それ以来、僕はハードコア・パンクのライブに足しげく通うようになった。大学で東京に来てからは、ヌンチャクのライブにも頻繁に行き、観たいバンドのライブには全部行った。
ハイスタンダード、スイッチスタイル、デスファイル、ブラフマン、レンチ、ココバット、ライズ、ミスターオレンジ、リーチ、スキャフルキング、ケムリ、ハスキングビ―、イースタンユース、アップホールド、レスリングクライムマスター、レイザーズエッジ、バックドロップボム、グラビー、トースト、マイナーリーグ、山嵐、宇頭巻、3.6ミルクなど。あげ出したらきりがない。
イヤホンのボリュームをあげる。今夜はCLUB251でスーパージャンキーモンキーとガーリックボーイズのライブが開かれる。
僕の初ライブと同じメンツ。イエローマシンガンがいないのは残念だけど、『ファザーズ・ゴールデン・フィッシュ』をいま聴いているから大丈夫。
そろそろ入るか。ライブハウスの入り口に向かう地下への階段を見おろす。
階段を一段おりるたび、年齢がどんどん若くなっていく。どうやらハードコア・パンクには、若返りの効能もあるみたいだ。
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が10月27日に発売されました。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。