ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」光学迷彩の男/

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

光学迷彩の男

シモキタの街を歩いていると、よく知り合いを見かける。

見かけるたび、ここは自分の街なんだと思えてうれしくなる。

あ、コーヘーさんだ。

向こうは原付に乗っているから気づていない。

いま仕事終わったところかな。

お疲れさま。

あ、Dさんだ。

遠目からだったけれど、すぐにわかった。

彼も原付に乗っていて、気づかずに行ってしまった。

あ、ライアンくん。

目の前を自転車でとおりすぎて行く。

一瞬、目が合ったと思ったので立ち止まったけれど、どうやら気づいていなかったみたいだ。

これから出勤だろうか。

頑張って。

あ、松田さん。

商店街の人混みの中、すれ違いざまに気づく。

彼はイヤホンをしていて、こちらにまったく気づいていない。

追いかけて話しかけるのもな。

後ろ姿を少し眺めて、再び歩き出す。

存在感がないんだろうか。

ふと頭によぎる。

昔から、ぼおっとしているとよく言われてきた。

立ち姿がぼおっとしていると、親から笑われたこともある。

数年前、芝居で殺陣の稽古をした。

そのときも、先生から「殺気がない」とさんざん言われた。

「殺気を出せ」と言われても、出しかたがわからなくて苦労した。

そんなこともすべて関係しているのかも。

ぼおっと考える。

僕だけが知り合いを見かけている。

僕が声をかけられたことはほとんどない。

長くシモキタに住みすぎたせいで、知らないうちに街と同化してしまったんだろうか。

大好きな『プレデター』という映画を思い出す。

子供のころ、風景に同化する異星人プレデターにあこがていた。

そのせいだろうか。

知らないうちに、僕は擬態の能力を身につけてしまったのか。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

プレデターは獲物を狩るために光学迷彩という技術で擬態する。

僕は、真逆だ。

殺気もないし、狩るつもりもないし、ただぼおっとしていたら街と同化してしまった。

あ、リュウさん。

快晴の駅前。

ミニベロのかわいい自転車を押して、正面から歩いてくる。

「この前はごちそうさまでした」

思いきって声をかける。

「あ、ピストくん」

自分が幽霊になったような気分だったので、返事をもらえて安心した。

「ピストジャムさんって、シモキタ住んでます?」

 仕事先で、アイドルの女の子に声をかけられた。

「え!? 住んでます! もしかして見かけました? 見かけたなら声かけてくださいよ!」

自分も人から見られていたんだと思うとうれしくなり、大きな声を出してしまう。

すると、彼女は申し訳なさそうにこう言った。

「ピストジャムさん見かけたんですけど、何も荷物とか持ってなくて、ひとりで手ぶらでぼおっと歩いてたから変だなと思って、ちょっと声かけられなかったです……」

僕は、ちゃんとまわりの人にも見えているし、いままで知り合いから声をかけられなかった理由もわかったし、よかったよかった。


このコラムの著者であるピストジャムさんの個展が2023年3月2日から代官山で開催されます

■タイトル
極彩奇天烈板絵図(ごくさいきてれついたえず)
■サブタイトル
アトリエ ピストジャム
■英語タイトル
COLORFUNKY PANEL-JAMS
■日時
2023年3月2日(木) – 3月12日(日)
10時 – 19時(入場無料)
■会場
モンキーギャラリー
東京都渋谷区猿楽町12-8
https://monkeycafe.jp/
■イベントURL
https://laugh-peace-art.com/exhibition/colorfunkypaneljams/


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。