イラスト:ピストジャム
キュートな彼
ひさしぶりにようちゃんと飲んだ。彼は僕の2歳年上で、今年47歳になる。
出会ってもう20年以上経つが、全然見た目が変わらない。おしゃれで清潔感のあるストリート系のファッションに身を包む彼の姿を見て、安心する。やっぱり彼はあこがれの先輩だ。
年上なのにタメ口で話すことを許してくれる友人。ふだん芸人とばかり飲みに行く僕にとっては貴重な存在だ。
以前は彼もシモキタの近くに住んでいたので、シモキタで飲んだり、彼の部屋で明けがたまで音楽を聴いたりしてよく遊んだ。彼からは音楽だけでなく自転車やストリートアートなど、僕の好きなサブカルチャーについてたくさん教えてもらった。
今夜は餃子の王将の前で待ち合わせしたのだが、その手前の路上でばったり会った。うしろから、僕に気づかずに追い越して行く彼を呼び止めた。
「おお、のーくん！」
東京の知り合いで僕のことを「のーくん」と呼ぶのは彼と彼の友人ひとりだけ。なつかしい名前で呼ばれて、少し照れくさくなる。
「店の候補、三つあんねんけど、どこがいい？」
僕がそう言うと彼は
「いいね、そういうのいいよ、わくわくするね」
と、にっと笑った。
昔から、ちょっとしたことでも彼にほめられるとうれしくなる。タメ口で話してはいるけれど、心の中では彼のことを兄として慕っているのだ。そんな自分の気持ちを再確認して、また恥ずかしくなる。
候補の店のプレゼンをして、最後にどの店でもたばこを吸えることをつけくわえた。すると彼は、二か月前にたばこをやめたと言う。
「ええええっ！」
道の真ん中で、自分でも驚くほど大きな声を出してしまった。彼との思い出はたばことセットで記憶していたから、いままでの思い出がすべてなくなってしまうようなさびしさを感じた。
たばこをやめた理由が気になる。実は病気をしたとかだったらどうしよう。
とりあえず彼が選んだNo Room For Squaresというジャズバーに入る。カウンターに並んで座り、注文を済ませると、僕はたばこを吸いながら彼になぜたばこをやめたのか尋ねた。
イラスト:ピストジャム
理由は意外だった。最近、彼は老いを感じるらしく、筋トレをしたり糖分を控えたり、なんとなくアンチエイジングを意識するようになったと言う。たばこをやめたのも、それが一因らしい。
僕からすると、彼がふけたとはまったく感じない。本人は気になるのかもしれないが、それは本人にしかわからない程度の変化で、まわりの同年代と比べると絶対に若い。
そう力説すると、彼はこんな話を始めた。
「この前さ、自転車で走ってたらタクシーが飛び出して来て、そのタクシーが急ブレーキで止まったんだよ。そしたらタクシーに乗ってた客が、たぶん僕より年下だと思うんだけど『危ねえだろ！ お前どこの奴だ？ 親はどこ住んでるんだ？ お前みたいなガキが……』ってすごい剣幕で怒鳴ってきたんだけど、あきらかに僕のことを大学生だと思って話してるんだよ。あれは……うれしかったね」
飲んでいた酒を吹き出しそうになった。そんな場面でも、若く見られたことに喜べるなんてキュートすぎる。
思えば、彼はずっとキュートだった。彼が30歳になったときに、30歳になったことで何か肉体的な変化はあったかと訊いたら
「味覚も視覚も、30歳になった瞬間に全部変わった。何を食べても、これってこんなにおいしかったっけ？ ってなるし、この世界ってこんなにあざやかやったんや！ ってなった」
と、おどけて答えたことを思い出した。
きっと若さの秘訣は、このかわいげなんだろう。自分もそういう部分を大切にしないといけないなと感じ入っていると、真面目な顔で彼が言った。
「でも、のーくんは相当若いよ。やっぱり不安定な生活してる人って若いなって思ったもん」
ほめられているのか、けなされているのかわからないけれど、どうやら若さの秘訣は人それぞれ違うようだ。
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。
書名：こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名：ピストジャム
ISBN：978-4-10-354821-8
価格：1,430円（税込）
発売日：2022年10月27日
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ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。
