「シモキタブラボー! 」天狗の手袋
下北沢歴23年芸人ピストジャム初連載

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

#02「天狗の手袋」

法螺貝の音が近づいてくる。ブオオオー、ブオオオー。カンカン、ドンドン、ガシャーン。拍子木と太鼓、最後はシンバルだろうか。カランカラン。下駄だ。焼きサバ定食をほおばりながら聞き耳を立てる。

ブオオオー、ブオオオー、カンカン、ドンドン、ガシャーン、カランカラン。ブオオオー、ブオオオー、カンカン、ドンドン、ガシャーン、カランカラン。ずいぶんとにぎやかだ。もう、すぐそこまで来ている。

突然、定食屋の扉が開いた。立っていたのは、福助のような格好をした中年男性と楽器を持った山伏たち。そして、烏天狗だった。

夜に紛れる黒い着物に、二本歯の高下駄をはき、錫杖を持った烏天狗の不気味な姿に、夕食をとっていたお客さんたちは、みなぎょっとして「うわ!」とか「おお!」とか「えらいのが来たぞ!」と声をあげた。福助は、そんな声に構わず「こちらは烏天狗様でござあいいまあす」と口上し、「福は内! 福は内! 福は内!」と叫んで、店内にどっと豆を投げ込んだ。

店の大将は、あわてふためくお客さんたちを見て笑いながら「本当は中まで入ってもらうんだけど、うち狭いから断ってんだよ」とつぶやいた。それを聞いた途端、ちゃんと言うことを聞いて外で待っている烏天狗様が急にかわいらしく思えてきた。大将は、烏天狗様のほうをあごでしゃくって、「毎年高尾山から来てくれてんだよ」と言った。烏天狗様が、高尾山から京王線に乗ってやってくる様子を想像したら笑えてきた。毎年来ているからPASMOは作っているだろうな。「カラス テング」って名前入りだったらかわいいな。

『しもきた天狗まつり』は、毎年節分前後の金土日に開催される。初日は、夜に『烏天狗道中前夜露払いの儀』が執りおこなわれる。烏天狗様が、一番街商店街のいくつかの店舗をまわって豆まきをしてくれるのだ。天狗まつりの豆まきでは「鬼は外」は言わない。福で満たされれば、自然と鬼は出ていくからという理由らしい。

二日目は、メインイベントの『天下一天狗道中』だ。真っ赤な着物に身を包み、立派な白いひげをたくわえ、一本歯の、超がつくほどの高下駄をはき、錫杖をつく大天狗様と、烏天狗様、そして巨大な天狗のお面が乗った山車が商店街を練り歩く。山伏、福男、福女を合わせると100人近い大行列だ。巨大な天狗のお面は、商店街の路地を少し入った真龍寺の天狗堂に安置されていて、年中見ることはできるのだが、屋外で見ると迫力が全然違う。食べられてしまいそうだ。行列を引き連れる大天狗様は、華があって威厳があって凛々しくて惚れ惚れするほどかっこいい。しかし、烏天狗様と電車に乗ってきていると思うと、やっぱり笑ってしまう。高尾山は始発駅だから、二人並んで座ってこられるからいいね。

三日目はスタンプラリーだ。参加者全員に配られる福豆は、おかめの顔や天狗のうちわが描かれた紙袋に小分けされていて、福豆と一緒に5円玉が入った福銭ももらえる。天狗まつりのグッズも販売されていて、そこで買った赤い天狗の手袋は大のお気に入りだった。甲の部分の人差し指の付け根のところに目と眉毛がプリントされていて、手を握って親指を立てると、親指が鼻になって、天狗の顔に見えるのだ。

出典: FANY マガジン
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イラスト:ピストジャム

なかおじさんという後輩とシモキタで食事したときも、僕はその手袋をしていた。天狗の顔を作って、子どものように自慢したらなかおじさんは少し引いていた。食事を終えて駅前をぶらぶら歩いていると、気がついたらひとりになっていた。振り返ると、なかおじさんは女性と話していた。知り合いに会ったんだろうと思って近寄ると、ただナンパしているだけだった。

先輩と一緒にいるのにナンパするなんて恐ろしい後輩だ。なにしてんねん!と思ったが、案外女性も楽しそうにしているし、ここで注意しても変な空気になるだけだ。かといって、ナンパの行方を見守って待つのも違うなと思った。

考えた結果、僕はなかおじさんの隣に立ち、女性から天狗の顔が見えるようにして、人形劇の要領で「チョット! サガシタヨ」と声色を変えて話しかけた。二人とも笑って迎えてくれたので、調子に乗って「サムイカラ、ドッカイコウヨ」と続けた。すると、女性が僕の下半身を指して「そっちの天狗は何て言ってるの?」と訊いてきた。

「えっ? いきなりすごい下ネタ言うやん!」と僕はツッコんだ。二人は腹を抱えて笑い出した。そして、苦しそうに顔をゆがめながら「違う違う! 反対側の手袋のこと!」と声を震わせて言った。僕は、天狗みたいに顔が真っ赤になった。

昨年は、コロナウイルスのせいで天狗まつりは見送られた。今年は、1月28日から開催予定だったが、先日中止が発表された。二年連続中止なんてあんまりだ。あの天狗の手袋、ほかには売ってないねんから。


出典: FANY マガジン
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ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

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