ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」圧巻!ミカン下北

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

圧巻!ミカン下北

久しぶりにわくわくした。「ミカン下北」は最高だった。

いままで、下北沢は再開発にともない「シモキタフロント」「シモキタエキウエ」「ボーナストラック」「リロード」「テフラウンジ」という商業施設を次々とオープンさせてきた。どれも素晴らしい施設で、おもしろい店がたくさんありすてきなのだが、ちょっと洗練されすぎていて、毎日地面にはいつくばって泥水をすすって生きている僕みたいな人間には、気恥ずかしくて我がもの顔では利用できないなと感じていた。

3月30日に、シモキタに新しい商業施設ミカン下北がオープンするということは知っていた。でも、正直期待はしていなかった。

おそらく、また整然としたきれいな建物ができるんだろう。シモキタに住んでいるんだから、そりゃ何度かは足を運ぶだろうけど、結局自分とは縁のないものなんだろうな。そう思っていた。

しかし、ミカン下北は違った。見た瞬間に、心の中で「うおおおお」と感嘆の声をあげたほどだ。

おしゃれできれいな建物ではあるのだが、それだけではなかった。シモキタが持つ、おもちゃ箱をひっくり返したような雑然とした感じが、ミカン下北にはちゃんと備わっていた。

タイ、ベトナム、台湾、韓国の料理店、ラーメン屋、ハンバーガー屋、大衆居酒屋、古着屋、めがね屋、本屋、美容室。おはぎを売っている店まで。ごちゃまぜだ。うん、これは楽しい。

オープン日は、どこもかしこも人であふれ、大盛況だった。建物全体から、勢いとパワーが感じられた。

シモキタに新しい息吹が吹き込まれた。ミカン下北によって、シモキタは盛り上がる。間違いない。エネルギッシュなシモキタが帰ってきた。

19時前。ミカン下北内のツタヤブックストアにできた行列に並ぶ。30人くらいだろうか。先日直木賞を受賞された今村翔吾さんのトークイベントが、今夜こけら落としで開かれる。

僕は、事前にイベントのチケットと今村さんの書籍を2冊オンラインで購入していた。今村さんは、僕と同じ南加茂台という京都の田舎町出身で、小学校も同じだった。僕が6歳年上なので、小学校時代にかぶっていたわけではないし面識もないのだが、同郷だと知って会ってみたくなったのだ。

受付で予約していた書籍を受け取り、シェアラウンジという有料スペースに案内された。そこは、天国だった。

たくさんの書籍と漫画。そしてフリードリンク、フリースナックだった。

プレッツェルやクッキーなどの焼き菓子、チョコレート、ナッツ、ちょっとしたパン、スープ、コーヒー、紅茶、野菜ジュース。アイスクリームまであった。さらに、ビールも数種類サーバーで用意されていた。

僕は、開演間近なのに、アイスクリームとひと口サイズのスニッカーズを食べ、ヒューガルデンのロゼというフルーツビールをぐびぐびと飲んだ。このヒューガルデンロゼ、初めて飲んだのだが、べらぼうにおいしかった。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

ヒューガルデンホワイトにフランボワーズの果汁を足したものらしいのだが、ラズベリーやバラの香りがして、本当にジュースを飲んでいるようだった。甘味と酸味のバランスも絶妙で、進行のかたの

「もう間もなく開演しますので、ご着席ください」

というアナウンスがなかったら、おかわりに行っているところだった。

イベントは、今村さんと5人の担当編集者のかたが登場し、6人で話すという内容だった。今村さんは、とにかくしゃべりがめちゃくちゃうまかった。何回も会場から笑いを取っていたし、編集者のかたがたが話しやすいようにテーマを振ったり、ツッコんだり。

イベントは60分だったのだが、まるで芸人のトークライブを見ているようだった。こんなに話せる作家さんは見たことがない。

今村さんは、何社もの出版社と同時に仕事をしているので、原稿の締め切りがたいへんだと話していた。飛行機やタクシーの中でも執筆するらしい。それがたとえ20分だとしても、空いた時間があれば、とにかく書くという。

前に、シモキタを夜中に歩いていたら、閉まった店のシャッターにもたれかかって、ずっと携帯電話を触っている人がいた。近づくと、それはピースの又吉さんだった。

「何してはるんですか?」

尋ねると、

「今日中に出さなあかん原稿があって、いま書いてた」

と、答えた。

当時僕は、家に帰ってから書いたらいいやんと思った。しかし、いまはほんの少しだけわかる気がする。

家に帰る時間すら惜しい。いま書かないと。この20分だけでも書きたい。そんな世界線が、この世にはあるんだということが超人二人の話から知ることができた。

イベントのあとは、サイン会があった。順に呼ばれて、写真とサインをもらった。

僕は、吉本の芸人であることと同じ小学校の卒業生だと伝えた。すると、驚いた様子で

「何丁目ですか?」

と訊かれた。答えると、今村さんの実家と本当に近い距離だった。

シェアラウンジを退室しようとすると、スタッフのかたが

「こちらフリードリンク、フリーフードになっていますので、お時間があればぜひご利用ください」

と、みなに声をかけていたので、引き返してヒューガルデンロゼをおかわりしに戻った。マジでこれうまいな。

飲みながらシェアラウンジをうろついていると、使用料が記載されたパネルを見つけた。1時間、税込1100円。アルコールプラン、税込1540円。

ヒューガルデンは、飲み屋で頼むと800円くらいする。ということは、2杯飲んだら元取れるやん。今度から、ここに飲みに来よう。


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

HPはこちら