吉本興業がAIの“国家プロジェクト”に全面協力!?
タレントたちの「感情データ」を集める実験とは…

国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)は、ある研究プロジェクトのために吉本興業俳優部のタレント20人を実験に起用しました。その研究プロジェクトは、「AIに人間の感情を理解させる」というもの。それは具体的にどういうものなのか―― 実際に“茨城県住みます芸人”のオスペンギン(山中崇敬、でれすけ)と、吉本興業俳優部のヒラノショウダイが参加した模擬実験の様子をリポートします。

出典: FANY マガジン
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10段階で9の「怒りのデータ」!?

今回の模擬実験は、6月29日(水)に茨城県つくば市にある産総研の研究拠点、つくばセンター内で行われました。ヒラノは過去にこの実験に参加した経験があり、今回が2回目。オスペンギンの2人は、今回が初めての参加となります。また、この実験の助手は、産総研で理系の経験を武器に補助員としてプロジェクトに従事している理系芸人のめぐむぅん・カズマが務めました。

「だから次の便じゃ間に合わねえっつってんだよ!」

ヒラノがこう叫ぶと、産総研の行動情報デザイン研究グループの近井学・主任研究員がすかさず別室から、「いまの怒りの感情は10段階でいくつでしょうか?」と尋ねます。

この実験では、「人間の感情データ」を収集します。カメラが設置された部屋に被験者1人が入り、台本に書かれたセリフを演じることで感情のデータを集めるのです。今回は、近井主任研究員の質問にヒラノが「いまのは10段階のうち9です」と回答し、「怒りの9」の感情の音声や表情のデータとして記録されました。

出典: FANY マガジン
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オスペンギンのでれすけと山中は「密室で実験する」とだけ聞いていたようで、「怖くなってきた……。胃袋くらい持っていかれちゃいますか?」と不安げな表情。ところが、実際に室内に入って実験が始まると、2人とも熱のこもった演技を披露します。実験を見守った人間情報インタラクション研究部門の佐藤洋研究部門長が、「上手いなあ」と感心するほどの対応力を見せました。

あるシーンで、でれすけが「いまのは喜びの8です」と回答すると、近井主任研究員が「では、喜びの10だった場合の演技もお願いします」と続けて要求。こうして、短時間で多くの感情データが集められました。

本来なら1人当たり休憩を含めて2時間かけて、「喜び、驚き、期待、怒り、悲しみ、不安」といった、さまざまな感情データを収集するとのことですが、今回は模擬のため、実験は1人10分程度で終了。でれすけは「ザ・研究所って感じで楽しかった!」と実験を振り返り、笑顔を見せました。

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この研究は「いい人を作ろう」プロジェクト

模擬実験終了後に、ヒラノ、山中、でれすけに加え、産総研の佐藤研究部門長と近井主任研究員にインタビューしました。

――今回の実験の内容について、あらためて教えてください。

近井 今回の実験では、私たちが用意した複数のシナリオを吉本興業俳優部の皆さんに感情豊かに演じていただき、感情表現のデータを集めています。たとえば、怒りの感情を演じていただくことで、「怒っている人の音声がどういった波形になるのか」「表情はどう動くのか」「怒りレベル5の時と10の時では何が変わるのか」などのデータを集めます。

――そうして集められたデータは今後、どのように利用されますか?

近井  集めたデータはAIに学習させて、声や表情から人の感情を推定できるシステムをつくることに利用されます。

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――そのシステムは、私たちの生活のどういった場面で活用されるのでしょう?

近井 最終的には、接客業などの新人教育の場面で利用されるシステムにしたいと思っています。接客を受けた顧客の感情がAIでわかるようになれば、上司が新人に対して感覚ではない指導ができるようになり、よりよい指導をするサポートになるのではないかと考えています。

――システムによって、データに基づいた指導ができるようになるのですね。実験を体験したオスペンギンの2人は、いまの話を聞いてどう感じますか?

でれすけ そういったシステムができれば、新人スタッフの接客がよくなって、クレームなども減ると思います。僕もいろいろな接客業をやったんですけど、お客さまの“沸点”がわからなくてブチギレさせてしまったこともあったので、その感情がわかるとリアルに助かります。

山中 僕も接客業をやっていて、怒らせてどうしていいかわからなくなった時がありました。そうなると、だんだん「どうせオレ、バイトだし、好きなだけ怒ってもらえばいいや」みたいなテンションになってきます(笑)。それをAIで教えてもらえれば、お互いにストレスが減っていいだろうなと思いました。

――ヒラノさんも接客の経験はありますか?

ヒラノ 僕も、居酒屋の夜勤のバイトをしていたことがあります。いま思い出したんですが、そのバイトで、土砂降りの日にびしょ濡れの女性が1人で来たんです。それで「こんな女が1人で来ちゃダメですよね?」みたいなことを言いだして。

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でれすけ ちょっと怖いな。その人、ほかの従業員にも見えてたんですよね?

ヒラノ はい(笑)。で、拭くものを渡してあげたり、飲食を提供したりしたんですが、ひと通り飲み食いをされたあと、お会計の時に「もう来ません」と言って帰っていきました。あれは何の感情だったんだろうとずっと思ってましたが、もしその時に感情がわかるAIがあれば、何かしてあげられたのかなと思います。感情がわからないと対処の仕方がわからないので、そういうAIがあるのは、接客業の方には本当に心強いと思います。

佐藤 私たちは、このプロジェクトを「いい人を作ろう」プロジェクトだと思っています。皆さんがおっしゃるような接客の現場で起こるストレスや疑問を減らして、人と人の関係性をよりよくするテクノロジーにしたいと思っています。

でれすけ すごい。このシステムができたら、いいことがいっぱい起きるかもしれない。“国家プロジェクト”ですね、これは。

――実際、国家レベルで行われているプロジェクトですよね。

佐藤 はい。内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム※)の一環で行われているプロジェクトになります。

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吉本俳優部を起用した理由は

――こういった国家プロジェクトに、吉本興業の俳優部が起用された理由についても教えてください。

近井 感情を計測しようとしたときに、一般の方では難しかったからです。「次は喜びをやってください、次は怒りを……」とお願いしても、実験室というと特殊な環境でふつうの人はなかなか感情を上手く表現することができません。そこで演技経験がある方にご協力をお願いしようとなりました。風のうわさで、吉本興業に俳優部の方々がいらっしゃると聞き、実験の協力依頼をさせていただきました。

――実際に、起用した成果は感じていますか?

近井 そうですね。先ほどのヒラノさんもそうでしたが、演技中はすごく怒っていらしても、終わったあとに「いまの怒りレベルはいくつですか」と聞くと、ふつうのトーンに戻っている。そういうオン・オフのギャップは、ふだんから演じる経験をしている方ではないとできないと思います。

ヒラノ 僕は逆に、俳優をやっていて「いまの感情の数値はいくつでしたか」と聞かれることはないので、とても勉強になりました。10とかだと割と簡単にできるんですけど、3と4の差はどうしようとか、そういうことを考えたことがなかったので、今回の経験は今後の俳優人生に生きると思います。

――オスペンギンの2人の演技については、どんな印象を抱きましたか?

近井 今回、初めてオスペンギンさんにも実験に協力していただきましたが、芸人さんも、ふだんからお客さまを相手に感情を表出されているので、やはり感情の表現がすごい上手だと思いました。

でれすけ 自分でもかなり向いてるんじゃないかと思いました(笑)。セリフが長くなってくると難しかったと思いますけど、今回は短かったですし、上手くできました。

山中 うん。あと、すごいちょうどいい時間でやらせていただいたと思います。たぶん、もうちょっと長かったら僕は飽きてたと思います。

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でれすけ 飽きちゃうの?

一同 (笑)

――ヒラノさんは、2回参加して感じたことはありますか?

ヒラノ 僕が思ったのは、この感情がわかるシステムができると、接客以外の場面でも使えるのではないかということです。たとえばお客さまだけでなく、教育されている新人側がどういう気持ちなのかもわかるかもしれません。そうするとパワハラみたいなこともなくなるのではないかと思います。このシステムが確立されることによって、無限に使い道は増える気がします。

――確かに人と人のコミュニケーションが発生する、いろんな場面で活用できそうですね。そういった接客現場以外での活用も視野に入っているんですか?

佐藤 いまのところはAIもまだよちよち歩きなので使える範囲は限られますが、いつかはそういった活用がされる日も訪れるかもしれません。

ヒラノ もしかして、“ぎこちない恋愛”とかもなくなっちゃうのでしょうか……?

近井 それはまだなくならないのではと思います。

一同 (笑)

――今後の実験では、どういったことが行われますか。

近井 いま吉本興業俳優部の20人のみなさんの協力で、いったんは十分なデータが集まったと思います。これからはこのデータの分析を行い、教育訓練の現場で活用されるシステムを完成させたいと思っています。

出典: FANY マガジン
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【戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)】
内閣府が科学技術イノベーション実現のために創設した研究開発の国家プロジェクト。今回の研究プロジェクトについては、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理法人としてプログラムの運営を支援。