DEEP王者芸人
土曜の17時半。ミカン下北ができてからシモキタを訪れる人が増えたなとは思っていたが、これほどだとは思わなかった。
駅前は、今晩シモキタで花火大会でも開かれるのかというくらい、待ち合わせの人であふれていた。見渡すと、とくに20代の人が多い。
もともとシモキタは「若者の街」なんて言われていたけれど、さらに若者が増えた。この数年、コロナのせいで我慢を強いられていた反動なのか、週末のにぎわいはすさまじい。
線路があったころは、動線が二つしかなかった。しっぽりできる北口と、がやがや騒げる南口。大人の北口、子供の南口とも言える。
正直、小さな街なので、どちらから出ても大差はない。踏切にさえ引っかからなければ、10分歩いたらどちらにでもすぐ行ける。
だからこそ、そのころはほとんどの人が南口を利用していた。ハリウッドスターがレッドカーペットを歩くように、いや初詣で参道を歩く人たちのように、シモキタを訪れる人はまずマックから王将に抜ける通りをみな進んで行った。
しかし、踏切がなくなって駅も新しくなり、ミカン下北ができると、動線が一気に広がった。まるで、それこそ花火のように中央口から人が放射状に散っていくようになった。
駅前にたまる若者たちは、引火する瞬間をいまかいまかと待つ、爆発寸前の火薬だ。きらきらと光り輝くエネルギーを無意識に放っている。
DJがするような大きなヘッドホンをして、ビッグサイズの真っ赤なTシャツに、黒いスキニージーンズをはいた長髪の青年が目の前を通る。スニーカーは銀色。
あれはアディダスのマイクロペーサー。最近、復刻したんだ。知らなかった。
パリの街角にいそうな雰囲気の人もいる。グリーンのベレー帽をかぶり、ネイビーのラインが入ったボーダーのTシャツに、チェック柄のハイウエストのロングスカートをはいた女性。スマホが入るか入らないかくらいの、黒い皮のマイクロバッグを肩からかけて立っている。
誰を待っているんだろう。友人を待っているのか、彼氏を待っているのか。このあとはバンドのライブに行くんだろうか、芝居を観に行くんだろうか、それとも食事するだけだろうか。
広場の隅では、アコギをかき鳴らし、歌っている人もいる。その前には、女性が二人。ストリートミュージシャンを囲むように並んで観ているけれど、あの二人は別のグループだろう。ファッションが全然違う。
でも、その女性らは二人とも缶チューハイ片手に聴いている。同じスタイルの楽しみかたをしているということは、もしかしたらあのストリートミュージシャンのファン同士が友だちになったのかもしれない。
僕の後ろから現れて、改札に向かって行く二人組の男性。ともに、手にはスーツの持ち運び専用のバッグを持っている。
漫才師だ。芸人ならわかる。
まだコンビを組んで間もないんだろう。コンビ歴が長くなると、相方と一緒に帰ることはほとんどなくなるから。
どっちがボケで、どっちがツッコミなのか考える。さすがに後ろ姿だけだと見当もつかない。
コンビじゃなくて、先輩後輩の可能性もあるか。最寄りの駅が同じで、
「シモキタは人が多いから家の近所で飲もうぜ」
「そうですね、今日は土曜ですもんね」
とか話していたのかな。
ギターケースを背負った長身の男性の腕に、からまるようにくっ付いて歩く女性が僕にぶつかりそうになった。僕のことなんてまったく見ていないから、彼女はぶつかりそうになったことすら気づいていない。
さっきのグリーンベレーの女性だ。子犬のような目で、彼氏の顔しか見ていない。
そんなにくっ付いて歩いたら、せっかくおしゃれして来たのに服を見てもらえないよ。いらないおせっかいが頭に浮かぶ。
左の太ももに感じる振動。ポケットの中でスマホが震えた。
「着いた?」
「着きました」
「どのへん? 俺、いま中央口」
「どのへん?? どのへんって言ったらいいんやろ」
「あ、見つけた」
キャップをかぶった、ひげづらの、ひときわ体格のいい男があたりをきょろきょろしている。ジョビンだ。
「俺、ジョビンの左後方にいるわ」
返事を待たずに電話を切り、彼のもとへ向かう。
ジョビンと会うのは何年ぶりだろう。3年経たないくらいか。
コロナがはやる前は、定期的によくシモキタで会っていた。
「すいません、今日あんまり時間なくて」
「全然いいよ。俺のほうこそ急に誘ってごめんな」
上野から来てくれた。たぶんシモキタまで片道40分はかかる。今日は、このあと予定が入っていて、また上野に戻らなければならないらしい。
シモキタにいれるのは1時間くらい。それなのに、わざわざ会いに来てくれた。
自分が同じような状況だったら、絶対に断っている。会っている時間よりも、往復の移動時間のほうが長いなんて、なんだか損した気分になるから。僕なら別日にしてもらう。
「おなかはどんな感じ?」
「このあと食べる予定なんで、お茶だけでいいですか?」
「もちろん」
申し訳ない気持ちが増す。しかし、久しぶりに会えたうれしさのほうがまさって、自然と笑みがこぼれる。
駅から徒歩1分の「ブルーマンデー」という喫茶店に向かう。
「もう9月の終わりやのに、短パンはいてるやん」
「いや、最近暑すぎるでしょ」
「YouTube観てるで」
「マジっすか。ありがとうございます」
「そうや、1万人突破おめでとうございます」
「やめてください。でも、ほんまにうれしいです」
「よく耐えたな」
「あのときは相当きつかったですけど、もうとにかくやるしかないなと思って」
「やっぱ根性あるわ。すごいよ」
店の階段をのぼる。
「ここ、たばこ吸えんねん」
「え、めっちゃいいですね」
おしゃべりが止まらない。
彼は、僕の3年後輩。ジョビンというのは芸名で、本名は松本晃市郎という。いろんな芸人が吉本にはいるけれど、彼ほど異色の経歴の持ち主はいない。
高校卒業後、徳島から大阪に渡り、吉本の養成所NSCに入る。NSC在学中に総合格闘技を習い始め、その数年後、なんと格闘技団体DEEPの第4代フェザー級王者になる。
その後、東京でお笑いコンビ「センターマイク」として活動し、得意だったゲーム『ストリートファイターV』の腕前が買われて吉本初のプロゲーマーになる。「EVO」という世界大会でも結果を残し、日本eスポーツ連合から全国で100人程度しかいない「ジャパン・eスポーツ・プロライセンス」の認定も受ける。
そして、いまはYouTubeで「ジョビンチャンネル」を開設し、格闘技のテクニック講座や『RIZIN』などの格闘技イベントの感想動画をあげている。いっさい忖度のない彼の コメントは、格闘技ファンの間でおもしろいと話題になり、人気になりつつある。
「最近はどうしてるんですか?」
彼からの質問に、僕はこの連載を書いていること、10月末に本を出すこと、吉本の本社の黒板に絵を描かせてもらったこと、ライブアイドルの前説をやっていることなど、近ごろの活動について一気に話した。
「いろんなこといっぱいやってますね」
「もうなんでもいいから売れたいねんな」
「僕もそう思ってます。変な道でもいいから、最後に売れたらいいでしょ」
「でも、こんな変な道になるとは思ってなかったけどな」
「僕もですよ」
二人で笑う。
話題が途切れない。
「ちょっと聞いてくださいよ。この前めちゃくちゃむかついたことあったんすよ」
「今度、上野のガールズバーで働くことになったんで一回来てください」
「この前、アイコスもらったんですけど、これ壊れてるんですよね」
注文したアイスコーヒーは、二人とも30分で飲み干してしまっていた。気温が高かったせいもあるが、きっとたがいに勢いよくしゃべりすぎたのだ。
長居する場合をのぞいて、ふだん喫茶店でおかわりなんてしない。でも、今日は彼がシモキタまで足を運んでくれた。せっかく来てくれたのに、あと30分、グラスに何も入っていない状態で話すのはさびしく思えたし、僕ができることはこれくらいしかないと思い、彼におかわりをすすめた。
ジョビンはアイスコーヒーをおかわりし、僕はなぜかビールを頼んだ。あとから思い返すと恥ずかしい。よっぽど楽しかったんだろう。
彼とは、出会ってすぐに仲よくなった。おたがい大喜利が好きで、会わないときもメールでお題を出し合って、いつも連絡を取っていた。
彼がプロゲーマーになると聞いたときは、漫画みたいな話だなと思った。格闘技の世界で実際にチャンピオンになった人間が、今度は格闘ゲームの世界でチャンピオンを目指すなんて。しかも、彼は芸人だ。
そんな脚本、誰にも書けないだろう。事実は小説より奇なりと言うが、それが彼のリアルな人生なのだ。
げらげら笑いながら、たわいない話を続けていると、もう時間になっていた。まだまだ話し足りないけれど、仕方がない。
店を出ると、いつの間にか陽は落ちて、シモキタはすっかり夜の顔に変わっていた。
「じゃ、また」
僕が言うと、彼はそのいかつい見た目からは想像できないような、かわいらしい言葉を返した。
「ちょっと、駅どっちかわからないんですけど、どっちですか?」
「改札まで一緒に行くわ」
そんなこと、彼女にもしたことないのに。
彼が去ったあとも、まだ駅前は人でごった返していた。若者に混じり、中央口の広場にある喫煙所で一服しながら、空を見上げる。
いつもより空が高い。夜だけ、秋が申し訳なさそうにやって来ている。
不意に、彼の大喜利の答えを思い出し、口もとがゆるむ。
「絶対謝る気ないやろ! どんな謝罪会見?」
「空から、パラシュートで降りてきた」
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が10月27日に発売されます。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。