最適なスポット
気がつくと24時をまわっていた。明日は早いのに長居してしまった。
すばやく会計を済ませて店を出る。自転車は押して帰るか。
少しばかりの街灯の明かりを頼りに、U字ロックの鍵穴に鍵を差し込む。うまく鍵がまわらない。
U字ロックを引っかけた金網が、がちゃがちゃと音を立てる。この鍵穴、ちょっとさびてきてるな。家にKURE 5-56あったかな。
自転車におおいかぶさるようにしてU字ロックを取り外すと、
「いまから動かします?」
と、突然後ろから声をかけられた。驚いて振り返ると、ママチャリのハンドルを握ってたたずむ中年男性がひとり。
「そこ停めていいですか?」
「あ、大丈夫ですよ。いま動かすんで、ちょっと待ってください」
この場所が、自転車を停めるのに最適なスポットだと知っている人が自分のほかにもいるとは。このおじさん、なかなかやるな。自分も今年45歳になる立派なおじさんのくせに、自分のことは棚にあげて感心する。
そそくさと自転車を引いて立ち去ろうとすると、薄暗い街灯の光に照らされて一瞬そのおじさんの顔が見えた。
「ゲイリーさん?」
思わず口をつく。
「……ノカンシ?」
10年ぶりの再会。ノカンシとは、僕の呼び名だ。
彼は、20年前に同じ風呂なし共同トイレのアパートに住んでいたゲイリーさんだった。
抱き合うでも、握手するでもなく、たがいに自転車のハンドルを握りながら見つめ合う。
僕たちが住んでいたアパートは、取り壊すことになって一斉に退去させられた。一階に大家さん夫婦が住んでいて、二階に三部屋しかない小さなアパートだったので、ちょっとした家族のような距離感だった。
ゲイリーさんどうしてるのかな。ときおり、ふと思い出すことがあった。
あれから一度も会っていなかったけれど、シモキタに住んでいたんだ。
「まだお笑い続けてんの?」
ゲイリーさんがにやっと笑いながら尋ねる。
「やってますよ」
「いいね」
イギリスの俳優、ゲイリー・オールドマンに似ているからゲイリー。改めてまじまじ見ても本当に似ている。
「たまにノカンシのこと思い出してたんだよ」
自分も同じ気持ちだったのに、なんだか照れてしまってうまく返せない。
「ゲイリーさんはいまからどこの店行くんですか?」
訊くと、さっき僕が行っていた店のとなりの店だった。
あのアパートに住んでいたときの距離感のまんまで、思わず僕も笑ってしまった。
このコラムの著者であるピストジャムさんの個展が2023年3月2日から代官山で開催されています。
■タイトル
極彩奇天烈板絵図(ごくさいきてれついたえず)
■サブタイトル
アトリエ ピストジャム
■英語タイトル
COLORFUNKY PANEL-JAMS
■日時
2023年3月2日(木) – 3月12日(日)
10時 – 19時(入場無料)
■会場
モンキーギャラリー
東京都渋谷区猿楽町12-8
https://monkeycafe.jp/
■イベントURL
https://laugh-peace-art.com/exhibition/colorfunkypaneljams/
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。