狙ってる仏像
受付で担当者の名前を伝えると、すぐに三階に通された。
この警察署の中に入るのは二回目だ。
前に来たのは10年ほど前。
あのときはピザの配達で訪れた。
ただピザを届けに行っただけで、何も悪いことをしたわけではないのに、えらく緊張したのを覚えている。
エレベーターを降りると担当者のかたが待ってくれていて「組織犯罪対策部」と書かれた部屋に案内された。
入ってすぐ左にある小部屋で待つように言われて中に入ると、壁に「禁煙」の貼り紙みたいに「手錠確認」という紙が貼られていて、ぎょっとした。
窓もない、机がひとつ置かれただけの取り調べ室。
刑事ドラマなどでよく見るそのまんま。
しばらくすると、刑事さんが手にノートと書類を持って入って来た。
向かい合わせに座る僕と刑事さん。
顔をあげると、机の上には飲食店に置いてあるようなアクリル板が。
ここは組織犯罪対策だけではなく、コロナ対策もちゃんとしているんだ。
そう思うと少し笑えてリラックスできた。
「被害にあわれたのはいつごろですか?」
刑事さんの口調はやさしかった。
僕は、先日ネット通販の詐欺にあった。
お金を振り込んだのに、待てど暮らせど商品が届かないのだ。
購入したのは「空也上人」というお坊さんのフィギュア。
先輩の山本吉貴さんが、去年から仏像のフィギュアを集め出した。
テレビ台の上に飾られたフィギュアの数は10体以上。
なかなか壮観な光景だ。
「次に狙ってる仏像とかあるんですか?」
尋ねると、空也上人のフィギュアが欲しいけれど、どこにも売っていないと言う。
山本さんは来月、誕生日を迎える。
僕は、山本さんへのプレゼントでそのフィギュアを買うことに決めた。
ネットで「空也上人 フィギュア」と調べると、見たことのある彫像の写真がたくさん出てきた。
口から小さな人がつらねって出ている不思議なヴィジュアルのお坊さんの像。
フィギュアの解説文を読むと、空也上人の口から出ているのは人ではなく、阿弥陀仏と書いてあった。
「南無阿弥陀仏」と唱えると、その六文字が阿弥陀如来の姿に変わったという伝承が残っているらしい。
なぜこんなものが欲しいんだろうとちょっと思っていたが、その言い伝えを聞いて、言葉を大切にする山本さんらしいチョイスだなと思い、ますますプレゼントしたくなった。
しかし、どれも予想以上に高額だった。
プレミアムがついているのか、ほとんどのものが2万5千円を超える。
そんななか、あるサイトでだけ1万円で売っていた。
深夜にもかかわらず、よっしゃあ! とパソコンの前で思わずガッツポーズをした。
いま思えば、不審な点はいくつかあった。
まず、支払い方法が銀行振込のみだった。
そして、振込先も個人の口座だった。
しかも、ホームページに書かれた会社の代表者の氏名とは別人の名義の口座だった。
だまされたと気づいてサイバー犯罪相談窓口に電話すると、すぐに最寄りの警察署に行くように言われた。
その際、名前や住所、電話番号など警察のかたにこまかくいろいろ訊かれたのだが、心の中で、もしこれも詐欺で個人情報を盗もうとしているんだったらどうしよう、と疑心暗鬼になった。
「お願いしていた資料は持って来ていただけましたか?」
おだやかな声で刑事さんが話す。
「はい。その業者とのメールのやりとりと、振り込みしたネットバンキングのページ、あと空也上人のフィギュアの画像をプリントアウトしてきました」
「ありがとうございます。最初にこのホームページを見つけたのはいつごろですか?」
「2月23日の深夜です」
「深夜というのは何時ごろですか?」
「はっきり覚えてないですけど、1時くらいだと思います」
「ネットで見たというのは、パソコンですか? スマホですか?」
「パソコンです」
「では、検索をかけたときの言葉は何と入れて検索しましたか?」
「たしか『空也上人 フィギュア』だったと思います」
「どうしてこの空也上人のフィギュアを手に入れようと思ったんですか?」
「え?」
「ほかのサイトで販売しているものよりも安かったとか、そういうことですか?」
ああ、そういう理由か。
「そうですね。このサイトだけ安かったんで」
「サイトを見て、注文するまでは何分くらいでしたか?」
痴漢や性被害にあった女性が、取り調べで事件の詳細をことこまかく訊かれるのが精神的に苦痛だったという記事を思い出す。
注文するまで何分かかったなんて、正直覚えていない。
「たぶん5分くらいですかね」
「わかりました。ありがとうございます」
刑事さんは、ノートに鉛筆で『2/23 深夜1時 パソコン 空也上人 フィギュア』と書いた。
サイバー犯罪の取り調べがアナログすぎて驚く。
「えー、じゃ被害届を作成するので、いまから読みあげる文章に間違いがあったら言ってください。私は2月23日、深夜1時ごろに家でパソコンでインターネットを開き『空也上人 フィギュア』と検索して、該当ホームページを見つけた。以前からほしかった平安時代中期に活躍した空也上人という僧を模したフィギュアを見つけ……」
平安時代中期に活躍した!?
そんなことはひと言も言っていない。
なんなら知らなかった。
それに、以前からほしかった、なんて言っていない。
一瞬、訂正しようかと思ったが、もし僕が
「これは、いつもお世話になっている先輩の山本吉貴さんへ誕生日プレゼントであげようと思って探していて……」
なんて言ったら、きっとこの人は
「毎月二回コマラジでパーソナリティとして活躍しているピン芸人、山本吉貴さんへの誕生日プレゼントで……」
とか絶対に書くだろうなと思って、ぐっとこらえた。
「……見つけ、ほかのサイトよりも安く販売されていたので、迷わず購入した。で、よろしいですか?」
迷わず購入した、が恥ずかしい。
間違っているわけではないので、訂正するほどのことではないのだけれど、迷わず購入した、という表現は赤面してしまう。
こんなに作文されるんだ。
目を丸くしていたんだろう。
刑事さんは、それに気づいて
「この『平安時代中期に活躍した』っていうのは、僕が調べました」
と、にこっと笑った。
何も悪いことをしたわけではないのに、警察署を出てから吸ったたばこは妙においしかった。
「シャバの空気は最高だな」
煙を吐き出して、空也上人をまねる44歳の春。
このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。
書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日
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ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。