ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」絶対やるでしょ!

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

絶対やるでしょ!

「駅前のタイルに名前入れられるの知ってました?」

会うなり、寿ん平(じゅんぺい)が鼻息荒く話し出した。

「何それ? 知らん」

「さっき喫煙所でたばこ吸ってたら、ポスター貼ってたんですよ」

「俺も見たい。その喫煙所行っていい?」

「いいですよ。行きましょ、行きましょ」

まだ会って数秒しか経っていないのに、早足で東口の広場にあるコンテナ型の喫煙ボックスに向かう。

シモキタの駅前がバスロータリーになることは以前から知っていた。タクシー乗り場や街路樹のある歩道もできると聞いている。寿ん平が言った「駅前のタイル」とは、その広場や歩道で使われる舗装ブロックのことだとすぐにわかった。

午後7時、喫煙所は仕事帰りの会社員や待ち合わせまでの時間をつぶす人たちであふれていた。煙をかきわけて消防隊員のように突入する。

めあてのポスターの前には灰皿が置かれていて、二人組の中年男性が一服していた。全然見えない。どうにかして見られないかと、こちらもたばこを吸いながらじろじろそちらを見ていたら、僕の異様な視線に気づいてポスターの前の二人は早々にたばこの火を消して出ていった。

申し訳ないことをしたなと思いながらも、すぐさまポスターにかじりつく。「下北沢駅前広場プロジェクト 〜Welcome! We Love! シモキタ!〜」と書かれた下に、駅前広場の完成イメージのイラストと名入れブロックの設置イメージの写真が載っていた。ふるさと納税の仕組みで世田谷区に4万円寄附すれば、舗装ブロックに自分の名前を入れてもらえるという説明を読む。

「僕、やります。これ絶対やるでしょ!」

寿ん平が興奮して言う。たしかに、これはやりたい。

井の頭公園の「思い出ベンチ」みたいだ。思い出ベンチとは、2003年から東京都建設局が始めた事業で、都立公園や動物園などにベンチを寄附すると、そのベンチに名前とメッセージを書いた真鍮のプレートを取り付けてもらえるのだ。

「ここで出会って、結ばれました。いまも幸せです。ゆうき&かずこ」みたいな。初めてこれに気づいたとき、ほかのプレートにはどんな人がどんなメッセージを書いているのか気になって、ベンチを何基もはしごしてしまった。

ただ、残念ながらこのシモキタの名入れブロックにはメッセージは入れられないらしい。名前のみと書いてある。

「ピストジャム」は名前として認めてもらえるのだろうか。急に不安になる。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

「ピストジャムとは名入れできませんね。有名人だったらいいんですけど」なんて区役所の人に言われたらどうしよう。恥ずかしくてシモキタから出ていくかもしれない。

それに設置場所はランダムで、どこに配置されるかはわからないらしい。めちゃくちゃはしっこになるかもしれないし、募集予定は1200枚らしいので探すだけでもたいへんだ。

「4万円って絶妙な値段設定してくるなあ」

情けない言葉をこぼすと、寿ん平は少し落胆したような表情を見せた。

そのタイミングで、工藤くんが喫煙所の扉を開けて入ってきた。今夜は三人でひさしぶりにシモキタで飲む。僕には工藤くんが救助に来てくれた消防隊員に思えた。

二人とは数年前までよくシモキタで飲んでいた。寿ん平は元芸人で一緒にシモキタでライブをしていたし、工藤くんはそのライブの音響や照明をボランティアで手伝ってくれていた。くわえて、僕たち三人はバイト先も同じだった。

ピザを配達して、ライブして、暇があったらまた集まって。本当に毎日のように顔を合わせていた。

二人はシモキタの変貌ぶりに驚きっぱなしだった。あの店がなくなっているとか、こんな建物ができているとか。ピザの配達でシモキタ中を走りまわっていたからこそ、余計に変化がわかるのだろう。

変わったところを全部見たいと言うので、リロード、マスタードホテル、シモキタエキウエ、テフラウンジ、ボーナストラック、由縁別邸、世田谷代田駅前の広場まで1時間くらい散歩した。途中「ここどこ?」「なにこの景色!」と言って無邪気に騒ぐ二人の様子がかわいらしくて仕方なかった。

帰宅して、パソコンで下北沢駅前広場プロジェクトのサイトを開く。あのとき、寿ん平に言えなかったセリフをつぶやいてみる。

「そうやな、俺もやるわ」

さっきは4万円という金額にひるんでしまったが、いまなら大丈夫。結構酔っているから。

かっこつけていつもより大きめの音でEnterキーを打つと、名前や住所やアンケートなどこまごましたものをたくさん記入しなければならない画面があらわれて、ばしっと決めたつもりの自分が恥ずかしくなる。

申し込みフォームには、名入れの表記を記入する欄はなかった。これから書類などが届くみたいなので、それから提出することになるのだろう。

駅前広場は令和7年度に完成するらしい。きっとどこかに僕の名前があるはずなので見つけてみてほしい。ピストジャムと書かれていないかもしれないけれど。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

[/hidefeed]

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。