ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」胸騒ぎのよせやい

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

胸騒ぎのよせやい

起きてスマホを開くと、後輩のピン芸人よせやい太郎からLINEが届いていた。 

〈おはようございます! 新年あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いいたします!〉

一応、壁にかけたカレンダーを確認する。

2023年5月1日。

あまりにも遅すぎる新年の挨拶。

もう年が明けて4か月経っている。

昔、東京の吉本では大晦日のカウントダウンが終わったら、世話になった先輩がたに順番に電話して年始の挨拶をするという習慣があった。

僕はそれで、ある先輩にキレられたことがある。

電話に出た先輩は開口一番

「何番目?」

と、うっとうしそうに言った。

時計を見ると、午前2時をまわっていた。

本当は50番目くらいだったけれど、そんなこと言えるわけがないと思って適当に

「28番目です」

と、答えたらぶちっと電話を切られた。

当然だ。

新年早々、先輩のプライドを傷つけてしまった。

先輩には申し訳ないことをしたと反省したし、まわりの芸人がしているから自分もなんとなくやらなければいけないと思い、流されて始めたことを後悔した。

僕は僕のやりかたでやる。

自分に対しても同じで、後輩から挨拶がなかったとしても気にしない。

後輩のスタイルを尊重する。

みんなやりたいようにやればいいと思う。

でも、今回の一件は少し毛色が違う。

5月1日に年始の挨拶をしてくるなんて聞いたことがない。

僕は、よせやい太郎の何番目の先輩なんだろう。

彼はくそ真面目な性格なので、もしかしたらかつての僕のように年が明けた瞬間から数々の人に挨拶の連絡を4か月間ずっとし続けていたのかもしれない。

知らないだけで、彼には先輩や世話になっている人が何万人もいるという可能性は捨て切れない。

とりあえず、なんと返そうか考える。

①もう5月や! 竜宮城でも行ってたんか!

②そうそう、俺もいま送ろうと思っててん! あけましておめでとう! って、もう5月や!

③メリクリ!

④いま帝国軍のタイ・ファイター2機に追われてて手が離されへんねん! デス・スター破壊して、また落ち着いたら連絡する!

ここまで考えて固まる。

そういえば、彼とは2か月前に会った。

代官山で開いた個展に来てくれて話をした。

彼はふだん僕にLINEでボケてくるようなことはしない。

きっとこれは送信先を間違えたのだ。

同期や後輩に送るつもりのメッセージを、なんらかのミスで僕に送ってしまったのに違いない。

だとしたら、それを教えてあげるような感じでこちらも軽いボケで返すのがマナーだろう。

これに決めた。

ツッコまずに、あえて乗っかろう。

〈あけましておめでとう! 今年もよろしく!〉

送信すると、すぐに既読がついて返信が来た。

〈いや普通に受け入れんのよせやい!〉

予想した返信と違う。

〈あっ! すいません! 間違えて送ってしまいました!〉みたいなメッセージが来るものだと思っていた。

あれはちゃんと僕に向けて放ったボケだったんだ。

でも、どうして。

ふだん真面目な彼が突然ボケてきた理由がわからない。

違和感を抱きながらも、予定があったのでそっとスマホを閉じて、なかったことにした。

それから半日が経ち、夜になって帰宅した。

もう今朝のやりとりは忘れたつもりでいたけれど、家に戻ると変な胸騒ぎがした。

彼とのLINEをさかのぼる。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

今年の元日にやりとりをしている。

よせやい太郎

〈あけましておめでとうございます! 昨年もお世話になりました! 本年もなにとぞよろしくお願いいたします!〉

〈あけましておめでとう。俺になんかわざわざ連絡いいのに。こちらこそ今年もよろしく〉

よせやい太郎

〈いえ! 連絡だけしかせずに申し訳ございませんっ!〉

〈連絡だけでいいよ。ていうか新年の挨拶いらんし。いろんな人に送るんつらいやん〉

よせやい太郎

〈いろんな人に送るのをやめて、ものすごい少人数の人にだけ送っております! それでも忘れそうになってしまうので、送り忘れてしまう年もあるかもしれませんが、送らせてください!〉

〈忘れるくらいでいいし。5月くらいに「あけましておめでとう」って送ってくれたらツッコむわ〉

自分が言ったことを完全に忘れていた。

彼はこのやりとりのあと、きっとカレンダーにきちんとメモしていたのだ。

なんとしたことか。

大失態だ。

自分のフリにこたえてくれた後輩のボケをつぶしてしまった。

どう返せばいいのだ。

先輩としての威厳を保てるような、起死回生をはかる返信をなんとか考えなければ。

気づけば、遮光カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

カーテンを開けると、まぶしすぎる太陽が目に飛び込んできて、目の前が真っ暗になった。

「よいお年を!」

シモキタの空から、誰かが僕にツッコむ声が聞こえた気がした。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。