沖縄・北部で楽しむ自然とアートの融合『やんばるアートフェスティバル2024-2025』が開催

沖縄県北部の複数の市町村で横断的に行うアートイベント『やんばるアートフェスティバル2024-2025』が1月18日(土)~2月24日(月・祝)に開催されます。今年で8回目を迎える本イベントの開催を前に、関係者やマスコミ向けの内覧会が行われました。総合ディレクターでありアーティストとしても出展する仲程長治氏をはじめ、多くのアーティストが出席し、作品の見どころや思いなど、貴重なエピソードが次々と披露されました。

出典: FANY マガジン
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過去7回行われた本イベントは大宜味村を中心に名護市、本部町、国頭村、東村などで、アート作品の展示やワークショップ、関連イベントなどを行い、日本人をはじめ、台湾、中国、韓国の観光客など、のべ35万人が来場。アートを通じて、やんばるの魅力を県内外・アジア・世界へ発信するイベントとなっています。

「キュラトリアル・コミッティ」始動で広がる多彩なアーティストの世界

今回のテーマは「山原本然(やんばる ほんぜん)」。「やんばるアートフェスティバル」は、ここ7年間、激動の世界情勢や社会の変化の中で、その影響を受けながらも成長を続けてきました。「本然」とは「本来あるべき元々の姿」を意味しますが、やんばるがその本然の姿を保ち続ける限り、どのような時代が訪れても大丈夫だという確信があります。本アートフェスティバルでは、やんばるの自然、暮らし、文化が持つありのままの美しさと奥深い創造の世界を楽しめます。

今回から、新たな試みとして「キュラトリアル・コミッティ」が始動します。エキシビション部門ディレクターの金島隆弘氏に加え、4名のキュレーター(アーティストの選定)が参加。欧米やアジア圏、沖縄県内外からアーティストを選び抜くことで、地域や世代を超えた多彩なアーティストが集まりました。

伝統と創造が息づく「池村鍛冶屋」―八重山の美と技を伝える「五風十雨」の取り組み

出典: FANY マガジン
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内覧会は塩屋湾を一望する大宜味村立旧塩屋小学校の体育館からスタート。八重山地域の創作や美術工芸をリサーチし、その魅力を広めるユニット「五風十雨」。今回は、沖縄県で唯一残る手打ち鍛冶屋、「池村鍛冶屋」を取り上げます。

池村鍛冶屋では、廃品となった車のバネや軍艦の砲弾を素材に、新たな道具や工芸品を生み出しています。このような素材の再利用は、いわゆる「ブリコラージュ(寄せ集めから新しいものを創造する手法)」の一例と言えます。島特有の植生やニーズに合わせてデザインされた草取りヘラには、それぞれ島の名前が付けられています。幅や長さが異なるこれらのヘラは、島々の個性を映し出すユニークな工夫です。

さらに、池村鍛冶屋では、使用者一人ひとりの体格や用途に応じたオーダーメイドの道具も製作。膨大な型紙のコレクションから、島の暮らしに寄り添った実用性と美しさを兼ね備えた製品が生まれています。

47年の経験を持つ池村氏によると、鍛冶職人にとって最も重要なのは「焼き入れ」の技術。鉄の硬さや性質に合わせて最適な温度や処理を行うことで、道具の品質が決まります。師匠から「焼き入れは死ぬまで勉強」と言われていたという池村さんの言葉からは、伝統技術への深い探求心が伝わってきました。

作り手の想いが詰まった作品と出会う場所「YAFクラフトマーケット」

出典: FANY マガジン
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沖縄県のやんばる地域で活躍する作家や工房を中心に集まった「クラフト部門」。ここでは、やちむん(焼き物)、木工、ガラス、アクセサリーなど、多岐にわたる沖縄県内のクラフト作品が展示・販売され、訪れる人々が作り手の想いに直接触れることができます。作品に込められたストーリーや背景は、会場のスタッフが丁寧に説明。実際に手に取って、その魅力を感じるだけでなく、気に入った作品を購入することも可能です。

今年の会場演出には新しい試みが取り入れられました。キュレーターを担当した「PORTRIVER MARKET」の麦島美樹氏によると、例年のように植物を使用するのではなく、アートユニット「O’Tru no Trus」と藍染工房「亞人」が空間演出を手掛けたとのことです。

今回のマーケットには、総勢21組の作家が出展。そのうち6名は初参加の作家です。それぞれの作品は「山原本然」というテーマに沿って選ばれ、多様性と地域性を感じさせるラインナップとなっています。

会場では毎年、人気作品が早々に完売してしまうことも珍しくありません。訪れる際には、早めのチェックがおすすめです。

「YAFクラフトマーケット」は、単なる展示・販売の場にとどまらず、作り手とのつながりや、作品の背景を深く知ることができる特別な空間です。ぜひ会場に足を運び、その魅力を存分に体験してみてください。

ベルリンから届ける静寂の芸術―ヘニング・ヴァーゲンブレト氏と『マズーカの日曜日』

出典: FANY マガジン
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色鮮やかな作品が並ぶ展示会場では、ドイツ・ベルリンを拠点に活動するアーティスト、ヘニング・ヴァーゲンブレト氏の作品が来場者を迎えます。今回のインスタレーション作品『マズーカの日曜日』は、「日曜日のために静止した街」を訪れる体験を提供するユニークな作品です。この静寂の中で、日常の忙しさに埋もれた細部を観察する新たな視点を提示します。

ヴァーゲンブレト氏は、船や家の模型を制作する一方で音楽活動にも取り組み、今回の展示では立体作品と音楽を融合させた作品を披露。「普段はポスターや平面作品が多いが、今回は立体的な模型作品を制作した」と語ります。その背後には、「旅するシアター(トラベリングシアター)」という自身のコンセプトが息づいています。異なる土地を訪れながら、作品を通して物語を紡ぎ出す活動を展開してくれました。

出典: FANY マガジン
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日本への訪問は今回で2回目というヴァーゲンブレト氏は「この展示に参加でき、とてもうれしく思っています」と感謝の気持ちを述べました。展示の締めくくりには、ヴァーゲンブレト氏自身がアコーディオンを演奏。静寂と彩りに満ちた空間に美しい音色が響き渡り、作品と情景が見事に融合した瞬間は来場者の心を静かに揺さぶりました。

「海の向こう」―沖縄と移民の歴史を紡ぐアーティスト、うしおのタペストリー

出典: FANY マガジン
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会場に掲げられた7枚のタペストリーには、アーティスト・うしお氏が描いた曲線の上に、実際の人々からもらった指紋がスタンプされています。これらの作品は「海の向こう」をテーマに、移民とアイデンティティを探求する力強いメッセージを込めています。

うしお氏は沖縄県に住むアーティストで、近年、日系移民の第一世代の歴史をテーマにした自由研究を進めています。特に印象深かったのは、2年前に訪れたカナダ・バンクーバーの日系人資料館での体験。第二次世界大戦中、日系移民が外国人として差別され、IDカードに顔写真と指紋が押されていた事実に触れたことが、今回の作品のインスピレーションの源となりました。

出典: FANY マガジン
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本作品では、沖縄から世界各地に移民として渡ったウチナーンチュ(沖縄出身者)とその子孫たちに協力をお願いし、指紋のスタンプを集めたそうです。波のように描かれた曲線と混じり合う指紋は、移民の歴史を視覚的に表現し、異なる場所から集まった人々の指紋が一つの作品として結びつくことで、観る者に深い印象を与えていました。

「おとずれるもの」―冨安由真のインスタレーション作品が語る沖縄の信仰と儀礼の世界

出典: FANY マガジン
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小学校の放送室と視聴覚室が展示会場に変身し、冨安由真氏のインスタレーション作品『おとずれるもの』が登場しています。冨安氏は「TERRADA ART AWARD 2023」を受賞し、その招待を受けて今回の展示に参加しました。本作はサウンド、映像、照明を巧みに組み合わせた作品で、沖縄の独特な信仰と儀礼を体験することができます。

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沖縄の「まれびと信仰」に基づき、海の彼方から訪れる神々が豊穣と幸福をもたらすと信じられています。この信仰は、塩屋湾の「ウンガミ」と呼ばれる行事を通じて具現化されています。ウンガミは毎年、旧盆明けの初亥の日に行われ、ニライ・カナイから来る神々を迎え、豊穣を祈る祭りです。冨安氏の作品では、この祭りの重要な要素—小太鼓(パーランクー)の音、海を空撮した映像、そしてウンガミの儀礼「御願バーリー」の掛け声を録音した音声などを組み合わせています。

沖縄の伝統的な儀礼と信仰が、サウンドと映像という現代の手法で見事に融合した作品です。目に見えないものや科学的に解明されていない事象、信仰や夢などに関心を持っており、この作品にもその関心事が色濃く反映されています。時間をかけて作品の細部に触れることで、沖縄の深い文化と神話的な世界観に浸ることができるかもしれません。

「Seeing in the Dark」―柏原由佳の沖縄に触発された巨大絵画と抽象的な表現

出典: FANY マガジン
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柏原由佳氏の最新作『Seeing in the Dark』は、227cm x 364cmの大型絵画2枚が並び、貝殻などが展示されるというユニークな構成で観客を迎えます。沖縄での生活が作品の核となり、日常の一部となった貝拾いから得たインスピレーションを基に、自然との深い繋がりを描いています。

沖縄に滞在していた3ヶ月、毎日砂浜に足を運び、貝殻を拾うことを日課としていた柏原氏。その貝殻の模様が山水画のように果てしなく広がり、自然と人間が織りなす壮大な景色に繋がっていったといいます。貝殻、葉っぱ、海、そして山。目を瞑り、心を凝らすことで、ミクロとマクロが交錯し、自然の記憶と心の中の景色が繋がる瞬間を描き出しました。

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貝殻は、数ある中から厳選された「ベストオブ貝殻」を展示し、その中でも特に選ばれたものは宝物箱に収められています。貝殻を探しながら感じた「ズームイン」する感覚が、作品に生き生きと反映されています。特に印象深いのは、与那覇岳の登山中に見たキラキラと浮遊する葉っぱが星のように見え、久高島でのスキューバダイビング中に感じた地形の美しさが、登山のような感覚と重なったそうです。

また、柏原氏はこれらの自然体験を通じて得たインスピレーションから、隣の部屋に展示された抽象度の高い作品を制作しました。これらは、沖縄の風景からの直接的な描写ではなく、インスピレーションを元にした抽象的な表現であり、より個人的な感覚を反映したものとなっています。

柏原氏の制作過程にも大きな変化がありました。ドイツで17年間過ごし、その間は自己の内面を深く掘り下げるような作品作りをしていたと言いますが、帰国後は色鮮やかで外向きな作品が生まれ、特に沖縄での制作は「のびのびとした感覚」で描けたと振り返ります。作品は、無意識の流れに身を任せ、制限をかけずに描き上げたものです。大作と抽象的な作品が一堂に並ぶこの展示は、アーティストの心の内に秘めた美の追求が見事に具現化されています。

泡盛を通じて紡ぐ記憶と動きのインスタレーション──津田道子の「泡盛ラプソディ」

出典: FANY マガジン
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津田道子氏のインスタレーション作品は、沖縄の伝統的な蒸留酒「泡盛」をテーマに、酒そのものの魅力と製造プロセス、そして人々の動きを独自の視点で表現しています。

泡盛は約600年前に南方から伝来し、長い熟成期間を経ることで深い味わいを持つ酒です。しかし、戦時中の混乱で多くの古酒(クース)が失われた歴史を持ちます。現在でも長期保存された古酒は40年ほどのものが最長とされていますが、その存在は平和の象徴としても捉えられています。

出典: FANY マガジン
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展示会場では、地元の家庭から借り受けた古酒が本棚に並び、それぞれに秘められた背景が垣間見えます。また、津田氏は泡盛作りに携わる職人たちの手や身体の動きを「半ばダンスのよう」と感じ、それを鉄パイプで柔らかい線を描く形状として具現化しました。この鉄パイプの造形は、長年繰り返されてきた動作の記憶を視覚的に再現するものであり、展示全体に動きとリズムを与えています。さらに、職人たちの動きを抽象化した映像も展示され、それが全体のテーマを補完しています。

北陸に拠点を置く津田氏は、酒処として知られる地域の酒蔵を見学した際に、飲むこと以上に酒造りそのものに興味を持つようになりました。今回のやんばるアートフェスティバルへの参加に際して、ディレクターの金島氏から「やろうと思っていたけれど実現していないことに挑戦する機会にしてほしい」という助言を受け、沖縄を訪れた際に感じた大らかで心を解きほぐす雰囲気に後押しされ、プロジェクトを進めることを決意します。

やんばる酒造との協力で行ったインタビューでは、泡盛造りに関する興味深い話が数多く得られ、そこから自然に「泡盛造り」をテーマに据えた作品制作が始まりました。泡盛の歴史や味覚を超えて、時間や人々をつなぐ媒介としての役割を示した本作は、訪れる人々に泡盛の新たな魅力を伝える空間となっています。

境界の記述者としての視点――「Edge Complex」をテーマにした麥生田兵吾の写真展

出典: FANY マガジン
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その後は、大宜味村喜如嘉保育所に移動します。2019年に閉園となった跡地で2組のアーティストによる展示が行われています。

廊下や部屋に展示された写真に込められたテーマは、「Edge Complex」。写真家・麥生田兵吾氏は、私たちと「境界」という概念を通して、沖縄の風景を作品に昇華させています。麥生田氏が語る「境界」は、単なる地理的な分断を指すだけではありません。白と黒のコントラストの間に現れる「違い」そのものを指すといいます。この「違い」を作品として描き出すことで、社会が抱える見えない線を浮かび上がらせようとしています。

沖縄という地域性もまた、境界性を語る上で重要な要素です。本州から見たときの沖縄は「国としての境界」に位置すると麥生田氏は感じています。この地理的特徴を踏まえ、今回の写真は沖縄本島南部を巡り、風景や存在をカメラに収めました。

出典: FANY マガジン
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本作品の中心的なテーマの一つが、「お墓」にあります。沖縄特有の岩をくり抜いたお墓は、時間が経つにつれ植物に覆われ、まるで風景の一部として溶け込んでいきます。「死者を葬る場所であるお墓が、さらに時間の流れの中でもう一度死んでいく」と語る麥生田氏。その「緩やかな死」を写真に収めることで、現場では見える「生き生きとした死」を、鑑賞者に感じてもらいます。

一方で、単にお墓を記録するだけでは「鑑賞」に留まる危険性があるとし、そこに新たな生命や象徴を加える試みも行われました。たとえば、ヤギの三つ子や若者たちの写真を組み合わせることで、死と生が織りなす境界性を描き出しています。

麥生田氏は「AとBの間に現れる線」こそが境界であり、その相対的な存在がテーマであると強調します。お墓だけでは静的な死のイメージに留まるところを、生き生きとした生命の写真を組み合わせることで、境界への意識をもたらしていました。

自然とアートが織りなす多様性と創造性の祭典『やんばるアートフェスティバル2024-2025』は、1月18日(土)~2月24日(月・祝)まで、大宜味村立旧塩屋小学校をメイン会場に開催されます。アーティストの熱い想いと地域の豊かな文化が交差するこのイベントで、心揺さぶる芸術のひとときを体験してください。やんばるの新たな魅力に出会い、深く心に残る感動をお届けします。

開催概要

やんばるアートフェスティバル2024-2025 山原本然
主催:やんばるアートフェスティバル実行委員会
共催:大宜味村
期間:2025年1月18日(土)~ 2月24日(月・祝)
時間:メイン会場/大宜味村立旧塩屋小学校(大宜味ユーティリティーセンター)11:00~17:00
休館:毎週火曜・水曜 ※2月11日(火・祝)は開館いたします
メイン会場 入場料:一般 500円/沖縄県内在住者 300円/高校生以下 無料
会場:沖縄県本島北部地域の各会場
大宜味村立旧塩屋小学校(大宜味ユーティリティーセンター)/大宜味村喜如嘉保育所/やんばる酒造/オクマプライベートビーチ&リゾート/辺土名商店街/オリエンタルホテル 沖縄リゾート&スパ/カヌチャリゾート/名護市民会館前アグー像/沖縄美ら海水族館(美ら海プラザ)/BEB5沖縄瀬良垣 by 星野リゾート/ホテル アンテルーム 那覇

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