バイク少年の楽屋事件簿その5
【正月の謎の動画事件】

バイク少年の楽屋事件簿

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

「いや……これどういうこと?」

「こんなことある!?」

「こわいこわいこわい……」

楽屋に居合わせた一同が放ったこの言葉達が、なにを意味しているのか。

それは正月の平和な楽屋で起こった、不可解な事件だった───。

「おはようございます!」

「おはようござますー! 」

「あけましておめでとうございます今年もよろしくお願いいたします」

「あ、あけましておめでとうございます今年もよろしくお願いします」

2025年、新年の最初5日くらいまでは、楽屋でこのやりとりがとにかく交わされる。

吉本の劇場は基本、年末年始フル稼働。

よって、正月休みを特にとらず、年末年始も劇場稼働がある芸人達は、至るところでこのやりとりを言葉にする。耳にする。連呼する。

良いか悪いかは置いといて、やりとりをしすぎて後半早口になっている者もしばしば。

もちろん、社員さんや裏方さんともとにかくこのやりとり。

大晦日の12月31日に「良いお年を」と別れた者と、1月1日に会い「あけましておめでとう」と言い合うこともある。

もっと言うと、カウントダウンライブをした者達などは、ライブ中に「おめでとう」。ライブ後にまた一応の「おめでとう」。

そして1月2日くらいにまた顔を合わせ「おめでとうございま……あ、いや、言いましたねこないだ」みたいな、“おめでとう言ったか言ってないか言いすぎて忘れる問題”もたまに起こる。(そこまで問題ではない)。

本当に恐ろしいのは、けっこうな目上の先輩に“おはようございます”というファースト挨拶を、言ったか言ってないか忘れたので勇気を出して言ってみたら「いや、さっき挨拶したやん」と言われてしまう問題、が楽屋では稀に起こるが、それはまた別の機会に。

───前置きが長くなったが、要は今年の正月のお話。

この日、バイク少年ことBKB中年は、1月2日にルミネ劇場の出番を入れてもらえていた。

入れてもらえていた、とここで表現をしたのは、本人にとってルミネの新年一発目(ルミネは1日は休館日なので実質一発目)の興行に出演できることを、名誉に思っていたからだ。

上京して十年あまり。数多存在するよしもと芸人において、正月興行に組み込んでもらえるのは一定の盛り上げ芸が認められたとも言えなくもない。

ともに同じ上京仲間のTheおめでたい芸人、すゑひろがりずの二人も同じ出番だった。

「嬉しいね、正月ルミネ入るのは」「そうですよね、ありがたいすね〜」と楽屋で共感を擦り合わせる。

BKBがすゑひろがりずの二人に「せっかくだし、めでたい正月ぽい写真をロビーで撮ろうよ」という普段はあまりしない提案をした。

後輩にあたるすゑひろがりずは二つ返事で「もちろんです。じゃ衣装に着替えますね」と優しく答える。

割と大層な着物衣装のため、本当は着替えなども面倒かもしれないのに、すゑひろがりずは本当に優しくBKBの提案を受け入れてくれた。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

他にも、正月ならではの嬉しいこととしては、楽屋に豪華なケータリングが登場することだ。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ネタをして、寿司を食べ、楽屋でだべり、ネタをして、寿司を食べ、楽屋でだべる。

最高の繰り返し。

正月にゆっくり休めてはいないものの、やはり新年ズハイとでも言うべきか、どこか浮足立った楽しい空気が楽屋に充満していた。

そんな折、事件は起きた───。

事の発端は、BKBがなんの気なしにLINEメッセージでの“あけおめ”挨拶について言及したときだった。

BKBの隣席には、ニューヨーク屋敷、そのまた隣にはすゑひろがりず三島がいた。

「あけおめLINEてさ〜、まあいいねんけど、ほんまにこれしかやりあってない関係性の人おるやん?あれ、どういう感覚なんやろな」

BKBが、何年も会ってないのにあけおめLINEだけしてくる人に対してやや辛辣とも言える言葉を放った。

「あるあるっすよね。言葉変えてるならわかるけど、昨年もお世話になりました、とかの定型文は会ってない人に送らんほうがええですよね」と屋敷もやや賛同する。

「僕はそんなLINEすら来ないですけどね」

三島が、論点とは違う寂しいスタンスをとる。

ここまでは、そんなたわいのないやりとりだった。

BKBがさらに続ける。

「あとさ……これちょっと見てほしいねんけどさ、親とかあけおめメッセをさ、動画で送ってくるのよ」

「え?動画?わざわざ撮って?」

「いや、違う違う、なんかどっかからダウンロード?したみたいな2分くらいの動画」

「ん?待てよ……いや、ちょっとそれ見せてください」

穏やかに聞いていた屋敷の顔つきが曇ったのをBKBは見逃さなかったが、取り急ぎその動画を見せた。

それは、オレンジのまばゆい光に包まれた列車が『まもなく次の駅、2025年駅に到着します』というテロップとともに、心地よい音楽が流れ、なにやら“いい感じ”に編集された動画。

どこの誰がつくったのかもわからない、ただ“なんかいい感じ”の動画。

「これこれ、なんかいい感じのさ…」

BKBがそう言いかけた刹那、屋敷が吠えた。

「俺もきてたあ!おかんから!これ!」

「え!?マジ!?」

「マジっす!まっっったく同じやつ!」

「すご!」

まさかの動画かぶり。

やはり先ほどの屋敷の違和感はこれだった。

母親からのそんなネット拾いのような動画を、しっかりと見てはいなかったので、すぐには思い出せなかったようだ。

屋敷がすぐさまスマホをスライドして、母親のメッセージを開く。

静かに流れる、2025年駅列車動画。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「はははは!」

「これかぶるんおもろ!あはは!」

BKBと屋敷が笑い合っていると、気配を消していた三島が口を開いた。

「……待ってください……それもしかしたら僕にも、きてるかもです……」

「「え!?」」

まさかの告白にBKBと屋敷の、驚嘆ユニゾン。

スマホをスライドする三島。

なぜか謎の緊張感が走る。

「……あった、やっぱり!」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「いや……これどういうこと?」

「こんなことある!?」

「こわいこわいこわい……」

一同に、状況のおもしろさと同時に、ミリ単位の畏怖が入り混じる。偶然にしては出来すぎている。

住んでいる場所、環境、年齢、性格、すべてが違う“おかん”の挨拶動画が、こんなにかぶることがあるのか?

知らないところで“おかん挨拶動画ダウンロードサイト”が流行っているのか? 

すぐさま屋敷がこのことをX(旧ツイッター)でポストしたところ、すさまじい反響があった。

やはりそこには「わたしも親からきた!」「おれもきてます!父親からだけど!」「わたしおばあちゃんからきてた!」などのコメントで溢れていた。

BKBが母親に確認すると『同世代の友達から送られてきた』動画だそう。

どうやら一定の世代に、爆発的に出回っているフリー動画のようなものだった。

なかなか会えない息子や娘、友人などに、“いい感じの動画”を、節目に送る。

この“親世代”にのみ出回っている感じがなんとも愛らしい。

これは、優しいチェーンメールだ。

と───ここでこの事件は終わるはずだった。

「あの〜、なんか盛り上がり終わったところ、今さらで恐縮なんだけどさ〜……」

そこに現れたのは、この三人より先輩にあたる、ザ・パンチのノーパンチ松尾さん。

妙にへりくだった先輩の声かけに違和感をもつ3人。

「ん?どうしたんすか松尾さん?」

「俺も……おかんからきてたよ……」

「「「えーーー!!!」」」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

もしかすると、ルミネのすべての芸人に来てたのかもしれないが、それはあまりに恐ろしいので調べることはしなかった。

来年は、あなたの元にも幸せの列車が、到着するのかもしれない───。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

【完】

関連記事

関連ライブ配信

関連ライブ