ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」待ちに待ってた二人の男

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

待ちに待ってた二人の男

1月27日、金曜日。午後7時30分。

寒い。ヒートテックのタイツをはいて出たのに、寒すぎて震える。

とん水に到着。なんとか間に合った。

カウンターの一番奥の、壁際の席に座る。しょうが焼き定食を食べようと思っていたけれど、カキフライがあることに気づいてカキフライ丼を注文する。

店内には、僕を含めて五人の客。テーブル席に二人、カウンターに三人。

となりの席に座る女性は、もうあきらかにそわそわしている。わかる、僕もこの日を心待ちにしていたから。なんせ三年ぶりだ。

テーブル席の二人は、これから何が起こるか知らないみたいだ。僕と逆サイドの、入り口に一番近いカウンター席に座る女性は昔から見かける常連。彼女は、これから何があるのか知っているけれど気にしない、といった感じでいつもどおり落ち着いている。

「はい、カキフライ」

お父さんがカウンターの上にどんぶりを置く。

「もうすぐ烏天狗さん来るから、ゆっくり食べて待っててね」

お母さんが添えた言葉に、テーブル席の二人はぎょっと驚いた表情で反応する。やっぱり知らなかったようだ。

「この前、飲みに行った先で烏天狗のおつきをするっていう酒屋さんに会いました」

僕が話すと、お父さんは笑いながら

「それ、タロウくんだ」

と、こぼした。どうやら知り合いの息子さんらしい。

三年ぶりの天狗まつり。今夜は、これから烏天狗道中前夜露払いの儀が執りおこなわれる。

烏天狗様と山伏と福助の一団が、一番街商店街のいくつかの店を訪れて豆まきをするのだ。ホームページによると、午後8時から。店は、とん水がスタートだった。

午後7時50分。カキフライ丼を食べ終わったタイミングで、男性が入店してきた。

見覚えのある顔。タロウくんだ!

「お食事中のところ失礼します。これから豆まきをおこないます。今日は特別にみなさんに豆もお配りしますので、邪気を払っていいものをいっぱい吸収して帰ってください。あと、こちらに第91回下北沢天狗まつりグッズがあります。たいへんご利益があると伝え聞いておりますので、もしご興味ありましたらご購入ください」

「やったー!」

となりの席の女性が立ちあがる。僕もつられて立ちあがる。まるでライブが始まるみたいだ。

烏天狗様の顔が付いたストラップと、鈴が付いた羽うちわと、ますに入った福豆を買う。

「あなたずいぶん奮発するじゃない」

お母さんが手をたたいて笑う。

突然、店の外から地をはうような太鼓の音が。

「こんばんは」

福助、山伏が列をなしてぞろぞろと入ってくる。そして、最後に黒装束に身を包んだ、自分の背よりも大きな錫杖を手にした烏天狗様が入ってきた。

ドアの前に無言で立つ烏天狗様。三年前に見たときよりも、少し小柄になられたような……。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

「福は内! 福は内! 福は内!」

いっせいに豆がまかれ、みな歓声をあげる。烏天狗様は微動だにしない。

「とん水さんの一年の商売繁盛と、ここにいらっしゃるお客様の一年間のご多幸を祈念いたしまして、一本締めで締めさせていただきます。それではみなさま、お手を拝借! いよおおお!」

パパパン! パパパン! パパパン! パン! 手拍子と柏木の音が店内に響きわたる。

「ありがとうございましたあ」

身動き一つしなかった烏天狗様は、とん水のお父さんとお母さんに軽く会釈して店を出た。

僕も会計して店を出ると、雪が降っていた。どおりで冷えるわけだ。

烏天狗様のご一行は、まだ商店街を歩き始めたばかりだった。鳴り響く太鼓と鐘とほら貝の音を聞きつけて、店から人が飛び出してくる。

たまたま商店街を歩いていた人たちも、烏天狗様を見つけて、みな一緒について歩く。人数がどんどん増えていく。

動画でも撮って彼女に送ろうかな。スマホを取り出して撮影しようとすると、となりによく知った顔。

後輩のザ・プレジデント石井だ。彼とは、一昨日の夜もシモキタで二人で会っていた。

「何してんの?」

「今日から天狗まつり始まるんで観に来ようと思いまして」

この前はおたがい天狗まつりの話なんていっさいしていなかったのに、二人とも今日を楽しみにしていたんだ。そう思うと、うれしいような恥ずかしいような。

烏天狗様は雪の降る中、下駄を鳴らしてゆっくりと進んで行く。

「車、通りまあす!」

福助の声を聞いて、みなと一緒に車をよける烏天狗様の姿はかわいらしかった。

また来年も会えますように。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。