ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力
「シモキタブラボー!」真夜中の屋上

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

真夜中の屋上

シモキタにこんな場所があるなんて知らなかった。いや、知らなくて当然か。ここは本来僕みたいな部外者が入っていいところではないのだから。

目の前に広がるまばゆい夜景に息を飲む。左から新宿、渋谷、六本木。

24時をまわっているのに東京タワーはやさしいオレンジ色の光を放ち、蜃気楼のようにゆらめいていた。

「東京タワーって24時に消えるんじゃないんですか? もう25時ですよ」

「明日、祝日だからまだ光ってるんじゃない?」

「へええ、そういうのがあるんですね。知らなかったです」

10代のころ、40歳になったら自分みたいな人間でもさすがに大人になっているだろうと漠然と思っていた。でも、現実は全然そんなことなかった。

今年45歳になるのに、知らないことばかり。おまけに生活も20代のころとほとんど変わっていない。

昨年4月1日から成年年齢が20歳から18歳になったというニュースを知ったとき、18歳を大人として扱うのは早いんじゃないかと思った。それは未熟だからという理由ではなく、単に自分だったら嫌だなと思ったからだ。

僕は44歳になっても大人になりきれていない。18歳から大人として生きないといけないなんて、僕にはできない。

24時になったら途端にとけてしまう魔法のように、40歳になったことで失ったものはあっただろうか。愚問だ。何も変わらなかった。

突然はっとする。この「何も変わらなかった」と言っている鈍さこそが、若い感受性を失った証なのかもしれない。

「昼は晴れてたら、あっちに富士山も見えるんだよ」

きらめく夜景をぐるっと見わたし、反対側の真っ暗な空を眺める。夜中だからどれだけ頑張っても富士山が見えるわけなんかないのに、そちら側の柵まで二人で移動する。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

心地いい夜風がほおをなでる。

「ここに連れて来たの、女の子以外で君が初めてだよ」

いま僕は、さっき出会ったばかりの中年男性に連れられて、彼が住むマンションの屋上にいる。

嘘みたいなシチュエーションに、まるで告白のようなセリフ。しかし、それが変な意味ではないことはわかっている。

本人も口にしたら急に恥ずかしくなったんだろう。すっとその場を離れ、さっきまでいたあたりに戻って行った。

彼の名は、ゴリさん。大柄でがっしりとした体格。年齢は僕よりいくつか年上だと言っていたから、たぶん50歳くらい。

こんな状況、普通じゃありえないよな。さっき二人でエレベーターに乗り込んだときにしみじみ思った。

いつものように魔人屋に行くと、カウンターがいっぱいだったのでテーブル席についた。すると、店主のポコさんが

「ここ座りなよ」

と、客に荷物をどかすようにうながしてカウンターに席をつくってくれた。

その荷物をどかしてくれた客がゴリさんだった。「ゴリ」と書かれた喜界島のボトルが目に入る。僕は彼のとなりに座り、コロナビールを注文した。

それから3時間後、僕は彼のマンションのエレベーターに乗っていた。そして、4階建てのマンションの屋上に。

高さのあるマンションではないのに、こんなに見晴らしがいいのは土地自体が高い場所にあるからだろう。きっと日の出も、夕焼けもきれいに見えるに違いない。

もし僕がこのマンションに住んでいたら、毎晩屋上にあがって東京タワーを眺める。もし僕がこのマンションに住んでいたら、休みの日はずっと屋上にいる。もし僕がこのマンションに住んでいたら、年に一度は屋上でキャンプする。もし僕がこのマンションに住んでいたら、風呂あがりに屋上で缶ビールを飲む。もし僕がこのマンションに住んでいたら、毎朝屋上でラジオ体操をする。もし僕がこのマンションに住んでいたら、僕も屋上の夜景を友だちに見せてあげる。

うらやましすぎて、妄想が止まらない。妄想とともに、酔いもずいぶんまわっているのがよくわかる。店を出る直前にごちそうになった喜界島のロックがきいている。

「ありがとうございました。そろそろ行きます」

ゴリさんと東京タワーにお礼を伝え、屋上をあとにする。

帰宅して、東京タワーが24時をすぎても点灯していた理由をネットで調べてみたけれど「翌日が祝日の場合は午前0時をすぎても点灯している」みたいな記述は見つけられなかった。出てくるのは、東京タワーが消灯する瞬間を一緒に見たカップルは永遠に幸せになれるという都市伝説ばかり。

なんで消えていなかったんだろう。まさか幻を見ていたんだろうか。

でも、二人で見ているときに消えなくてよかった。

いや、あのマンションに住めるのならそれもいいかも。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が2022年10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日

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出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。