今回で11回目を迎えた「フジパンPresents 淀川寛平マラソン2023」が12月16日(土)、17日(日)に開催され、メインホストの間寛平のほか、多くの芸人、タレント、アスリートらが参加して大会を盛り上げました。芸人たちは各部門のレースにも参加。市民ランナーと一緒に淀川沿いを駆け抜け、大会を存分に楽しんだ芸人らの声を集めました。
上から目線で「ほっこりするイベント」
初日のウォーク部門は、一緒に歩きながら生まれるタレントたちと参加者との“交流”も醍醐味です。2年連続で参加したタレントの福本愛菜は、感慨深げにこう語ります。
「去年一緒に歩いた子どもが、今年は少年になっていてスタスタと歩いていて、子どもの成長を親戚のように思えました」
同じくウォーキングに参加した石田靖も、78歳のおじいちゃんが石田より先にゴールしたというエピソードを明かし、「みんなが参加しやすいのがええなと思う。おばさん2人がずっと喋りながら、なに喋ってんのかなあって思って聞いたら、墓じまいの話しとったわ」と笑わせました。
麒麟・田村裕は「歩くだけでもすごい気持ちよかったです。より大阪が好きになりました。皆さん写真撮ったりとか、好奇心もうかがえて、楽しかったですね」と話し、「歩いているといつの間にかチームワークができて、最後には家族みたいになって一体感がありました」と振り返りました。
サバンナ・八木真澄はウォーキング中に「探偵!ナイトスクープ」(ABC)に出演した小学生と出会ったというエピソードを披露しながら、「寛平師匠も田村も、石田さんも(探偵を)してたでしょ。このイベントはほぼナイトスクープですね」と話しました。
生ファラオ・石川は「思ってたよりも足にきましたよ。ちょっとなめてました」と反省しながらも、「天気もちょうど涼しくて、いろんな景色を見ながら、ちょっと喋りながら歩けて楽しかったです」と笑顔。相方の東武志も「子どもと一緒に歩いたりとか、大人の方からも『見てるよ』って言ってもらったりとか、めちゃ楽しかったです」と振り返りました。
一方、スマイル(瀬戸洋祐、ウーイェイよしたか)はキッズランの部門に参加。瀬戸は「3キロを3、4年生と一緒に走りましたが、みんな真剣に走り、友だちに声をかけ合い、ほかにない空気感があるマラソンだと思いました」とコメント。よしたかは「走るのは苦手だけど、芸人さんが一緒だから参加したという女性の方もいました。ほっこりするイベントだと高く評価しています」と、なぜか“上から目線”でした。
バイク川崎バイクは「この大人、誰? テレビ出たことあんの? と生意気なことを言われました」とボヤキ節。それでも、「あっちこっち外れて走っていたけど、このマラソンに出るだけえらいと思いました」と子どもたちを称えました。
ギャロップ・林は体力の限界!!
2日目のハーフマラソンに参加したフルーツポンチ・亘健太郎は「寒いなか、がんばりました! 途中の向かい風と坂がきつかった」と振り返ります。
ピン芸人のキャツミは、スケジュールでは「5キロ」と書いてたのに、現場に来てみたら「ハーフマラソン」だったとか。「途中、手をつないでる夫婦に抜かされていくのが悔しかった」と話すと、亘が「いいじゃない。それが寛平マラソン」と大会の魅力を語りました。
10キロを走り終えたギャロップ・林健は、前日にナインティナイン・矢部浩之主催のサッカー大会「やべっちカップ」に参加したため、体力的にツラかったとのこと。「45歳にもなって走れると信じてすみませんでした」と“謝罪”していました。
フルーツポンチ・村上健志は「天気がよくて、皆さんに声かけていただいて、最高のランになりました」と笑顔。スーパーマラドーナ・田中一彦は「久々に走ったので楽しかったです」と話しつつ、母親が見に来ていて「走りなさい」と怒られた、という微笑ましいエピソードを披露します。
ヒザへの負担が大きかったという田津原理音は「皆さんがいないと、ヒザが爆発してなくなって、身長も低くなってたと思うんで、皆さんのおかげで最後までがんばれました」と沿道の応援に感謝します。来年2月に開催される大阪マラソンにも出場予定で、「ホンマにヤバい!」と危機感を露わにしました。
5位に終わった芸人最強チームが土下座!?
150チームが参加した注目の駅伝(5区間)部門では、昨年優勝した「吉本芸人最強チーム」が、まさかの5位に。アンカーのげんき~ず・宇野けんたろうが、泣きながらゴールしました。
というのも、負けたら宇野の愛車・ベンツを優勝チームにプレゼントしろ、というフリがチームメイトからあり、事前に報道も。そして優勝したのは、その名も「ベンツください」というチーム。
1番手だったランナーズ・がんばれゆうすけは、「速いチームが多いと聞いていたので、自分が走る1区はトップが見える位置でタスキを渡した」と自分の走りを振り返ります。
十手リンジン・十田卓も「宇野さんは泣かれてますが……」と前置きしてから、この日はホメてあげたいと思います、とやはり自身を評価。相方のエナジー西手は「今年、むちゃくちゃ速いチームが多くてビビりました」と振り返りつつ、「宇野さんのベンツがかかってるのは、どうでもよかったんですけど」と話します。
さらにアーネスト・門野は「宇野くん、こんなに泣いてますけど、帰ってきたとき(次走者のスタート地点に)いなかった」と暴露。宇野は「こんなに早く帰ってくると思わなくて、気づいたら目の前にいて……」と弁明します。
その宇野は、ベンツがかかったストレスからか、大会前に40度近い熱が出て、練習できたのは3日前からだったとか。最終的に「あげるなんか言ってない。あげるわけねぇじゃん!」と絶叫したうえで、「本当に申し訳ありません。来年リベンジさせてください」と土下座で懇願しました。
駅伝失格は「名誉あること」
MBSテレビの「痛快! 明石家電視台」のチームは、次長課長・河本準一、アインシュタイン(稲田直樹、河合ゆずる)、山崎香佳(MBSアナウンサー)、 山本真菜(番組スタッフ)という5人のメンバー。アンカーを務めたアインシュタイン・稲田が途中でコースを間違えて、反対方向からゴールに向かうという“珍プレー”で失格処分となりました。
失格についてなぜか「名誉あること」と胸を張る河本は、その理由を「(明石家)さんまさんから1位か最後か、と言われているので」と明かします。失格の原因となった稲田は、「ゴールと逆から来たときのみんなの顔が忘れられない……一生の思い出です」と話しました。
コースを間違えた理由については、「折り返したところからわからなくなって、向かい風が強くて……」と説明すると、相方の河井が「たんぽぽの綿毛やん!」とツッコミます。
山崎アナは「私のところで体感100人くらいに抜かれて……」と苦笑い。しかし、「どうしようと思ってたら河本さんもすごく遅くて、稲田さんどうなるんだろうと思ってたら、想像以上に早く帰ってきて何があったんだろうって」と最後のシーンを振り返りました。
来年は来場者数5万人が目標!
寛平マラソンの会場には、2日間で過去最大の4万3800人が訪れました。終了後に寛平は「11年目ですけど、今回、めちゃめちゃよかった。本当にうれしかった」と満足げな表情を見せます。
10キロ部門に出場したあとに、ステージで寛平マラソンのテーマソング『前へ ~My way~』などを熱唱したファンキー加藤は、「寛平マラソンでランナー同士が声を掛け合う姿が、見ていて美しい光景だなと思う。それを芸人のみなさんが率先してやることで、大きなパワーを生んでいると改めて思いました」とコメント。
今回、アメリカから一時帰国して参加したたむらけんじは、「芸人たちとのやりとりがすごく懐かしいなと思った」と明かしながら、「ホンマに俺、さみしかったんやなって」としみじみ。そんなたむけんに、寛平は来年の参加もオファーしていました。
そして寛平が「来年の来場者数5万人」という目標を掲げて、2日間にわたる大会は終了しました。