バイク少年の楽屋事件簿その9
【ボツ事件簿の変】

バイク少年の楽屋事件簿

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

JR新宿駅南口の改札を出て、数秒ほど歩くと「LUMINE 2」という、主にアパレル系ブランドの店が数多く入居するファッションビルへとたどり着く。バーゲンシーズンなどは、オープン前から外に行列をなしている人たちで賑わっている場所だ。

そのビルを7階まで上がったとある一角。そこは流行りのファッションアイテムを求めてきた人たち、ではなく、多様な笑いを求めてきた人たちで賑わっている。
そう、2001年にオープンしたお笑いの劇場「ルミネtheよしもと」だ。誰かが誰かを笑わせ続けて、はや四半世紀。

BKBこと、バイク川崎バイクこと、バイク少年(以下BKB)は、そんな歴史溢れるルミネの楽屋で巻き起こる様々な光景を、ここ10年ほどではあるが目の当たりにしてきた。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

本公演と呼ばれている通常ネタライブ時においては、自身のネタ出番以外は自由時間のため、各々が各々の過ごし方を選ぶ。
楽屋の過ごし方には個人差がある。
中身がありそうでなさそうな適当なお喋りをする者(BKBやライス関町など)。ストイックにネタを書く者(NONSTYLE石田など)。隙あらば外に繰り出す者(ミキ昴生など)。スマホでなんらかの画面を眺め続ける者(さや香石井など)。とりあえず寝ころぶ者(ネルソンズなど)。そして───事件を起こす者。

この事件簿では、これまでにも様々な事件を紹介してきたが、今回はそんな中でも「事件になりそうだけどならなかったボツ事件簿」をいくつか紹介したい。

『ボツ事件簿その1』
〜ロングコートダディ兎の大勘違い事件〜

ある日の楽屋。時刻は正午を超え、皆が昼食をとるため外出したり、出前をとったりしていたときのこと。
BKBはネタ出番を終え、誰か後輩を昼食に誘おうとしていた。
ちょうど楽屋に、ロングコートダディのセンスメガネこと堂前がいたので、ふらっと声をかけた。

「堂前、なんか食べた?腹へってる?なんか予定あったら全然あれだけど」

一昔前の、良くも悪くも縦社会の文化が強かった頃は、先輩の飯の誘いには、例え腹がへってなかろうが「へってます!いけます!」と答えていた時代もあったらしい。
だが今は個人が尊重される時代。「全然いけたらでいいのだけど」のスタンスで、BKBは声をかけた。
すると堂前が「あ、いけますよ。あざす」と二つ返事。言われたBKBも、ほっと胸をなでおろし、なにを食べようか相談しようとした。そのときだった───。

「あれ、堂前、さっき飯食ってなかったけ?」

堂前の相方であるファニーぽっちゃり芸人こと、兎が会話に入ってきた。
その言葉を聞いたBKBは困惑した。
堂前はまさか───すでに食べていたのに、もうお腹は減っていないのに、先輩の自分に気を使って「いけます」と言ったのではないのか? そんなに気を使わせてしまっているのか? もう食べているなら全然断ってくれてもよかったのに。刹那にそんな思いがよぎった。
しかし、続けて放った兎の言葉で、楽屋に戦慄が走ることとなる。

「あ、ちがうか。食ったのオレか」

意味が、意味がわからなかった。
よくよく話を聞くと、堂前を横目に楽屋で飯を食べた兎は、なぜか堂前も食べていると思い込んだらしい。説明を聞いてもやはり意味がわからなかった。時代や国が違えば、この虚言はきっとなんらかの事件になっていたことだろう。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

***

『ボツ事件簿その2』
〜アインシュタイン稲田先走り事件〜

ある日BKBが楽屋で、後輩にあたるアインシュタイン稲田から、とある相談を受けていたときのこと。

「バイクさん〜。昨日、喉やってしまって……声出せないす。きついすね。どっかいい病院ないすかね?」
「わ、すごいな稲ちゃん。ほんまやな。声やばいな。まあやばいの声だけちゃうけど」
「どういうことやチビ……うう、ノリするのすらキツイっす……」
「や、ごめんごめん」

出典: FANY マガジン
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“喉をやる”というのは、芸人はよく使う表現で、要は声を出しすぎ掠れてしまっている状態のこと。
確かに、この日の稲田の声は弱々しかった。BKBもベースは大声を発する芸人のため、しばしば喉を痛めてしまう。なのでボイスクリニック的な病院をいくつか知っていた。

「ここの病院がすごい早めに治してくれるとこだけど……」

BKBもお世話になったことのある、プロの声優などからも支持されている、とある病院を稲田に提示した。
稲田は喜び食いつき「うわ!今すぐいきます……!」と言いながらスマホで病院のホームページを確認しだした。

しかし、BKBは一抹の不安がよぎった。今からはさすがにいけないのでは……?
いくらネタ出番の合間に時間があるといっても、せいぜい90分程度。紹介した病院は新宿から割と距離がある。待ち時間もあるだろう。行って、診てもらって、帰ってくるのに2時間強はかかるはずだ。

「いや、さすがに今からは……」

そう言いかけたBKBの目の前にもう稲田はいなかった。と思いきやほどなくして、また楽屋に稲田が戻ってきた。
そして「電話しますね」と病院のホームぺージから電話をかけ始めた。なにやら迅速に動いてはいる。
「あ、もしもし……あの、すみません。初めてなんですが今から喉を診てもらいたくて、予約とかできますか?……はい。……はい。なるほど。一時間くらい待ったら……わかりました。……また後日いきます───。バイクさん。混んでてすぐは無理でした。へへ」

やはり無理だった。ルミネから片道30分以上かかる病院に、出番合間に行こうとするのは無謀な話だ。
そうこうしていると、ルミネの劇場スタッフが楽屋にやってきて、稲田に声をかけた。

「稲田さん、タクシーまもなく着きます」

BKBは耳を疑った。逆算したら絶対間に合わないはずなのに、タクシーをすでに呼んでいただと? これはどうするの? 乗るの? 乗ってどこに行くの?

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「先走りました。タクシーキャンセルお願いします。どこにもいきません。すみませんでした」

深々と頭を下げ、かすれた声で謝罪をする稲田を責める者は誰もいなかった。
その後、文字通り声を振り絞り、ステージに立ち、しっかりと笑いをとっていたアインシュタイン。
もしなにかの間違いで病院に向かってしまっていたら、出番に間に合わず、それこそ事件になっていたことだろう。

***

『ボツ事件簿その3』
〜怖い社員食堂事件〜

まずはこちらの写真をご覧いただこう。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

これは出番合間に、ルミネビル社員食堂の屋外スペースでランチタイムと洒落込んでいる芸人たちだ。
BKB、ヘンダーソン中村、ネルソンズの和田まんじゅうと岸、そしてマヂカルラブリー村上。

BKBからすれば全員気心の知れた後輩たち。
昼食に誘うと皆、二つ返事でつきあってくれた。

だがこの、なにげない写真───なにかお気づきになられただろうか……?

まずBKBのこの表情。基本笑顔で撮るのが好きなBKBだが、このときばかりはなにやら絶妙な表情を浮かべている。これにはいくつかの理由があった。

よく見ると、右の二人には皿がない。
そう。村上と岸はなにも食べていないのだ。ではなぜここに来たのか。理由は「暇だからついていきます。腹へってないので食べないですが」という恐ろしい事象が起こっていたのだ。

奥の和田まんじゅうには違和感はないように思われる。
がしかし、和田まんじゅうを飯に誘ったときの会話のやりとりをご覧頂きたい。

「まんじゅうお昼食べた?」
「えと、朝飯は食べたんでそんな腹へってないですが、行ってもいいすか?食べれるっちゃ食べれます」
「全然いいよ。行こう」

妙な会話ではあるが、恐ろしいのはここからだった。なんと和田まんじゅうは、凄まじいスピードで丼をかっこみ、いの一番に食べ終わったのだ。
まったくもって「食べれるっちゃ食べれます」の食いっぷりではなかった。「3日ぶりの飯ですわ」のような食いっぷりに、BKBは意味がわからず恐れおののいていた。

さらにヘンダーソン中村はこのすべての違和感たちをまったく気にしていなかった。その大らかさにBKBは畏怖の念を覚えたのだった。

───以上ボツ事件簿の変でした。

目を凝らすと、みなさんの周りでも常になんらかの事件は起こっている、かもしれない。

【完】

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