先月の参院選の結果を受けて、なんだかSNS界隈では社会思想が『保守の人』や『リベラルの人』を指すネットスラングが飛び交っています。個人的にその言葉が好きではないのでここでは使いません。なんか、いい大人がお互いを馬鹿にし合ってるみたいで嫌なんです。別に仲良くする必要はないけど、嫌いなら無視でいいじゃんって思っちゃうんですが、そうもいかない事情がありそうです。
ということで今回は、保守とリベラルの歴史を遡って、なぜこの2つの思想がいがみあってるのかを探ってみたいと思います。

そもそもこの思想がいつどこで生まれたのかというと、18世紀末のフランスです。18世紀末のフランスといえば『フランス革命』が起こった時代です。
当時のフランスは絶対王政で、市民は非常に苦しい生活を強いられていました。かの有名な「食べるパンがなくて市民が困ってる? パンがないなら、ケーキを食べればいいじゃない」の時代です。どうやらマリー・アントワネットはこのセリフは言ってないらしいんですが、時代をわかりやすく表す言葉として使用させていただきました。なんせ市民はすごく怒っていたわけです。
革命の結果、絶対王政が倒され、国民議会によって封建制の廃止が宣言されます。封建制というのは、とにかく土地持ってるやつが偉くて、そこに住んでる人は土地持ちの言うこと聞かないとあかんよって感じの制度です。これを廃止し、そして
『人は生まれながらにして自由であり、権利において平等である』
という『人権宣言』が発表されます。当時のフランスなどの絶対王政を敷いている国では、それを正当化する理論として、
『国王の権力は、神から直接与えれたものだから、国王は神に対してのみ責任を負う』
という『王権神授説』というものがありました。これを真っ向から否定したわけです。
これらを踏まえて、フランスでは新たな憲法を制定することになるわけですが、ここある議題が問題となり大揉めすることになります。それは、議会が決めた法律に対して国王は拒否権を持つべきか?という問題と、一院制にするべきか、二院制にするべきか?という問題です。つまり、絶対王政が倒れた後も、今までどおり国王に権力を与えて、貴族院のある議会を作ることで、聖職者や貴族たちの特権を認めるかどうかということです。
「え? せっかく革命を成し遂げたのに?」
と思われたかもしれません。ただ、議会には『革命を起こした側』と『革命で倒された側』の人がいて、革命で倒された側は、倒された元々の社会制度をある程度復活させたいと思っていたわけです。そりゃそうです。一気に社会が変わったら、自分たちの立場もどうなるかわからないわけですから。
「いきなりガラッと変えたら社会が混乱するやん! だから国王の権力も制限するし、聖職者も貴族も議会で監視できるようにするってことやん!」
と、旧体制を守ったのです。それに対して革命を起こした側は、
「いやいやいや! それをぶっ壊すために革命起こしたんやから認めるわけないやん!」
と言います。そりゃそうなりますよね。そのためにたくさんの血を流したんですから。この問題に対しては非常に激しい議論が展開されていきます。そして、ある時からこの2つの派閥は、議会の左右に分かれて座り始めました。
議長から見て右に旧体制派、左に革命派、どちらでもない人が真ん中に座りました。これが『右翼』と『左翼』の起源といわれています。右翼は『右派』や『右』ともいわれます。左翼も同様です。
そして現代の日本では右の人を『保守』、左の人を『リベラル』といいますね。

ここで個人的な感覚なんですが、保守の『右』はなんとなくわかるんですが、リベラルの『左』はどうでしょう。左は革命派ですよね? けど、リベラルに革命派ほどの激しさを感じないのは僕だけでしょうか。っていうか昔は、『保守と革新』で対立してたはずなんです。いつ『革新』が『リベラル』に置き換えられたのでしょう? その辺りも見ていきたいのですが、その前に今までの話をまとめます。
右翼とは政治的な考え方において保守的な思想を持つ人々のことで、保守とは昔からの伝統や習慣、制度などを維持するべきという考え方のことです。
「これまでの伝統を“保”って秩序ある社会を“守”っていこう」で、保守ってことです。
経済面においては、私有財産や資本主義を主張します。資本主義の考え方から、支配階級の利益を重視する派閥とも言われます。
左翼とは政治的な考え方において革新的な思想を持つ人々のことで、基本的に人々の自由や平等を目指すために社会の変革が必要という考えを持っています。そのため社会主義や共産主義を支持する人々が多いです。
「古い社会制度を変“革”して、人々が平等に暮らせる“新”しい社会を作ろう」で、革新ってことです。
経済面でいうと財産の再分配などを主張するので、下層階級を代表する派閥と言われます。
これが初期の右翼と左翼の定義でいいかなと思います。もちろん異論は受け付けます。専門家ではないので議論はできませんが。すいません。

国や時代によって右翼と左翼の定義は異なるし、なんなら途中で変わっていったりもするので一概にはいえないのですが、とりあえず、基本的には『真逆の思想』という解釈で大丈夫だと思います。僕はそう思っています。
ここまで『派閥』と言ってきたのが、現代でいう『政党』となります。政党がとる政策を見てみると左の政党が右的な政策をとることもありますし、その逆もありますので、思想としては真逆ではあるけど、守備範囲はめちゃくちゃ広いわけです。なので極端に右・左に分かれてない右あるいは左『寄り』の人が出てきます。
右やけど左寄りな人を『リベラルな保守』、左やけど右寄りな人を『リベラルな革新』と呼んだりします。リベラルには色んな意味がありますが、ここでは『自由』という意味で使っています。最初のフランス議会でも真ん中の人がいましたもんね。なので、
革新・リベラル革新:リベラル保守・保守
というグラデーションができました。ここでの真ん中はリベラル革新とリベラル保守の間の『:』です。しかし、革新のリーダー格であったソ連が崩壊し、同じくリーダー格だった中国が極端な革新ではなくなったことで、
リベラル革新:リベラル保守・保守
という図式になり、極端な革新がなくなったことでリベラル革新とリベラル保守が集まり、その中でもさらに保守寄りの人は保守に合流したことで、
リベラル:保守
という今が出来上がったわけです。
はぁ、なんとかゴールできました。今回はフランスでの思想の起こりの部分は厚めに書きましたが、日本での思想の進化の部分には全く触れませんでした。なんでかって? 誰もが納得できる書き方が難しいからだよ! バカでごめんね!
けど今の状況に至るまでもかなり複雑に進んできた思想ではあるので、単純に良いか悪いか、正しいか間違ってるかでいがみあうのものではないんじゃないかなと思い、今回はこのテーマで書かせていただきました。拙文失礼いたしました。
※あくまでも本連載は個人の見解です。