ピストジャム初連載「シモキタブラボー! 」
「三体」インベーダーを探せ!

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
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イラスト:ピストジャム

#07「三体」

「剛くん、いきなりやねんけどさあ、インベーダー見たことある?」。言ってすぐ、自分の言葉が漫才の冒頭のようなセリフだなと思って少し恥ずかしくなった。「UFOじゃなくて? インベーダー? ……ないかな」。剛くんは、たばこの煙をゆっくりと吐きながら答えた。   

 東京はインベーダーに侵略されている。これは都市伝説なんかではない。事実だ。

僕が最初にインベーダーを目撃したのは、23年前。ちょうどシモキタ(正確には小田急線梅ヶ丘駅。下北沢駅から徒歩20分の物件)に引っ越してきたころだった。

場所は、中目黒駅前の横断歩道だった。改札を出て、蔦屋書店に向かって渡る横断歩道の脇に中央分離帯がある。そのコンクリート部分に、体がオレンジ色の一つ眼のインベーダーが立っていた。しかも二体。並んで。

道行くほとんどの人たちは、その二体のインベーダーに気づいていないのか、気づいているけれど興味がないのか、何ごともない様子で横断歩道を渡っていた。僕は、その光景を見て逆に驚いた。

確かにインベーダーの背丈は小さかった。二体とも15㎝くらい。単に気づいていない人もいただろう。でも、なかには気づいていた人もいたはずだ。なぜ誰も足を止めて見ようとしないのか不思議だった。

その二体のインベーダーは、実はずいぶん前からそこにいて、僕はたまたま今日気づいただけで、ほかの人たちにとってはすでに日常の風景なんだろうか。それとも、あれは僕にしか見えていないものなんだろうか。混乱した。

ただ、そのとき僕は、それがインベーダーだとはわかっていなかった。妖精か小人の類だと思っていた。そして、それはバンクシーと並び称される、あるストリートアーティストの仕業だとも知らなかった。僕が、あれはインベーダーだったんだと気づくのは、その数日後のことだった。

渋谷駅ハチ公口にある交番脇から、山手線の高架下にあるカレー屋に行こうとしたとき。ふと顔を上げると、交番と高架下のわずかな隙間の壁に、得体の知れないものが貼り付いていた。黒い体というか、黒い顔の部分から手足が二本ずつ生えていて、両眼は白かった。かたちは、子供のころになんとなく見た記憶のある『スペースインベーダー』というゲームのキャラクターのようだった。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

それを見た瞬間、直感的に中目黒で見たやつの仲間だと思った。大きさも、中目黒で見たのとほぼ同じサイズだった。

しかし、これもやっぱり僕以外誰も気づいていないのか、ほかに足を止めて見る人はいなかった。カレー屋から出てきた客が、僕に釣られてそれを見上げたが、一瞥してそのまますたすたと去っていった。嘘やろ。これ、俺にしか見えてへんのか。

僕は、そののち15年間に渡り、都内各所で次々とインベーダーを目撃することになる。新宿、原宿、恵比寿、広尾、代官山、六本木、三軒茶屋。行く先々でさまざまなインベーダーに遭遇するので戸惑った。しかし、いつしか僕は出先でインベーダーを見つけることが楽しみの一つになっていった。三軒茶屋のカレー屋の前で見つけたときなんか「よっしゃ」と小さくガッツポーズをしたほどだ。

このインベーダーたちはカレー好きで、カレーの香りに釣られて宇宙からやって来たんだと思うと笑えてきた。カレー好きのインベーダー。これは気が合う。

街に出たのに、インベーダーを見つけられずに帰宅したときなんか「うわあ、今日は見つけられへんかったあ」と肩を落としたりもした。「さっき寄ったパン屋、カレーパンが有名な店やから、もしかしたらあの店の上にも来てたかもな。もっとしっかり探せばよかった」などと悔やんだりもした。そして、「カレー好きやったら、なんでシモキタに出てきいひんねん」と思った。

まわりの人からしたら、つねにインベーダーを探して歩く僕の姿こそ気味悪かっただろう。僕は、インベーダーがひそんでいそうなところの見当がつくようになっていた。人と一緒に歩いていても、ちょっとしたビルの間や路地の前を通ると、毎回じろじろのぞいていたし、立ち止まるたびに目線を上にして、辺りをきょろきょろと見ていた。

ひとりのときなんて探し放題なので、ビルを舐めまわすようにじっくり上から下まで見たり、陸橋を見つけては側面をわざわざ両サイド見に行ったり、遠まわりになることがわかっていても通ったことのない道を選んで歩いたりしていた。

なぜここまでインベーダーを見つけることにハマってしまったのか。それは、このインベーダーたちには敵意がないことがわかったからだ。このインベーダーたちは、明らかに日本が好きで東京にやって来ている。その証拠に、必死なまでに東京の街に溶け込もうと努力しているのが見てとれた。いや、「溶け込もうと努力している」というのは、インベーダー側に寄り添いすぎた意見かもしれない。彼らは、ひと目でわかるほどの進化を遂げた。かなり大胆に、自分たちの存在をアピールするようになったのだ。

初めて見たときは、本当に控えめだった。誰にも気づかれないような、街角のひっそりとした場所にいるだけだった。しかし、それだと彼らもさびしかったのか、それとも見つからないことに味をしめたのか、だんだんとサイズが大きくなっていった。

広尾のワイン屋で見つけたときなんか、吹き出してしまった。インベーダーがワインボトルに化けていた。しかも、実物の4倍くらいのサイズに。ラベルがインベーダーになっていたので、僕はすぐに気がついた。でも、知らなければ「あら、火星のぶどうでつくったキングサイズのワインが出たのかしら」なんて思った人もいたはずだ。

サイズの次は、日本が誇る有名キャラクターに姿を変え出した。ドラえもん、キティちゃん、ピーチ姫。しかも、もう隠れてなんかいない。ちゃんと目につくような場所に現れて、行き交う人たちに「かわいい」と言ってほしくてたまらないという気持ちが、インベーダーたちからにじみ出ていた。

渋谷のタワーレコード近くの高架に現れた鉄腕アトムなんて、まあひどい。1m以上のサイズになっていた。「これ手塚プロダクションのオフィシャルか」と思うほどだ。サイズもでかいし、有名キャラやし。これでもかと言わんばかりに目立とうとしていた。

ほかにも、招き猫や赤富士など、日本人が好みそうなものにも変身して街に現れるようになった。手を替え品を替え、興味を引こうとする姿勢には感心すらした。

シモキタでインベーダーを発見したのは偶然だった。夕方、南口のみずほ銀行のATMから出たときに、何の気なしに伸びをした。すると、その視線を上げた先に『ドラゴンクエスト』に出てくるスライムに変化したインベーダーがいた。

僕は思わず「おおお」とこぼした。やっとシモキタにインベーダーが現れた。しかも『ドラゴンクエスト』のモンスターに化けたのは初めて見た。ああ、待ったかいがあった。きっとほかにもまだ何体かシモキタにいるはずだ。絶対に見つけたい。気持ちが高ぶった。

それから、ひとりでシモキタ中の路地という路地を歩きまわった。まず「劇」小劇場という建物の角で一体見つけた。これも見たことのないタイプだった。インベーダー自体は一体なのだが、ほかに青りんごと、あと一つ何かよくわからないものがくっ付いていた。DORAMAというレンタルビデオ屋の入り口では大物を発見した。インベーダーの形状をしたものの中では最大級のサイズで、色も赤と黄のツートンカラーだった。両眼は鏡面になっていて、街灯や店の明かりを反射して、きらきらと輝いていた。僕には、その眼が神社の御神体の鏡のように思えて、神々しかった。ああ、もう天にも昇る心地だ。

僕は、同期のオリオンリーグの剛くんにインベーダーの話をすることにした。夜中にもかかわらず、電話すると剛くんは「じゃ、外でコーヒーでも飲みます?」といつものセリフを言って、10分後にはヴィレッジヴァンガードの前で集合した。

おたがい自販機でブラックの缶コーヒーを買い、店の前のちょっとした階段に腰かけた。「剛くん、いきなりやねんけどさあ、インベーダー見たことある?」。「UFOじゃなくて? インベーダー? ……ないかな」。

僕は、すでにインベーダーが何体も東京にやって来ていること。そのおかげで、いままで何の意識もしていなかった平凡な街の風景が劇的に変わったこと。街を歩くという行為が、移動ではなく刺激的な娯楽になったこと。インベーダーを見つけたときの興奮、高揚感。インベーダーの特徴。目撃した場所。僕にしか見えていないものなのかもしれないと思って、いままで怖くて話せなかったこと。15年間、自分の中に溜め込んでいたものを洗いざらい打ち明けた。そして、今日シモキタで三体のインベーダーを見つけたことも。

すべて話し終えると、剛くんは鼻から煙を勢いよく出しながら立ち上がった。ゴミ箱に缶をがしゃんと入れ、「俺も見たいわ」と言った。

剛くんは、「おおおお」とまるで幽霊を見たかのようにおののいた。僕は、「この三体以外にも、まだシモキタにはインベーダーがいるかもしれない」と言った。

「ほかのも探そうよ」。剛くんは、自転車に乗って走り出した。

「あれインベーダーじゃない?」。「いや、違うと思う」。「あれは?」。「近くまで行ってみよう」。子供のころに戻って、夜どおし宝探しをしているようだった。

結局、明け方まで探したがインベーダーは見つからなかった。剛くんは心残りのある表情を浮かべていたが、僕はこの気持ちを共有できる仲間が初めてできた喜びで満たされていた。 数か月後、昼すぎに剛くんから電話があった。昼すぎに電話なんて珍しい。何かあったのかと思って電話に出ると、「見つけた! 富ヶ谷の交差点に一体いた!」。剛くんは、僕よりインベーダー好きになっていた。「すぐ行く」と言って、僕は急いで自転車にまたがった。


出典: FANY マガジン
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ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。

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